26.これまでの話
翌朝、久しぶりの実家のせいか、昨日の父親とレヴィアスのやり取りに緊張したせいか…いつもより少し遅い時間に目が覚めたシュシュア。慌てて使用人を呼び、手早く朝の支度を整えた。
用意が終わった頃、レヴィアスがシュシュアの部屋まで迎えに来た。
「おはよう、シュシュ。」
「……おはよう、レヴィー。」
レヴィアスと顔を合わせた途端、昨日の別れ際のやり取りを思い出してしまい、シュシュアの頬がほんのりと色づく。そのせいで挨拶が一拍遅れてしまった。
その変化にしっかり気付いたレヴィアスが嬉しそうに笑みをこぼす。
「朝から俺の婚約者が可愛くて困る。」
「そういうのはいいからっ…早くダイニングに行こう。」
シュシュアが気安く話してくれたことに対して、想像を遥かに超える嬉しさがあった。レヴィアスは幸せを噛み締めるように一層笑みを深くしていた。
「そういえば、トーキン伯爵は既にレッカと出掛けてるよ。関係先へ挨拶回りに行ったらしい。俺の方はその前に挨拶を済ませてある。」
「嘘…こんなに早く?」
「ああ、かなり気に入られていたようで、早く周囲に紹介したいらしい。本当にあの無愛想なレッカがどんな手を使ったんだろうね。」
レヴィアスはおかしそうにクスクスと笑っていた。
「そうなんだ…でもお父さんが嬉しいなら良かった…のかな。」
「うん、それは間違いないよ。昨日話した通りレッカも強く望んだことだから。安心して欲しい。」
「うん、ありがとう。」
その後二人きりで朝食をとったレヴィアスとシュシュアは、レッカにはまた休み明けに学園で会えるからと、彼女の母親と家令にだけ挨拶をしてトーキン家を後にした。
来た時と同様、二人並んで座り馬車に揺られている。
「今回のこと、シュシュの父君の前で話した通りだけど、少しだけ補足で説明させて欲しい。」
レヴィアスが繋いだ手に力を込めて見つめてきたため、シュシュアも頷いて返した。
「最初は親に勘当してもらおうと思っていたんだ。」
「は……?」
突然の告白に、シュシュアの目玉が飛び出しそうになっている。何から正せば良いのか分からず、口だけパクパク動いていた。
「跡取りじゃなくなればシュシュアと結婚出来ると思って。素行を悪くしたり、わざと悪い噂を流したり…でもすぐに目的が親にバレて…そんな悪い男との結婚なんて認めてもらえるわけないだろって喝入れられてさ。普通に考えればそんなこと当たり前だよな。」
レヴィアスは当時を懐かしむような瞳で笑っていた。
「それはまたとんでもないことを……」
シュシュアは想像しただけで震えが止まらなかった。
公爵家嫡男という誰もが羨む地位を自ら捨てようとするなど正気の沙汰とは思えない。そして、それを知った時の親の気持ちなど恐ろしくて考えたくもなかった。
「だから俺は考えを改めて、シュシュアの家の跡取りを探すことにしたんだ。伯爵を納得させられる人がいて、その人物もその地位を欲していたら上手くいくかなって。」
「もしかして最初からそれが目的で隣国に留学を……?」
「ああ。向こうは王位継承を巡って争いが絶えないと耳にしていたから、穏健派で知られて年も近い第三王子のレカリアに近づいたんだ。あの通り合理的な性格だから、予想以上に話が上手いこと進んだんだよね。」
「ちょっと待って…眩暈がしてきた…」
「大丈夫?一気に話し過ぎたかな?俺の膝に頭を乗せて横になって少し休むといい。」
「いやこれは精神的なものだから。」
すかさず甘やかそうとしてくるレヴィアスを、額を抑えたシュシュアが片手で制した。
「でもそれならそうと、先に言ってくれれば良かったのに…そうすれば私だってもっと早く…」
拗ねた声でシュシュアが言うと、レヴィアスはばつが悪そうに頭の後ろを手で掻いた。
「それが一番の難関で…この話を進める時に親から一つだけ条件を出されたんだ。」
「条件……?」
「『彼女から色良い返事を貰うまで伯爵家の跡継ぎの件は伝えないこと』って。うちの方が爵位が上で、それで囲い込みをしたら断れなくなるからって言われたんだ。」
「そんな配慮があったんだ……」
「そう。だから必死に付き纏って口説いてたんだ。自分でもしつこかったと思うよ。シュシュの気持ちを知った時はここで天命尽きるのかと思うくらいやり遂げた思いだったな。」
時折り笑いながら軽い口調で種明しをするレヴィアスだったが、シュシュアの胸は熱い想いでいっぱいだった。
(私のためにこんなにも手を尽くしてくれていたんだ…私は勝手に諦めて無かったことにしようとしてたのに…)
込み上げた感情は涙へと変わり、シュシュアの視界が滲む。
「レヴィー、本当に本当にありがとう。これから先毎日感謝を伝えても足りないくらい感謝してる。私の初恋を拾ってくれてありがとう。大好き。」
泣き笑いのシュシュアはとても晴れやかな顔をしており、恥ずかしがることなく感情のまま彼に自分の想いを告げることが出来た。
それなのに、肝心の想い人からの反応はない。
不思議に思って黙ったまま俯いてるレヴィアスの顔を覗き込もうと近づくと、その前に手で止められてしまった。
「ちょっともう…嬉し過ぎてわけが分からなくて、今絶対変な顔になってるから。はぁ…幸せ。」
「ふふふ…レヴィーが可愛い。」
赤くなっているレヴィアスの顔を想像して笑うシュシュア。心の奥底から愛しさが込み上げてくる。
「……シュシュア、何言ってるの?いつだって可愛いのは君の方だろ?」
「え゛」
馬車に二人きりという状況を失念していたシュシュア。
「試してみるか?」
ギラリと獰猛さが増した彼の瞳に、ひゅっと息を呑んだ。
レヴィアスが彼女の顎を指で押し上げ、至近距離で見つめてくる。息がかかりそうな距離で瞬きもせず、飢えと渇望を秘めた瞳がシュシュアを欲してくる。
手心なく情欲的に見つめられ続け、シュシュアの精神は簡単に限界を迎えた。
「ごめん…なさい…」
レヴィアスの思惑通り、シュシュアはぷしゅーっと音が聞こえてきそうなほど真っ赤な顔をして謝罪の言葉を口にしたのだった。




