表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/28

17.三段重ねのパンケーキ


馬車から降り立った先にあったのは白亜の三階建の建物で、玄関前の植え込みには希少な色の薔薇が咲き誇っていた。

外から見ると窓は暗く、中の様子が窺えないようになっていた。一見すると宝石商にも思える重厚な見た目だ。


中に入ると広々とした玄関ホールがあり、目の前に絨毯の敷かれた幅の広い階段が続いている。その手前にドアが見えたが、レヴィアスと共に店員に案内されたのは二階だった。この階は全てドア付きの完全個室になっているようだ。


一番奥の白の両扉を開けると、白とダークブラウンで統一された格式高い調度品が取り揃えられた明るい雰囲気の部屋だった。


(確かにこれはドレスでも浮かない…けど、パンケーキが出てきそうな手軽な店には見えないや…)


シュシュアが豪奢な室内に圧倒されている内に、レヴィアスが店員を呼んで手早く注文を済ませてしまった。


すぐにティーワゴンを押した燕尾服姿の店員がやってきて、見惚れるような優雅な所作で紅茶を淹れてくれた。



「ミルクと蜂蜜でいい?」

「あ、はい」


シュシュアは寒い日に蜂蜜をたっぷり入れたミルクティーを飲むことが小さい頃から好きだった。それを覚えてくれていた彼に、嬉しいようなくすぐったいような、ふわふわとした気持ちになる。


ミルクと蜂蜜を混ぜてくれた紅茶を差し出され、有り難く両手で受け取った。


一口啜ると、深い茶葉の香りに華やかな蜂蜜の香りが混ざり合って口いっぱいに深みのある味わいが広がる。とても好みな味に驚き、シュシュアが目を瞬いた。



「気に入ってくれた?これ隣国のミルクティーに一番合う茶葉なんだ。シュシュへのお土産の中にも入れていたはずだけど…って、あの量じゃ分からないよな。」


「とても美味しいです。あの中に…確かにすぐには見つからないかもしれません。たくさん頂いてしまいましたから。」


「そうだよな。」  


はははと笑い合う二人。一瞬で紅茶の湯気のように穏やかで温かな空気に包まれる。



「そういえば、俺の噂って聞いたことある…?良くないものがほとんどだと思うんだけど。」


「ええと…ほんの少しだけですが。」


「うわーやっぱり…」

 

自分から言い出したくせに、レヴィアスは行儀悪くテーブルに膝をつき髪を掻き乱してひどく狼狽している。



「でもただの噂ですよね。」


「あ、うん。もちろん…え、シュシュは信じてなかったの?その噂。中には結構ひどいものもあったと思うんだけど…女性関係とかその…」


「いいえ。そんなレヴィアス様は想像出来なかったですし。いつだって優しくて気が使えて大事にしてくれる人ですから。」


「それは…フォロー…だよね?」


シュシュアのことを直視出来ず、目を逸らしてそっぽを向くレヴィアスの耳が赤い。


フォローの言葉としては些か刺激が強すぎた。彼女がそんなふうに自分のことを見てくれていたのかと思うと、彼の胸に込み上げるものがある。



「もちろん、こんなところで嘘はつきませんよ。」

「…う、うん。シュシュの本心ってことね。了解。」


レヴィアスの様子が不自然に感じられたが、よく分からなかったためシュシュアはとりあえずこてんと首を傾げておいた。



二人の緊張が和らいできた頃、お目当ての三段重ねのパンケーキが二つ運ばれてきた。

シュシュアはそれを目にした瞬間、その威圧されるほどの存在感に恐れ慄く。


(これで一人分…?え、全部食べ切れるかな…)


とてもじゃないが、女性ひとりで食べ切れる量には見えなかった。



「残ったら持ち帰れるよう、一皿ずつ切り分けて食べようか。」

「そうして貰えるとありがたいです。」

「うん」


レヴィアスの気の利いた申し出に、シュシュアが安堵した笑顔で頷いた。


給仕を呼ぶためシュシュアがベルに手を伸ばそうとしたが、その前にレヴィアスがフォークとナイフを手に取り自分で切り分け始めた。

器用に皿に乗せ、見た目よくトッピングのフルーツを並べていく。



「いちご乗っている方あげる。」

「…ありがとうございます。」


また自分の好物を融通されてしまい、シュシュアは嬉しい反面、少し気恥ずかしくなってしまった。


その後はレヴィアスが隣国であった面白い話や興味深い話を沢山してくれて、シュシュアはパンケーキを食べながら話に夢中になっていた。


途中レヴィアスが甘いものばかりだと飽きるよねと軽食を追加注文したおかげで、二人は見事にパンケーキを完食したのだった。



「…………記念に持って帰りたかったな。」

「え?」

「いや、何でもない。」


うっかり本音を吐露してしまったレヴィアスが慌てて笑顔を取り繕った。



「そろそろ帰ろうか。」

「はい」


今度は差し出された手を素直に取り、二人は並んで帰路についた。




「今日はご馳走様です。ありがとうございました。とても楽しかったです。」


「騙し討ちのような形で誘ってしまったけど、本当に楽しかった。ありがとう。」


シュシュアの邸に馬車が到着し、レヴィアスのエスコートで馬車から降りた。


挨拶を交わしたその直後、レヴィアスがどこからともなく取り出した薔薇の花束を彼女の前に恭しく差し出してきた。



「今日は純粋にシュシュに楽しんで欲しかったから何も言わないって決めてたんだけど、せめて君にこれを。揺らぐことのない俺の気持ちを伝えたい。」


「……ありがとうございます。」


薔薇の本数は9本。

意味は『いつもあなたを想っています』


花束にしては軽いそれを、シュシュアは両手で抱きしめるようにして大事に受け取った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ