12.助言
威圧に堪えながら、シュシュアが額に汗を馴染ませこの場の切り抜け方を思考していると、エリザベスがパンっと手を叩いて軽やかな音を出した。
「そうだわ」
今名案を思い付いたかのように瞳を輝かせ、頬に手を添えてにっこりと微笑む。
(これは絶対よくない話………)
身構えたシュシュアが無意識に半歩後ろに後退する。
「貴女がレヴィアス様に、私をパートナーとして勧めてくださらない?」
「…………え?」
「彼、貴女の話は真面目に聞くんですもの。貴女から言ってくれたら間違いないわ。ねぇ、話をするくらい良いでしょう?」
(なんだ、そんなことでいいんだ)
レヴィアスに一言、エリザベス様とパートナー組んだらどうかな?ってそう言えばいいだけ。それで彼女との確執もなくなる。絡まれず平穏に残りの学生生活を送ることができる。
ーー たったそれだけのこと
「聞いていますの?」
シュシュアが反応せずにいると、ガラリと声音が変わり棘のあるキツイ口調に戻った。
(分かりました…一言そう言えば良いだけなのに)
頭ではそう思うのに、シュシュアの口が思うように動いてくれない。無意識に心が抵抗していた。
「ねぇ」
苛立ったエリザベスにパシンっと投げつけられた扇子がシュシュアの肩にぶつかり、高い音を立てて床に落ちた。
「…………っ」
(なんで…レヴィアスに好かれたいからってこんなことまでするの?それって本当に好きなの?)
ーー やっぱり嫌だ。
いつだって優しいレヴィアスに、嘘でもこんな人を勧めたくない。
答えを出したシュシュアが、反抗的な瞳でキッとエリザベスのことを見返した。体が震えてしまわないよう、拳を握りしめてグッと足腰に力を入れる。
「それは出来ません。好意はご自身で伝えてください。人の恋路に口を挟むのは野暮ですから。」
「お前っ!この私になんて高慢な物言いを……!」
(今度は叩かれるっ……………)
振り上げられた手を見たシュシュアが痛みを覚悟して強く目を瞑ったその時、背後から剣呑な声が聞こえた。
「なんだ、揉め事か?」
ふらりと足音も立てずに姿を見せたのはレッカだった。
少しだけ面倒そうな素振りを見せながらも、シュシュアの前に腕を出し、庇うように彼女の斜め前の位置を取る。
「いえ、何でもありませんわ。それでは、私たちはこちらで失礼しますわね。」
手を振りかぶっていたエリザベスは、その手で無意味に髪を撫で付けると取り巻き達と共に去って行った。
(はぁ…たすかった…怖かった…ははは)
脅威が去り、シュシュアは心の底から安堵した。助けてくれたレッカに笑顔を向ける。
「レッカ様、ありがとうございます。」
気の抜けた声で礼を言った。
「相手の要求通り、あいつに話をすると言ってしまえば、もっと穏便に済んだのではないか?」
「聞いてたのですね…」
シュシュアが気まずそうに視線を逸らす。
「最初は言われた通りにしようと思ったんですけどね、やっぱり嫌だなって思っちゃったんです。」
「何がだ」
「あんなキツい人がレヴィアス様の隣にいるのが。それはさすがに可哀想だなって。」
「ははははっ」
シュシュアの率直な気持ちを聞いたレッカが声を出して笑った。よほどツボに入ったらしく、しばらく愉快そうに笑い続けていた。
「あの、レヴィアス様には内緒ですからね。」
「言わん言わん。あいつが喜びそうなことなどしてやるか。想像しただけで腹が立つ。」
言っている意味がよく分からなかったが、ひとまず秘密は守ってもらえそうで安心したシュシュア。窮地を助けてくれたことに改めて礼を言った。
「そのお返しにというほどではないんだが、俺から一つ頼み事がある。」
「何でしょうか?」
「あいつの話を逃げずに聞いてやって欲しい。俺も立場に苦労させられた側の人間だから、雁字搦めで自分の心を諦めたくなる気持ちがよく分かる。でもだからこそ、己が気持ちに蓋をせず、あいつと向き合ってやって欲しいんだ。」
「……………私に出来るでしょうか。」
想像して臆病になったシュシュアが、思わず本音を吐露した。
(この気持ちに蓋をせず彼と向き合う?そんなの私が辛くなるだけじゃない?)
分かりきった結末に期待をもたせないようここまで来たのに、今更本音を曝け出すのはすごく怖い。そんなことをして私は立ち直れるんだろうか…
そんな余計なことをして
未練を残してしまったら?
その時、私は政略結婚した相手のことをちゃんと大切に思えるのかな…
「そんなことは知らん。」
「え」
レッカの言葉は清々しいほどに真っ直ぐで飾り気がなく、ついでに容赦もなかった。想像と違った返しに、シュシュアはガクッと膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
「ただ、あいつにはそれを受け止めるだけの度量がある、とだけ言っておこう。…先教室に戻ってるぞ。」
(今のって、背中を押してくれたのかな…?)
頭の中でレッカの言葉を反芻して、その意味を推しはかる。本心は分からなかったが、彼の言葉はどこまでも真っ直ぐで本質を指しているような気がした。