4.押しが強い
翌日の昼休み、シュシュアはこの席を選んでしまったことを激しく後悔していた。愚かな自分自身を叱責したい気持ちが溢れて止まらない。
食堂の天井まで続く窓に沿って作られたカウンター席に、シュシュアとミュイは二人並んで座っていた。二人のいつもの定位置だ。人気の半円型のソファー席を避けて静かなこの場所を好んでいたのだ。
「隣いい?」
そこに前触れもなく笑顔で現れたのは、ランチのトレーを待ったレヴィアスであった。彼の視線はシュシュアの横の席に向いている。
「……い」
(どうしてわざわざここに……)
シュシュアの口から肯定とも否定とも捉えかねない、ひどく中途半端な声が出た。
もちろん彼はその隙をつき、肯定と捉えて意気揚々と隣の席の椅子を引く。
「いやちょっと…私はミュイと食べる約束をしているので、その…」
「あら、私ならお構いなく。なんなら喜んで席を外すわよ?」
(この裏切り者…!)
レヴィアスに気付かれないようシュシュアが口の動きだけで怒るが、ミュイは素知らぬ顔で優雅に紅茶を啜っている。
「ありがとう。でもせっかくだからシュシュの友人とも仲良くしたい。彼女の話を色々聞きた…」
「レヴィアス様!ここにいらしたのね。」
そこへ真っ赤な色彩が近づいて来た。エリザベスだ。標的を見つけた彼女は淑女に許される限界の速さでこちらに近づいてくる。
「今日は一緒にランチをしましょうと約束していたでしょう。さぁ行きますわよ。」
「待て。俺はそんな約束…」
「他のクラスメイトも待っていますのよ。みんなレヴィアス様と親交を深めたいのですわ。」
「…………分かった。分かったからその手を離せ。」
声を低くしたレヴィアスから笑顔が消え、容赦なくエリザベスの手を振り払った。
「シュシュ、悪い。この借りは必ず返すから。またな。」
振り向いたレヴィアスはシュシュアにだけ柔らかく微笑み、席を移動して行った。
(いや、何も貸してないし借りてないし…なぜ………)
シュシュアはこのゴタゴタのせいでランチを取る時間が短くなり、昨日と同様慌ただしくかき込んで教室に戻る羽目となってしまった。
午後の授業は移動教室だったため、皆荷物を持って移動していく。
忘れ物をして一人教室に戻ったシュシュアも、手早く目当てのものを引き出しから取り出して廊下に向かう。はずだったが、その直前で足止めを喰らっていた。
「シュシュ、次の場所ってどこ?分からないから一緒に連れてって。」
にこにことしたレヴィアスはさりげなくシュシュアの荷物を持とうと手を伸ばすが、その前に引っ込められてしまった。残念だと飄々とした態度で肩をすくめている。
「今皆移動しているので、後ろをついていけば辿り着けますよ。そう遠くないですし。」
「じゃあ行こうか。」
性懲りも無くレヴィアスが腕を差し出すが、シュシュアは無視して歩き出す。
彼は大股で距離を詰めてシュシュアの顔を覗き込み、目を細めてうっそりとした表情を向けて来た。
「小さい頃も天使みたいに可憐だと思っていたけど、成長した今も妖精みたいに愛らしいな。」
「なっ…………………」
シュシュアのカッと顔が赤くなる。
プラチナブロンドの長い髪に碧眼の彼女は、妖精のようだと容赦を褒められることも少なくない。だが、社交の場でもないここで不意に言われた言葉はインパクトが強過ぎた。
構えていなかった心に吹き付けた強い風は、容赦なく心をざわつかせてくる。
「お先に失礼します……………!」
動揺を止められなかったシュシュアは、逃げることを選択した。赤くなった顔を隠すように下を向いて駆け足で離れていく。
「………可愛過ぎだろ。」
一人取り残されたレヴィアスは前髪をくしゃりと掴み上げ、しばらくの間放心状態で突っ立っていた。
今日最後の授業が終わり、1秒でも早く教室から抜け出そうとしていたシュシュアだったが、またもや阻まれていた。
「次の休み、家に遊びに行っても良い?隣国のお土産を渡したいんだ。シュシュのご両親にはお世話になっているからね。」
尤もらしい理由をつけて約束を取り付けようとしているレヴィアス。その整った顔面はいつにも増してキラキラと輝いている。
(公爵家からの申し出だから断るわけにはいかないよね…)
「それなら学園にお持ちいただければ、私から渡します。お気遣いありがとうございます。」
「うーん…結構量があるけど大丈夫?帰りの馬車には乗り切らないと思う。」
「・・・・・・・・・」
(そんなわけ)
シュシュアが白目を剥きそうになっている。レヴィアスは作戦勝ちを確信し、ニヤリと口角を上げて笑顔の圧を強めて来た。
「そうですね…では家の者に取りに行かせましょう。公爵家の方のお手を煩わせるわけにはいきませんから。」
「俺は気にしないけどね。それにほら、公爵家からの提案なら変に断る方が目立つんじゃない?」
身分のせいにしたら逆に身分を盾にされてしまった。
チラチラとクラスメイト達の視線も痛く、レヴィアスの言う通りここで断るのはトーキン伯爵家にとっても痛手だ。変に噂されかねない。
「ではお言葉に甘えて。」
(仕方ない…受け取りはエリクに任せよう)
「うん。詳しいことはまた手紙で。シュシュ、必ず待っててね。楽しみにしてるから。」
「………………………はい」
笑顔で逃げ道を塞がれ、シュシュアは泣きたくなりながら頷いた。
いくら昔交流があったとはいえ、相手は公爵家。最後まで抵抗したが、たかが伯爵家に拒否権は無かったのだった。




