8.お似合いの二人
隠すことなく髪飾りに嫌悪の視線を向け、威圧してくるメルケン。彼女の知る温和な彼とはかけ離れていた。
(一体どうしちゃったの…?)
何に対して怒っているのか皆目検討がつかず、答えに迷うシュシュア。今なんて言えば彼が元に戻るか分からず、言葉が思い浮かばない。
(レヴィアスに貰ったなんて言ったら自慢に聞こえるかな…)
迷った結果、昨日は嫉妬で良くない噂話をされていたため、シュシュアは理由があってこれをつけていると主張することにした。
「ミュイが私に付けてって。これを流行らせたいんだって。」
「そう…なんだ。うん、すごく似合ってて可愛いから、みんなも欲しがると思うよ。そっかそっか、なら良かった。」
先ほどまでの様子が嘘だったかのようにメルケンから怒気が消え去り、いつも通りの柔らかな雰囲気に戻った。
(良かった…?どういう意味だろう)
すぐにホームルームの時間となってしまい、シュシュアは心がざらつくような違和感を残したまま席に戻って行った。
授業が終わって帰宅したシュシュアは、出迎えたエリクに鞄を渡しながらレヴィアスから貰った髪飾りのことを伝えた。
「こちらは隣国の王族が身につけるものですね。自国では値がつけられないほど価値があります。あの国でしか手に入らない逸品ですから。」
「やっぱりかーーーーーー」
ミュイが食い付いたため相当なものだと覚悟していたとはいえ、とんでもないものを預けられてしまったと頭を抱えるシュシュア。
「その上、この色は大変珍しい。美しい菫色で、彼の人を彷彿させるようなお色味ですね。」
エリクがシュシュアの髪から外した髪飾りをあはゆる角度から眺めていた。
初めて間近で髪飾りを見たシュシュアがギョッとした顔をしている。その色は彼の言う通り、明らかにレヴィアスの瞳の色であったからだ。
「嘘…私学園でこれを朝から一日中付けてたの?また変な噂が流されてしまう……うわ…明日からどうしよう…」
「確信犯でしょうね。」
「……たまたまだよ、たまたま。変なこと言わないでくれる?ただでさえ落ち込んでるのに…ああこれどうしよう…」
エリクに揶揄うように言われたシュシュアはきっぱりと否定した。彼が自分の瞳の色だと思って自分にプレゼントしたなんて、そんなこと思いたくなかった。
(気まぐれでこんなことをしないで欲しい。せっかく考えないようにしてるのに…)
はぁーとシュシュアが深いため息を吐いた。
「こちらの髪飾りの件も旦那様に伝えますか?」
急に仕事モードで確認してくるエリクに、シュシュアが思案する。
(なんとなく…これは言いにくい…)
異性から髪飾りをプレゼントしてもらったと親に言うのと同義なような気がして、馬鹿正直に言うのは浮かれているみたいで憚られた。
「……ううん、この件はやっぱりいいや。これはミュイが商売にしたいって言ってたから、私はそれに利用されただけ…ということにしておく。」
「左様でございますか。」
隣でエリクが含み笑いをしている気配があったが、シュシュアは無視して強引に話題を変えた。
「そういえば、私の縁談の話って何か聞いてる?来年にはもう最終学年になるんだけど…」
「旦那様の方でいくつか見繕っているようですが、検討している段階で先に決まってしまう方が多く、選定にやり直しが発生しているようです。」
「そうなんだ…」
初めて聞いた自分の縁談の状況に、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
引く手数多だと自惚れるほどではないが、自分と結婚すれば伯爵位を貰えるのだから、嫡男以外にとってはそれなりに魅力的な条件だろうと思っていたのだ。
「お嬢様のお相手はこの伯爵家を継ぐ方ですからね。旦那様の基準も厳しくなります。性格云々の前に越えなければいけない壁がいくつもありますからね。」
「……うん」
微妙なフォローをされたような気がして、シュシュアは頷きだけを返した。
「焦らずとも、次期に動き出しますよ。」
紅茶を用意しながら独り言のように細やかに呟かれたそれは、彼女の耳には届かなかった。
***
「今日は付けてくれないんだ。」
朝、教室の入り口でシュシュアの姿を目にした瞬間レヴィアスが喜び勇んで駆け寄ってきたが、彼女の髪を見た途端とても残念そうにしていた。
「昨日はミュイに言われただけで学園に付けて行くにはちょっと…」
顔を逸らしながら曖昧に返し、自席に向かおうとしたがレヴィアスが引く気配はない。彼は引き止めようと彼女の腕に手を伸ばしてきた。
「ねぇ、シュシュが嫌だったのは俺の色のせ…」
「レヴィアス様、ご機嫌よう。」
そこへエリザベスがやってきた。シュシュアの存在を完全に無視してレヴィアスだけを視界に入れている。
「ああ、おはよう。」
「昨日は数々の珍しい品を見せてくださりありがとうございます。父に話したら、ぜひ御礼に我が家に招待しなさいと言われましたの。」
「俺は今ちょっと…あっシュシュ待っ」
レヴィアスに腕を掴まれる前にシュシュアは頭を下げ、その場から逃げ出した。胸に鞄を抱えて自席に行く。
去り際、「詳細はまたお手紙で送らせて頂きますわね。とても楽しみですわ」というエリザベスの弾むような声が聞こえた。
(……ほんとお似合いの二人だよね)
シュシュアは心の底からそう思った。
同じ公爵家で家格は同格。兄のいるエリザベスは嫁ぐことが可能であり、今婚約者はいない。華やかでいつも堂々している彼女が見目麗しい彼の隣に立つのに相応しいと感じた。
(他の人たちもきっとそう思ってるよね)
シュシュアは、チクチクと感じた胸の痛みを無かったことにした。




