第8話 クエストの情報整理
雑居ビルの地下、特務課セーフハウス。
無機質なコンクリートの部屋で、真夜はモニターに一枚の資料を映し出した。
「ターゲットの赤城だけど、ランクBの重装戦士よ」
映し出された男は、見るからに高価そうな鎧と、不釣り合いに巨大な盾を装備していた。
羽振りがよさそうだ。
アルバス自身、名家出身だったため、『高額な料金設定の工房』はいくつか知っているが、その時に見た商品たちのようなグレードを感じる。
「彼の手口は、『合法的遭難』よ」
真夜は忌々しげに説明を続ける。
「新人の探索者を、『安全にレベリングさせてやる』と甘い言葉でパーティに勧誘する。ダンジョンで意図的に魔物の暴走を引き起こし、新人を置き去りにする」
「……殺すのか?」
「多くの場合は魔力枯渇……ガス欠に追い込んで行動不能にするわ。そして、彼らが身につけている装備を『遺品』として回収するの」
「魔力欠乏ね……」
魔力はうまく体に流すと『身体強化』ができるエネルギーである。
とはいえ、筋肉が肥大化するわけでもなく、筋肉そのものの質を上げるようなもの。
逆に言えば、『魔力欠乏』は、『質の大幅な低下』を引き起こす。
その質の低下によって、体の機能が急激に低下し、行動不能になることもある。
「……ただ、アレは、かなり体のリミッターを外さないとできないような代物だろ。ベテランなら魔力欠乏になった上でどうにか立て直せるっていうか、それ以前に、新人に魔力欠乏になるまで魔力を引き出させるってのがなぁ」
「だからこそ、モンスターを暴走させることで、新人の生存本能を刺激していると考えてるわ」
「それを加味しても疑問に感じるが……」
アルバスは、手元の感度調整中のコントローラーから少しだけ目を離し、資料を見た。
「……いずれにせよ、装備泥棒か。セコいな」
「ただの泥棒なら逮捕できるわ。問題なのは、彼が『契約書』を悪用していること」
赤城が加入時に書かせるパーティ契約書。
そこには、とても小さな文字で、特約事項が記されている。
『ダンジョン内における不慮の事故により、メンバーが行動不能となった場合、その所持品の所有権はリーダーに帰属する』
「生存者が訴えても、『契約通りだ』の一点張り。おまけに、今の世論は『魔力管理もできない新人が悪い』という自己責任論が強い。管理課の役人も面倒がって、書類を右から左へ流すだけ」
真夜は拳を握りしめた。
彼女の正義感にとって、法の網目を縫って弱者を食い物にする赤城は、許しがたい害悪だった。
「……なるほどな」
アルバスは淡白に頷いた。
だが、内心ではゲーマーとしての違和感を覚えていた。
(……装備を奪うためだけに、わざわざ15人も廃人にするか? 効率が悪すぎる。新人の装備なんて、たかが知れてる。リスクとリターンが釣り合っていない)
何かが引っかかる。
だが、クエストの内容は「掃除」だ。深く考える必要はないかもしれない。
「了解した。要は、そいつを物理的に『引退』させればいいんだろ?」
「ええ。……社会的に抹殺し、二度とダンジョンに潜れないようにして」
「(クエスト受諾:悪徳探索者の排除)。……よし、行くかタナトス」
『うむ。ここの地下は湿気ていて、ワインの味が落ちる』
★
アルバスがクエストを受けてから数時間後。
ダンジョン『腐食の廃坑』。
じめじめとした坑道の中を、真夜とアルバスは歩いていた。
真夜は最新の光学迷彩ポンチョに身を包み、暗視ゴーグルを装着した完全装備。
対するアルバスは、黒いコートにTシャツ、手ぶらで散歩でもするかのような雰囲気だ。
「……ちょっと」
真夜が小声で咎める。
「本当にやる気あるの? ここ、初級とはいえダンジョンよ?」
「ダンジョンのモンスターも、赤城も、どっちみち雑魚だろ。問題ない」
アルバスはスマホの画面で地図を見ながら、面倒くさそうに答える。
「雑魚って、赤城はBランクよ?」
洞窟型のダンジョンは全て100層構造だ。
その上で。
S 人外 51~60
A 天才 41~50
B 上級 31~40
C 中級上位 21~30
D 中級下位 11~20
E 初級 1~10
F 新人 探索準備中
といった分類になる。
赤城のBランクは『上級』であり、実力だけで確かな稼ぎをたたき出せるランクだ。
「Bランクだな。ついでに言えば、データで見た身に付けてる装備は、Aランクの中でも上位の奴が身に着けてるような代物だ」
「なら……」
「そこも違和感がある。新人の装備を奪っただけで手に入るような値段じゃないはずだ」
「私もそこは疑問だけど」
「まぁそれを加味しても、雑魚は雑魚だ。別にこのままで問題ない」
「……」
会話は平行線だ。
真夜はため息をついた。やはり、この男を制御するのは骨が折れる。
というか。
本人が大丈夫だと思っている理由を一切話さないのだ。
いや、話しているつもりなのかもしれないが、『雑魚だろ』という評価を述べているだけで、アルバス本人の強さに関してはほぼわからない。
(タナトスよね。あの死神がそれだけ強いってことなんだろうけど)
召喚士なのだから、召喚した存在が強いならば、自信があって当然。
しかし、ダンジョンと言うのは何が起こるかわからない場所で、今回の標的は何をしてくるのかわからないのだ。
油断禁物。と言いたいが……そんな存在しか頼れる相手がいないというのが現実である。
「……いたわ」
前方の広場。
赤城と数人の手下、そして新人……データによる名前は『ケンジ』だろう。
パーティーが歩いているのが見えた。
彼らは、一般ルートを外れ、魔物の出現率が高い『廃棄エリア』へと向かっている。
「あのエリアに入るつもりね。……急がないと! 被害が出る前に確保しないと!」
真夜が飛び出そうとした瞬間、その肩を強い力で掴まれた。
「待て」
「放して! 今行かないと、あの子が!」
「今行っても、『親切な先輩』を邪魔しただけで終わる。契約書がある以上、言い逃れされるだけだ」
アルバスの声は冷徹だった。
そこには、焦りも正義感もない。あるのは、効率的にクリア条件を満たそうとするゲーマーの思考だけ。
「現行犯じゃないと意味がない。……奴が『本性』を現す瞬間まで待機だ」
目の前で、ケンジが不安そうな顔で赤城に何かを尋ねている。
赤城は笑顔で肩を叩き、さらに奥へと誘導していく。
真夜は唇を噛み締め、悔しさに震えながら足を止めた。
目の前で犯罪が行われようとしているのに、動けないもどかしさ。
アルバスは、そんな彼女の葛藤など気にも留めず、冷ややかに呟いた。
「……一応聞いておくか。真夜。あの新人が持ってる剣。どう思う?」
「新人の剣? ……質は高そうに見えるけど」
「……そうか」
アルバスは頷き、彼の影の中で、タナトスはため息をついた。
無論、タナトスが溜息をつく原因は、アルバスである。




