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第9話 装備強奪探索者、赤城の捕縛

 ダンジョン『腐食の廃坑』、通称『廃棄エリア』。

 普段は探索者が近づかないその場所で、今まさに惨劇が起きようとしていた。


「う、うわああああああ!」


 新人のケンジが、尻餅をつきながら後ずさる。


 彼の目の前には、十数匹のオークの群れ。赤城が『魔物寄せ』のアイテムを使って誘導した殺意の塊だ。


 ……魔物寄せのアイテムだが、『Bランク冒険者以上』ならば、その使用が認められる。


 実力さえ確かであれば、荒稼ぎするのに適したアイテムだからだ。


 実際、もっと上にランクになれば、今、彼らがいる場所よりも深い階層で使う探索者も出てくることだろう。


 この段階では、カメラで盗撮しながら見ている真夜も手出しできない。

 したとしても意味はない。


 赤城自身は、安全な高台に避難し、ニヤニヤしながら叫んだ。


「逃げるなケンジ! 男なら戦え! 俺が貸してやった剣を使え!」

「む、無理です! こんな数!」

「その剣なら倒せる! 全魔力を込めろ! そうしなきゃ死ぬぞ!」


 極限の恐怖。

 ケンジは半狂乱になりながら、腰の剣を抜き放った。

 生存本能に従い、ありったけの魔力を剣に流し込む。


「おおおおおおおッ!」


 ブゥン!

 剣がドス黒い紫色の光を放つ。


 放たれた衝撃波が先頭のオークを吹き飛ばす――が、それと同時に。


「あ、が……?」


 ケンジの口から、空気が漏れるような音がした。

 剣が、彼の手から離れない。


 それどころか、剣の柄が肉に食い込み、彼の体から魔力以上の『何か』をズルズルと引きずり出していく。


 数秒後。

 ケンジは糸が切れた人形のように崩れ落ち、白目を剥いて痙攣を始めた。


「……へへ、上玉だ」


 高台の上で、赤城が舌なめずりをする。

 オークたちが混乱している隙に、彼は悠々と降りていく。目的の『ブツ』を回収するために。


「動くな! 迷宮省特務課よ!」


 鋭い声と共に、暗闇から真夜が飛び出した。


「あ? なんだ、特務課か」


 赤城は悪びれる様子もなく、倒れているケンジのポケットから財布を抜き取った。

 おそらく、『違約金代わり』だろうか。


「人聞きが悪いな。俺はガス欠したマヌケな新人を介抱してただけだ」

「嘘を吐くな! お前が魔物を誘導し、彼に無茶な魔力放出を強要した様子は、全て記録しているわ!」


 真夜がカメラを指差すが、赤城は鼻で笑った。


「記録? それがどうした。契約書に書かれてんだよ。 『緊急時における指揮権はリーダーにあり、命令不服従による事故の責任は負わない』とな。俺は『戦え』と指示した。こいつが魔力制御をミスって自滅した。……それだけだ」


 ダンジョンという法治国家の例外区域。

 そして、絶対的な効力を持つパーティ契約書。

 この二つの盾がある限り、どれだけ映像に残っていようと、彼を『殺人未遂』や『強盗』で裁くことは極めて難しい。


「くっ……!」


 真夜は奥歯を噛み締める。

 分かっていたことだ。だからこそ、彼女は今まで手を出せなかった。


 だが。


「……おい、どけ」


 真夜の背後から、気だるげな声がかかる。

 アルバスだ。


 彼は言い争いなど興味がないとばかりに、赤城の横を通り過ぎ、倒れているケンジの顔を覗き込んだ。


「ああん? 誰だテメェ」

「……」


 アルバスの目には、ケンジの頭上に浮かぶステータスウィンドウが見えていた。


 保有魔力量・皆無。

 そして、『雷属性魔法』が『消失』となっている。


「……なるほど。MP切れ? 違うな」


 アルバスは冷ややかな目で赤城を見上げた。


「お前、こいつからスキルを引っこ抜いただろ。お前が貸したあの剣で」

「――ッ!?」


 赤城の表情が凍りついた。

 装備強奪を疑われることには慣れている。だが、『中身』を抜いていることに気づかれたのは初めてだった。


「テ、テメェ……どこまで知ってやがる。何者だ」

「ただのゲーマーだ。……バグ利用者が」


 その言葉は、赤城の逆鱗に触れた――いや、恐怖のスイッチを押した。


 この男は知っている。自分のビジネスの根幹を。生かしておけば破滅するのは自分だ。


「死ね! ダンジョンの事故が数件増えるだけだ!」


 赤城は両手の指輪を一斉に起動した。

 彼がこれまで数多の新人から奪い取ってきた、『借り物の才能』たち。


 『炎の槍』、『氷の壁』、『風の刃』、『岩石の鎧』……。

 十種類近い魔法が同時に発動し、赤城の周囲にカラフルなオーラが渦巻く。


「ヒャハハ! 見ろ! これが俺の『才能』だ! 金で買った最強の力だ!」

「多重詠唱!? まずい、防御を……!」


 真夜が身構える。

 だが、アルバスはポケットに手を突っ込んだまま、一歩も動かない。

 ただ、心底呆れたようにため息をついた。


「……あーあ。画面が汚い」

「は?」

「炎魔法の熱で氷魔法が相殺されて、ただの水蒸気になってる。風魔法のベクトルが岩石鎧に干渉して、動きが遅くなってる」


 アルバスは、まるでクソゲーのバグ報告をするように淡々と指摘した。


「異なる属性を、相性も考えずに全部乗せか。『処理落ち』してるぞ、お前」

「うるせえ! 力こそパワーだ! くたばれぇ!」


 図星を突かれた赤城が、狂乱のまま突っ込んでくる。

 その巨体と、展開された『金剛盾』の質量は、戦車ごとき迫力だ。


 アルバスはあくびを噛み殺し、短く命じた。


「タナトス。……教育してやれ」


 アルバスの影から、ぬるりと死神が這い出る。

 タナトスは巨大な鎌を持っていなかった。

 代わりに、面倒くさそうに右手を振り上げ――赤城の自慢の『金剛盾』に向かって、中指でデコピンをした。


 パァァァン!


 乾いた破裂音が坑道に響く。

 次の瞬間、優れた工房で作成された盾が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。


「な……!?」


 衝撃は盾だけに留まらない。

 骨の指で放たれたデコピンだが、衝撃を防ぎきれず、壁まで吹き飛ばされた。


「ごふっ……!? お、俺の……最強装備が……!?」


 赤城は壁にめり込みながら、信じられないものを見る目でタナトスを見上げた。

 指一本。

 たったそれだけで、彼が積み上げてきた『富』と『強さ』が瓦礫に変わったのだ。


「装備に頼り切って、プレイヤースキルを磨かなかったツケだ」


 アルバスが冷たく言い放つ。

 赤城は震えながら後ずさった。頼みの綱だった指輪も、過負荷で全て砕け散っている。


 いや、過負荷と言うよりは、タナトスによる『死神の御業』かもしれないが。

 とにかく、これで、『スキル』は使えない。


 そこへ、カラン、と一本の剣が転がってきた。


 先ほどケンジから回収した剣だ。

 アルバスが、わざとらしく足で蹴り渡したのだ。


「拾えよ。それがお前の『強さ』の源泉なんだろ?」


 同時に、タナトスがフードの奥から『純度100%の死の殺気』を放つ。


「ひ、ひぃぃぃぃぃッ!?」


 赤城の理性が蒸発した。

 目の前に死神がいる。逃げ場はない。何か、身を守るものを――。

 彼はパニックに陥り、生存本能だけで目の前の剣にすがりついた。


「くるな! くるなぁぁぁッ!!」


 彼は渾身の力で剣に魔力を込めた。

 それが、自分を滅ぼす行為だと忘れて。


 ブゥン!


 握った剣……『魔剣・空蝉』が起動する。


 だが今回は、これまでとは桁違いの吸引力だった。

 赤城は白目を剥いて絶叫し、その体からどす黒い光が吸い出されていく。


「あ、あがががが……!」


 数秒後。彼は泡を吹いて倒れた。

 完璧な廃人の完成だ。


 静寂が戻る。

 アルバスはゆっくりと近づき、剣を拾い上げた。


「……さて。こいつは何を持ってたんだ?」


 アルバスは、吸い出されたスキルのデータを確認し――鼻で笑った。


「……ハッ。傑作だな」

「な、何だったの?」


 真夜が恐る恐る尋ねる。

 アルバスは剣を放り投げ、告げた。


「ユニークスキル『強欲の正解(ドロップ・マスター)』。アイテムドロップ率と品質に、超大幅な補正がかかるスキルだ」

「え……?」

「つまり、こいつは新人を騙して小銭を稼がなくても、ただ真面目にダンジョンを散歩してるだけで、国宝級のレアアイテムがボロボロ拾えたってことだ。もちろん、スキルに自覚している必要はあるみたいだが」


 真夜は言葉を失った。


「おそらく、鑑定スキルか何かを奪って手に入れて、それで『スキルを自覚していない新人』を狙ってたんだろう。しかし、そのスキルは、自分が見えないものだった」


 だからこそ、自分のスキルには気が付かず、鑑定スキルの指輪を他人に預けた瞬間、『スキルを見つけるためのスキルが道具依存』とバレて、『奪われたら終わり』ということにつながりかねない。


「鑑定スキルは他人の体の中で構築されたものだし、自覚してないってことは完全な物でもない。そのあたりの『融通の利かなさ』が、この結末だ」


 なんという皮肉。なんという救いのなさ。

 赤城は、自分の才能に気づかず、目先の利益のために最大の宝を自らの手でドブに捨てたのだ。


「……自業自得、ね」


 真夜は、無様に転がる赤城を見下ろし、吐き捨てるように言った。

 同情の余地など欠片もない。


 アルバスは、赤城のズボン(唯一残った衣服)からスマホを抜き取って、真夜に投げ渡した。


「おそらくだが、剣で抜き取ったスキルは、指輪に移植できるんだろう。その移植したスキルを売る『顧客リスト』がはいってるはずだ」

「……被害者の彼は?」

「剣が満タンになって壊れたからな。吸われたデータは霧散して、元の場所に戻るはずだ。……まあ、運が良ければな」

『いや、私がスキルを認識して調整しておいた。先ほど私のデコピンで壊した指輪のスキルのも干渉したが……多くは、すでに廃人になっていたり、死んでいる。戻せるものは戻して、後は勝手に消えるだろう』

「そんな技術持ってたっけ?」

『必要な保身に走ろうとしない我が主のために先手を打ってるにすぎん』

「あっそ」


 アルバスは興味なさそうに背を向けた。

 彼にとってこれは「人助け」でも「正義の執行」でもない。

 ただの国籍を手に入れるためのチュートリアル・クエストに過ぎないのだ。


 その背中を見送りながら、真夜は改めて思う。

 自分が解き放ったのは、少なくとも、正義の味方ではないのだと。。

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