9.攻防戦と内緒話
それからというもの、シュシュアは学園でレヴィアスのことを徹底的に避ける日々を送っていた。ぐいぐいくる彼を躱すのに必死だ。
「シュシュ、次の授業の場所ってどこだっけ?」
「日直の方に確認すると良いですよ。私は寄る所があるので。」
「一緒にランチ行こうよ。」
「すみません、先生に呼ばれているので。」
「放課後カフェ寄っていかない?」
「家の用事があるので、寄り道は難しいです。」
「一緒に試験勉強しようよ。」
「前回のテスト首位でしたよね…?必要ないかと。」
「ダンスの実技の練習に付き合って欲しい。」
「私物凄く下手で、すぐに足を踏んでしまうので遠慮させて頂きます。」
「全然構わないし、というかむしろ踏まれたいんだけど。」
「え゛」
失礼に当たらないギリギリを攻めつつ、はっきりとした拒絶の態度を示す。それがシュシュアの精一杯の抵抗だった。
断る度に捨てられた子犬のような瞳で見つめてくるレヴィアス。彼に絆されそうになるのを必死に堪えながら、毅然とした振る舞いであらゆる攻撃を迎え撃った。
断り続けるのは精神的にしんどかったものの、彼が一応人目を気にして声をかけるタイミングを選んでくれたため、学園に変な噂が広まることはなかった。
「シュシュ、良かったら一緒にかえ…」
「ミュイと約束しているので、失礼します。それでは。」
「あ…」
レヴィアスが言い終える前に断られてしまった。彼の心にずんと重いものがのしかかる。
今回もそうだろうとは覚悟していたものの、何度も断られるのはさすがに辛い。最近は碌に話も出来ていない。
道半ばで挫けるつもりは微塵もなかったが、心は悲鳴を上げていた。
精神的に痛む胸を押さえてふらふらと歩きながら、倒れ込むようにして自分の馬車に乗り込んだ。
「また振られたのか。」
「またって言うな。こっちは死ぬ気でやってんだよ。」
馬車の中には先客がいた。レッカだ。彼は黒縁眼鏡を外して長い前髪を横に分けており、人目を惹きつける美しい碧眼が露わになっている。
長い足を組んで窓際に肘をつくという横柄な態度だが、彼がやるとそれさえ気品のある高貴な仕草に見えるから不思議だ。
「フッ…向こうにいる時は余裕だと言っていたくせに。あの時の勢いはどうした?」
「そりゃ、昔と比べれば少しは大人になったし、今は何でも手に入れられる地位と権力と金がある。彼女に対する想いだって誰にも負けない。だから自信はあったんだけどな…」
「モノでつるなど、成金王族がすることだぞ。お前が好きな女は宝石に惹かれて相手を選ぶのか?そんな安い女に惚れ込んだのか?」
窓から差し込む陽光が青の双眸に光を与える。光を受けたレッカから、何もかもを見透かしたような神々しさが増す。
「もっと彼女の立場に立って考えろ。与えて得るのではなく、寄り添って理解して初めて彼女の心に触れられるんだ。驕るなよ。」
痛いところを突かれてレヴィアスの顔が僅かに歪む。
悔しいけれど、レッカの言う通りであった。自分の立場に驕って、言葉と物を貢いで押せば彼女が自分に靡いてくれるという勝算が心の奥底にあったのだ。
「分かってる。…まずは彼女と話をしないと。」
「お前の恋愛成就などはなから興味ないが、俺の計画はお前に掛かってるんだ。こんな初手で俺の足を引っ張るなよ。」
「お前だけじゃない。俺だって人生掛かってるんだよ。彼女は俺の全てなんだ。」
レヴィアスが熱く言葉を返すが、レッカはどこ吹く風だ。馬車から見える外の景色がまだ物珍しいのか、窓の外に釘付けになっている。
「俺の方はどうなってる?」
窓の外に興味を向けたままレッカが尋ねた。
「トーキン伯爵に手紙を出しておいた。隣国から来た留学生が領地経営を学びたいらしく、しばらく滞在を許してもらえないかと。推薦状も添えたし、恐らく大丈夫だろう。そのための貢ぎ物だったしな。」
「ならいいが。」
「お前の方こそヘマしてシュシュの父親に嫌われるなよ。ちゃんと有用性を示さないと上手くいかないぞ。」
「この俺の有用性だと…?誰よりもあると自負しているが?むしろ俺以外に適任がいるのならそいつを目の前に連れて来て欲しいくらいだ。」
「はいはい、自己評価が高いことで。ほんとお前はそういうやつだよな。」
「姑息なお前に言われたくない。」
「おいこら」
仲がいいのか悪いのか分からない軽口を言い合いながら、二人の会話は続いていく。
彼らを乗せた馬車はレルモント公爵家へと向かって行ったのだった。




