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19.二人きりのランチタイム



「そろそろ回復したかしら?」


1限目の授業が終わった後、ミュイがまだ火照った顔をしているシュシュアに尋ねてきた。



「大丈夫……じゃない」

「そのうち慣れるわよ。そう言えば、今日メルケン来てないわね。」

「……っ」

(そうだ…メルケンにもとんでもないことを言われたんだった……)


あの時の光景が脳裏に鮮烈に蘇った。

しかし思い出しても不思議と恐怖は無く、あんな最低な奴だったのかと驚きが残るだけだった。


その上、あんなに苛烈な記憶だったのに、今の今までレヴィアスとのあれこれで忘れていたことに自分で自分に呆れる。だが今はそれが有り難かった。


(これもレヴィアスのおかげ…かな)


細やかに気遣ってくれた彼と過ごした昨日を思い出すと、自然と口元が緩む。それ以外のことなんて些末なことに思えた。


今している顔は、誰がどう見ても恋する乙女のそれであったが、残念ながらシュシュアは気付いていない。



「ねぇ、シュシュ」

「…….な、なにか」


咄嗟に反応出来たものの、声が裏返った。


今まさに頭の中で思い浮かべていた人物が目の前に現れ、激しく動揺するシュシュア。狼狽えていることを悟られないよう、横を向いて小さく呼吸を整えた。



「今日は午前中で帰らなきゃいけないんだけど、明日は一日いるから一緒にランチしたい。いい?」

「…………それはちょっと」


シュシュアは少し離れた先にいたエリザベスに視線を向けた。


(絶対また何か言ってくるよね…これ以上関わるのは良くない…)


すると、その視線に気付いたミュイが助け舟を出してきた。シュシュアにだけ聞こえるようコソコソと話し掛ける。



「彼女のことならもう大丈夫よ。王族との婚約者に内定したと噂になっているわ。…本当にどうやって収めたのか。」


「え、そうだったの?……知らなかった。」


「うちのドレスサロンは王族や公爵家のお偉いさん方も利用するから、最先端の噂が入ってくるのよ。」


「道理で。」


シュシュアは、ミュイが貴族社会のゴシップに強い理由を理解した。



「ああそれと、昨日のドレスは返さなくて良いわよ。」


「え、そんなわけにはいかないよ。かなり高価なものでしょう?今クリーニングをお願いしてるから、その後で届けさせるよ。」


「良いのよ。あれは注文を…コホンッ…とにかく、返さなくて良いから。」


レヴィアスに睨まれたミュイは、咳払いをして誤魔化した。



「内緒話は終わった?」

 

シュシュアの机の前にしゃがみ込んだレヴィアスが机に両手をつき、ずんと前に顔を出して来た。菫色の瞳が嬉しそうに煌めいている。



「行くわ。」

「ちょっと、なんでミュイが答えるの!」

「やった。明日楽しみにしてる。」


立ち上がったレヴィアスは嬉しさいっぱいに顔を綻ばせ、周囲に花を撒き散らしながら軽い足取りで戻って行った。


やられたと自席に突っ伏すシュシュア。 



「また何か優遇してもらったんでしょ。」

「………別に何にもないわよ。」

「ねぇ」

「ほら、次の授業遅れるわよ。」


優遇ではなくそれなりの値段のするドレスを1点買い上げてもらったのだが、ミュイはしらを切り通したのだった。




次の日、昼休みを告げる鐘が鳴ると同時にシュシュアの手首が掴まれた。驚いて見上げると、にっこり笑ったレヴィアスと目が合った。



「早く行こう。時間がなくなってしまう。」


今昼休みが始まったばかりだというのに、焦っているレヴィアスに手を引かれシュシュアは一番乗りで教室から飛び出した。


てっきり食堂に行くものだと思っていたが、着いた先は中庭だった。


空気は冷えているが、抜けるような青空が気持ちいい。こっちこっちと手を引かれて行くと、穏やかな陽だまりの下に厚手の敷物が敷いてあった。


そこに彼女を座らせると膝の上に毛皮のブランケットを掛けた。身体が冷えないようにとポットから熱々の紅茶を注ぎ手渡してくれる。至れり尽くせりだ。



「何から何までありがとうございます。」


レヴィアスの準備の良さに驚きつつ、御礼を言うシュシュア。貰った紅茶を啜って身体を温める。



「食堂だと皆いるから気を使うかなと思って外にしたんだけど、大丈夫?寒くない?」


「大丈夫です。おかげさまでポカポカです。」


「良かった。まぁ本心は俺がシュシュのことを独占したかったってだけなんだけど。」


「ゴホッゴホッゴホッ」


「大丈夫?これおしぼり使って。」


思わず咳き込んでしまったシュシュアの背中をレヴィアスが優しくさすってくれた。


彼はランチボックスも用意して来ており、中には公爵家の料理人が腕を振るった見た目も豪華な品々が収められていた。

シュシュアが遠慮なく食べられるように彼女の分だけ詰め込んだ一人前のランチボックスを差し出した。



「どうぞ。」

「うわ美味しそう…ありがとうございます。」


よく見るとシュシュアの好物ばかりだった。彼女の好む白身魚と野菜を中心に作られている。


 

「そういえばさ、シュシュって来週のパーティーに誰かと行くの…?」


食事を口に運びながら何気なさを装って尋ねるが、レヴィアスの手は緊張で震えていた。どんな答えでも動揺しないと昨日から気合いを入れていたものの、実際は心の中で膝を折り手を合わせて祈りまくっていた。



「いいえ、一人で参加します。」

「……やっ…………………た」


レヴィアスが感極まる表情でぐっと拳を握りしめた。感情を曝け出す様が幼な子のようなで、シュシュアも思わずクスクスと笑ってしまう。



「笑うなって。本当に本当に気が気じゃなかったんだから。それに今日は夢も一つ叶ったし、最高の一日だな。」

「夢って……?」


ポカンとした顔で見つめるシュシュア。


(レヴィアスの夢ってなんだろう…?こんなに喜ぶんだから凄いことが実現したんだろうな。)



「シュシュと同じ学園に通ったら二人きりでランチしようって決めてたんだ。ようやく念願叶って震えてる。はぁ…本当に嬉しい。」


胸に当てた拳を握りしめ、湧き上がる感情のまま喜びを爆発させるレヴィアス。相当に嬉しかったようだ。

一方のシュシュアは余計なことを言ってしまったと内心激しく後悔していた。



「そう…ですか。」


赤くなる顔を隠しながら、蚊の鳴くような声でそんなことしか返せなかったのだった。



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