27.愛しい人
レヴィアスの手を借りて馬車から降りると、たったの1日ぶりだというのに、邸を目の前にしたシュシュアは懐かしさを覚えていた。領地で過ごした時間が濃密過ぎたせいだ。
ようやくひと休み出来ると邸までの足取りが軽かったが、玄関に入ってすぐの光景に驚き一瞬にして思考が飛んだ。
「なに………これ……」
出迎えてくれたエリクに、シュシュアが玄関ホールに大量に陳列されている花々を指さしながら口をパクパクさせている。その光景を目にしたレヴィアスがスッと目を逸らしたが、軽くパニックになっている彼女は気付いていない。
「お帰りなさいませ、お嬢様。こちらに並んでいるのは全てお祝いのお花です。中央の一番大きなものがミュイ様からですね。」
「お祝い…?え?なんのお祝い?これは一体誰宛なの?」
「レヴィアス様とお嬢様の婚約祝いですよ。これらの花は全てご学友達からです。今後、懇意にしている家からもお祝いが届くことでしょう。リストにして、返礼の品を準備しますね。」
エリクが当たり前のことのように説明するが、シュシュアの混乱は増す一方だ。
「は?婚約祝いって…昨日の夜決まったばかりなのに、なんでこんなに早く………え、まさか……」
ここでようやく、隣にいる人物がやけに静かなことに気付いたシュシュア。ギロリと視線を向けると、レヴィアスが申し訳なさそうな顔で笑っていた。
「シュシュ、ごめん…そのちょっと浮かれちゃってさ…君と婚約出来たことがあまりに嬉しくて…昨日みんなに手紙出したんだよね。みんなお祝いが早くて驚くよな。ははは。」
「嘘でしょう………!」
シュシュアが青い顔で驚愕の表情をしているが、レヴィアスはなぜか少し照れた顔で嬉しそうであった。
(もう学園のみんなに知られているなんてっ……)
思わず目眩がして足元が少しふらついたが、レヴィアスがしっかりと彼女の腰を支えていた。空いている方の手で、慰めるようによしよしとシュシュアの頭を撫でている。
「学園に行ったら注目の的になっちゃう……周りからなんて言われるか……」
両手で顔を隠し、休み明けの学園を想像して狼狽えているシュシュア。
「シュシュア、大丈夫だよ。俺に考えがあるから。だから安心して。」
耳元で囁かれ、今度は別の意味で動悸がしてきた。それを悟られたくなく、シュシュアは黙ったまま何度も頷いたのだった。
晴れて婚約者同士となった二人は、長期休みの間もほぼ毎日のように顔を合わせていた。
公爵家の仕事で忙しかったレヴィアスだったが、何かと理由をつけてシュシュアの元に通っていたのだ。
そして、シュシュアが二人きりで過ごすことに慣れて来た頃、恐れていた新学期が始まった。
当たり前のように屋敷に迎えに来てくれたレヴィアスと共に学園に着くと、シュシュアは緊張する心を押さえ付けながら教室へと足を踏み入れた。
二人が教室に現れた途端、クラスメイト達の視線が一気に突き刺さる。
(やっぱり無理っ………逃げたい………)
周囲からの視線が恐怖を煽られ、耐えきれず足元に視線を落としたシュシュア。
「シュシュア、大丈夫だから。」
シュシュアにだけ聞こえるようにそっと囁くと、レヴィアスは彼女の腰に手を回したまま教壇の前まで移動した。
足を止めた彼はクラスメイト全員の視線を集めるように、わざと緩慢な動作で教室全体を見渡す。
自分に注目が集まると、ふっと余裕の笑みを浮かべて口を開いた。
「皆も知っている通り、俺はシュシュのことが大好きで大好きで堪らなくて、ようやく婚約に漕ぎつけたんだ。だから彼女に手を出す奴には容赦しない。お前ら必要以上に話しかけるなよ?」
「なっ………!!レヴィーっ……!!!」
「「「「きゃああああああっ」」」」
レヴィアスの盛大な愛の告白と思わぬ宣戦布告に、クラスメイトから悲鳴に近い大歓声が上がった。女子生徒達は頬を赤く染めており、熱狂が凄まじい。まるで観劇のクライマックスシーンを見ているかのような盛り上がりだ。
トドメとばかりに頬にキスをされたシュシュアは、心臓が止まりそうなほどの羞恥心で顔を真っ赤にしていた。鼓動が速くなり、激しい動揺と恥ずかしさで瞳が潤む。
「なんてことをっ……………」
両手で顔を覆ったシュシュアが泣きそうな声を出した。レヴィアスがそっと彼女の顔を覗き込んでくる。
「俺がどれだけシュシュのことを大切に思っているか皆に知って欲しかったんだ。それに、中途半端に噂になってシュシュが傷つくようなことは絶対に避けたかったから。」
レヴィアスに真剣な声で切実に言われ、すべて自分のためだと知ったシュシュアはもう何も言えなかった。それに、真っ直ぐな彼の気持ちを素直に嬉しいと思えた。
「………レヴィー、ありがとう。」
「うん。それにさ、こんなに可愛い婚約者なんだから自慢も牽制もしたいだろ?」
「もうっ」
照れ隠しでパンチを繰り出したが簡単に止められてしまい、逆に手を掴まれレヴィアスの方へ引き寄せられてしまった。勢い余って一歩前に踏み出し、トスンっと彼の胸板にシュシュアの横顔が当たる。
意図せず自分の胸の中に飛び込んできた彼女を、レヴィアスが嬉々とした表情で抱きしめてきた。
「シュシュ、愛してる。」
耳にかかった吐息が熱い。血液が沸騰しそうなほどの熱が物凄い速さで全身を駆けめぐる。
こんなにも熱いのに、彼の声は蕩けるような甘さを帯びていてシュシュアに回された腕からは彼女のことを気遣う優しさが伝わってくる。
予鈴が鳴るまでの間、シュシュアは抵抗出来ずに彼の腕の中に収められていたのだった。




