2.どうして私が
騒つく教室内で、一人冷静だった男子生徒が「あの」と空気を読まずに片手を上げた。
彼はレヴィアスと同じく教壇の前に立っており、これから紹介される予定のようであった。
サラサラの金髪に青い瞳の彼は黒縁眼鏡を掛けており、くいっと中指で眼鏡を押さえながら自己紹介を始めた。
「私は、レッカ・シュルートです。隣国から来ました。留学に来ていたレヴィアスと仲良くなり、一緒にこちらの学園に通うことにしたのです。これからどうぞ宜しく。」
地味な見た目の割に聞き取りやすい発話で、教室中の注目を掻っ攫った。
どこか気品のある佇まいで、チラチラと好意的な視線を向ける女子生徒も多い。
そのレッカの隣にいるレヴィアスも公爵令息という肩書きと、整えられた銀髪に切れ長の菫色の瞳という目立つ容姿で視線を集めている。だが、その彼の視線はシュシュアに一点集中していた。
レッカの自己紹介を挟んだおかげで、シュシュアの思考が回り始めた。
(なんでいきなり愛称呼びされてるの………)
開口一番知り合いだとバラされ、ふつふつと怒りに近い感情が湧き上がってくる。
(知らないフリをして欲しかった…もう関わることもないのに。早く興味が削がれると良いんだけど)
次の休み時間、シュシュアに災難がやって来た。
彼女を人気のない廊下に呼び出し、尊大な態度で腕を組みながらキツイ目を向けているのは、エリザベス・ガルシュ公爵令嬢だ。
燃えるような真紅の艶やかな髪に、緑の瞳を待つ彼女は派手顔の美人で見た目通り苛烈な性格をしている。
一時期王族との婚約が持ち上がったことがあったが、性格のせいで保留にされていると専ら噂だ。
「たかが伯爵令嬢の貴女が公爵家のレヴィアス様とどういう関係ですの?愛称で呼ばれていましたわよね?」
貴族令嬢らしく感情を感じさせない穏やかな物言いだが、言葉の端々に棘がある。敵意が剥き出した。
(ただの幼馴染で今は何の関係もありませんって言っても信じてくれないんだろうな…)
女性同士の腹の探り合いや嫉妬など、シュシュアが大の苦手とするもので嫌悪する対象だ。
一瞬遠い目になりかけたが、相手の家格の方が上であるため失礼がないよう必死に表情を取り繕う。
「昔幼い頃に会ったことがあって、愛称呼びは恐らくその名残だと思います。会ったのは10年ぶりですから。…あ、昔会っていたのは単に親同士が仲良かったというだけで。」
「それは本当ですの?」
シュシュアが付け足した一言で、エリザベスの怒りレベルが一気に下がる。
(よし、あと少し)
彼女は心の中で拳を握りながら、更に続ける。
「うちは婿を取らねばいけないので、レルモント公爵家との婚姻なんてあり得ませんよ。片思いしてる方がいるなら、喜んで応援に回ります。」
「それならいいわ。」
回答に満足したのか、エリザベスはスカートを翻して颯爽と立ち去った。
(危なかった)
ほっと胸を撫で下ろすシュシュア。決して気が弱い方ではなかったが、公爵家相手では分が悪い。余計な所に飛び火しないよう、敢えて下手に振る舞ったのだ。
予鈴が鳴り、シュシュアも早足で教室に戻って行った。その後ろ姿を見られていたとも知らずに。
***
その日の昼休み、いつもと同じように友人であるミュイ・ガザベル伯爵令嬢と学食に行くため席を立とうすると、目の前に影ができた。
「え」
見上げると、机の前にレヴィアスが立っていた。怒りを堪えたような際どい笑顔をしている。端正な顔立ちのせいで、普通の人よりも与える圧が強い。
「どうして知らないフリしたの?シュシュは俺に会いたくなかった?」
「………それはその、最後にお会いしたのが10年前ですから、すぐに分からなかっただけです。失礼しました。」
「名乗ったけど?」
「う゛」
シュシュアがあからさまに狼狽えると、レヴィアスの圧が少し弱くなった。
「カッコよくなったから気付かなかった?」
「………多分おそらくきっとそうだと思います。」
誰が聞いても分かるほどに棒読みで無感情だったが、それでも彼は嬉しそうにふわりと微笑んだ。機嫌が良くなったとめざとく察知したシュシュアが、「私はこれで…」と席を立とうとするとレヴィアスが強めに言葉を被せて来た。
「ねえ、食堂の場所案内してもらえる?」
「は?」
(…….いけない、相手は公爵令息なのに素で低い声を出してしまった)
シュシュアは穴だらけの貴族令嬢の皮を被り直し、意識して穏やかな声を出した。
「あちらの廊下の窓から見えますよ。今多くの生徒が歩いているその渡り廊下の先に…」
「分からないな。」
「渡り廊下の先に建物が続いているの見えますよね?」
「見えないな。」
「……いや、私じゃなくて廊下の窓を見てください。今すぐに。」
最後はまたイライラが募り、シュシュアは語気を強めてしまった。対するレヴィアスはどこまでも嬉しそうな顔だ。
「今日来たばかりなんだ。だから案内を頼みたい。」
「…………分かりました。案内だけですからね。」
最後はレヴィアスのただならぬ圧と周囲からの好奇の視線に負けたシュシュア。当たり前のように差し出されたエスコートの腕を固辞して、渋々と食堂に向かったのだった。




