11.下手な言い訳と反感と
休み明けの教室、エリザベスを中心にクラスの女子生徒達がパーティーの話に夢中になっていた。知らしめたいのか、わざと周囲に聞こえるような声の大きさで話している。
「レヴィアス様はどなたをパートナーに選ぶのかしら?」
物憂げな表情でエリザベスが小首をかしげると、取り巻き達がこぞって口を開く。
「それはもちろんエリザベス様ですわ!お似合いのお二人ですもの。」
「気品溢れるエリザベス様にレヴィアス様はピッタリですわ。」
「お二人のダンスは眼福に違いありません!今から楽しみですわ〜〜」
声を揃えてキャーキャー言っている。エリザベスは「そんなことないですわ」と頬を赤く染めて恥ずかしそうに目線を下げ、笑みを深めた。
(これだけ周りを巻き込めば、誘われるのも時間の問題だわ。)
彼女は思惑通り外堀を埋めている事実に顔が綻びそうになる。その感情が面に出ないように、公爵令嬢らしく落ち着いた笑みで取り繕った。
「あの三文芝居はなに?天下の公爵家様が安いことをするわね。」
「シッ…ミュイ周りに聞こえるよ!」
彼女達の会話が聞こえていたミュイは不快感を隠すことなく、堂々と嫌悪の視線をエリザベス達に向けている。隣にいたシュシュアは、胃痛を感じながら必死に宥めていた。
「だいたい、その気があるならとっくの昔に誘われているでしょうに。この時期になっても声かけられてないなんて脈なしでしかないわ。そんなことも分からないなんて、まぁ嘆かわしい。」
「こらこら」
シュシュアが嗜めるがミュイの毒吐きは止まらない。
そして彼女の毒にやられた者がもう一人いた。
二人の斜め前の席に座っていたレヴィアスが肩をびくつかせている。
(俺は脈がないと思われていたのか………)
聞こえてきたミュイの言葉に自信を喪失して項垂れた。無様にも額が机にくっついている。その様子を目にした隣のレッカが、心底呆れた顔で彼の脇腹をつついてきた。
「おい、ヘタレ」
「人の気も知らないで勝手なことを言うな」
「行動に移せていないのは事実だろう?」
「う」
「だったら早くやることやれ」
「は?今かよ?」
「今」
「ちっ」
小声でレッカに焚き付けられたレヴィアス。ここまで言われて黙ってはいられなかった。すんっと勢いで立ち上がり、シュシュアの目の前に迫る。
「シュシュ」
「………はい?」
唐突に話しかけられ、シュシュアは驚きのあまり睫毛の長い青い瞳をパチクリさせている。
(うわ…なにこれ死ぬほど可愛い)
一瞬レヴィアスの意識が飛びかけたが、公爵令息の意地ですました顔を保った。
「今日の放課後、少しだけ時間をもらえるか?」
「今日はちょっと…」
困ったような顔で曖昧に微笑むシュシュア。これが彼女のいつもの返しだ。
毎回この顔で見つめられる(と本人は思っている)ことに悶絶するせいで、レヴィアスはこれ以上押せずにいたのだ。
しかし今回の彼は違う。
真正面から誘っていては、いつまで経っても二人きりの時間を貰うことが出来ない…
レッカに焚き付けられこともあり、どんな姑息な手段を使ってでも了承を得ると心に決めていた。すーっと息を吸い込み、一気に畳み掛ける。
「馬車が壊れたんだ。」
「え………?」
「馬車が壊れたんだ。」
「・・・・・」
(壊れているのはレヴィアスの方じゃ……)
「だから、今日の帰りはシュシュの馬車に同乗させて欲しい。」
「は」
「同じ方向だし。ね?」
「そういう問題ではなく」
「まさか、この寒空の下ひとりで歩けなんて言わないよね?幼馴染だもんね?」
「う…」
「うん、ありがとう。」
完全に押し負けた。シュシュアの完敗だ。見事に言質を取ったレヴィアスは拳を握りしめ、羽のように軽い足取りでレッカの元に戻って行った。
戻った彼はレッカにドヤ顔で胸を張り、声高に今得た成果を自慢していた。無理やりやり込めただけだというのに、レヴィアスから幸せオーラが爆発していたのだった。
一方、二人のやり取りを見ていたエリザベスは、憎悪に染まった般若の表情で扇子を握りしめていた。ミシミシと扇子の軋む音が聞こえる。
そして案の定、その苛烈な感情はシュシュアに向かうこととなる。
「応援してくれるのではなかったのかしら?私の気持ちを知っていて邪魔をしてくるなんて、どんな嫌がらせよりも非道でなくて?」
人気のない廊下の突き当たりで、取り巻き達と共に、シュシュアに凍てついた視線を向けてくるエリザベス。
(私、一生懸命断りましたよ…?ねぇ、聞いてましたよね…?)
気を抜くとつい睨み返してしまいそうで、シュシュアは必死な顔を保ったまま、どう乗り越えようかひたすら考えていた。