表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
9/50

伝書カラス

 空に鳥が舞っていた。山の中からは木々で(さえぎ)られて見えず、街中では建物やパンダに気を取られて見なかった。

 雀、烏、鳩、鳶、四十雀、わかるだけでも色々な種類が飛んだり歩いたりしている。道端で輪になって喋る言葉は、パンダと同一だった。


 「えー。ピンピンだっけ。今夜は野宿になる予定だけれど、大丈夫?」


 「問題ない」


 ゴンゴンとピンピンは俺を挟み、横並びに歩いていた。パンダが来た時には避ける。黒白のピンピンが一緒にいると、通りすがりのパンダは押し並べて俺を恐ろしげに見た。

 ピンピンが寡黙(かもく)なだけに、囚人の移送と誤解されているようだった。


 日が暮れてきた頃には、見事なまでに何もない平野の真っ只中にあった。街道の外側すぐから木は生えている。

 フジ山の樹海がそのまま広がったような、木の繁り方だった。


 「道端で寝ると追い剥ぎに遭うから、奥へ入れ」


 ゴンゴンがその場で座り込もうとするのを見て、ピンピンが指示した。(つる)が垂れ下がり、枝の絡み合う真っ暗な木々を前に、躊躇(ちゅうちょ)するゴンゴン。すると、ピンピンが腰からナイフを抜いた。


 「ひいっ。こ、殺さないで」


 ゴンゴンが俺のワイヤを放す。俺はその場を動かずにいた。ピンピンは俺をじっと見つめた後、背を向けて道の脇へ踏み込んでいった。俺はワイヤを自分で拾い、後を追う。

 ばさっ、ばさっ。ピンピンが腕を振るう度に、小枝や蔓が落ちる。


 「何だぁ、(まぎ)らわしいなあ、もう」


 ゴンゴンは俺の後ろから歩いてきた。ワイヤを持とうともしない。

 かなり奥まで進んだように感じた頃、急にピンピンが止まった。


 「ここで寝る」


 振り向いて、俺が自分でワイヤを持っていることに気付いた。その後ろに平然と立つゴンゴンと見比べ、鋭く息を吐いた。笛とも鳥の声ともつかぬ音が出た。


 陽が落ちたせいもあり、街道は目を凝らしても見えない。枝を払ってもなお、木々が空まで重なり合って壁を作っている。止まったのは、露出した岩のせいで、少しばかり隙間のある場所だった。


 「お呼びですカア」


 星あかりに目が慣れた頃、ばさばさと羽音を立て降りてきたのは、カラスだった。こいつも普通に喋っている。


 「ええっ。人間も一緒にいる。俺、ただの連絡員。しかも非常勤だし、面倒ごとに巻き込まないでくれよ。家には嫁とガキが七羽も待っているんだ」


 「カアクローだ。スルグ県庁事務局長、ユンユンと直接連絡を取れる」


 べらべらと個人情報を大公開するカラスを無視し、勝手に紹介するピンピン。


 「オサカまで、君ひとりで連絡係するの?」


 ゴンゴンが尋ねる。電波通信が使えないなら、伝書カラスが最速となる。緊急時には使えないということだ。


 「オサカ? 俺はホコヤまでって聞いたぞ。俺、そんなに長距離飛べないし。え、俺たちオサカまで行くのカア?」


 新しい地名が出てきた。オサカより手前にあるようだ。


 「飯食ったか?」


 「カア、適当に食った」


 カアクローの質問を完全に無視するピンピン。カラスの様子からすると、いつもの事らしい。


 「我々は、これから夕食をとる」


 自分の荷物から笹団子を取り出し、食べ始める。ゴンゴンが(うらや)ましそうに見つめるのも無視だ。

 俺は、昼食の残りを出して食べた。焚き火は論外、という雰囲気だった。


 やがてゴンゴンも、諦めて自分の食料を取り出した。この辺り、周囲に笹も竹も見当たらない。シダや蔓ばかりだった。


 「笹団子美味しかったなあ」


 呟きながらジャガイモを生で丸齧りする。ピンピンは無反応だ。

 カアクローは、特に連絡事項がないと知ると、樹上に消えた。


 他の者は食事を終えるとすることもなく、横たわった。俺は貰った猿の皮を早速に紐解いて、布団代わりに被った。山にいた時から、朝方の気温が下がり始めていた。

 ピンピンの視線を感じつつも、割とすぐに眠くなった。


 朝起きて、見知らぬパンダに驚き、思わず喋るところだった。黒白パンダが消えて、青白パンダが出現していた。

 差引すれば、正体は自ずと知れる。


 「あ、ピンピン?」


 ゴンゴンも目を覚まして驚いたものの、同じパンダだけに、すぐ見分けた。


 「水浴びの場所、教えてくれるかな。僕たちも行きたい」


 「ついてこい」


 青白雌パンダは、早速背を向けた。俺たちは慌てて荷物を抱え、後を追う。

 黒白パンダの色は、染め物だったのだ。


 街道からさらに遠ざかる。山芋の葉を見かけた気もするが、ピンピンが止まらないので掘って確かめられない。帰りに見てみよう。

 そして奥地に、岩清水があった。水浴びに使うのが勿体無いような、綺麗な水を湛えている。


 「人間も水浴びするのか?」


 到着して初めて振り返ったピンピンが、()靴を脱ぎ始めた俺を見て尋ねる。


 「僕の真似をしたがるんだ。僕、綺麗好きだから」


 躊躇いもなく水の中に足を踏み入れたゴンゴンは、早速体を擦り出す。俺が先に入りたかった。流水とはいえ、抜け毛の後に浸りたくない。


 岩清水は思ったより流量があって、俺の番が回ってきた時には、澄んだ流れを取り戻していた。もう水が冷たい。

 宿屋でもなく、焚き火もないので手足と顔だけにする。タオル代わりに猿の皮で拭う。これも早く手直ししたい。余った皮で色々作れそうだ。洗えない、と思うと余計に頭が痒い。


 「逃げないのは分かったが、他からの目もある。リードを握れ」


 水浴びの帰りに山芋を掘らせてもらい、朝食を済ませて街道へ戻るに至るまで、ゴンゴンは俺のワイヤを握るのを完全に失念していた。


 「あっ。忘れていた」


 ゴンゴンは、ワイヤの一方を首輪から荷物の入った袋へ結び直し、反対側の先を握った。もはやピンピンも文句を言わなかった。



 両側に続く樹海風の木々が不意に途切れると、開けた視界には川が流れていた。水浴びした清水とは天と地ほどの差がある。


 河岸の湿地を含めてだが、ざっと五十メートル以上の幅がある。手前の街道沿いには、小さな宿屋が立ち並んでいた。あまりパンダ気は感じられない。


 「待ち時間は、さほどでもなさそうだ。降りてみるか」


 ピンピンが俺たちを促す。広い空には、雁の群れが飛ぶ。一羽だけ目立つカラスは、カアクローか。

 川幅が広い割に、両岸は切り立った崖が続いている。造られた道を降りていくと、山中の谷川へ向かう心地がした。


 「笹食べたいなあ」


 ゴンゴンが僅かな砂地に生えたススキを目にして呟く。シンシンを相手にした時の、知的な印象はすっかり影を潜めた。

 降り切ったところに、木舟が一艘繋いであった。紫白雌パンダが乗り込んでいる。


 「船頭か?」


 「いや。船頭はあっちにいる。おーい、客が来たよ」


 紫白パンダの呼び声に応えて、近くの掘立小屋から黄白パンダが出てきた。


 「一体につき一パーン。人間はダメだ」


 「大人しいよ。二パーン出すから乗せてよ」


 「他の客に迷惑がかかる」


 「あたしは構わないよ。降りてくるところ見てたけど、猿みたいに大人しかったもの」


 紫白パンダが口添えした。

 船頭は舌打ちしたが、他に客が来そうにないこともあって、俺たち全員を乗せる羽目になった。紫白パンダの思わぬ援軍が、大いに貢献なった形だ。


 こういうタイプの舟に乗るのは初めてだ。よく公園などでカップルが乗る舟よりは大型でも、誰か乗り降りする度に大きく揺れる。

 俺はゴンゴンにしがみつくようにして乗り込んだ。重心を低くしないと、舟から転落する。


 「出発します」


 意外と丁寧な言葉で船頭は(かい)を操り始めた。一応、舟の中にもオール様の物が二本置いてある。客が漕ぐのを手伝うこともあるのか。


 川を渡る風は冷たい。毛皮をもらえて本当によかった。ただし今は、天然毛皮のパンダたちが良い風除けとなっている。


 「こんな広い川、初めて見たなあ」


 「オカワ初めて?」


 相乗客の紫白パンダがゴンゴンに話しかけた。


 「うん、初めて」


 パンダの年齢は大まかにしか分からない。ゴンゴンの言葉遣いからすると、同年代なのだろう。ふたりはしばらく他愛のない会話を交わした。

 喋れない俺、仕事中の船頭はもとより、ピンピンはあからさまに話しかけにくい雰囲気を(かも)し出していた。


 出発点の小屋を目印にすると、結構な距離を流されている。誰も何も指摘しない。そういうものなのか。


 「ああ、もう着くね」


 紫白パンダの声を背中に聞きつつ、着岸地点を探すが、小屋は大分上流にある。舟が岸に近付いてからよく見ると、木杭が間を開けて何本か突き出ていた。


 揺れる舟から、ゴンゴンにしがみつくようにして降りる。そこから小屋まで、道らしきが整備されていた。

 俺たちの後から、船頭が舟に縄をつけ、曳いてくる。


 小屋のそばには、次の客が待っていた。そして船頭と似た色体格のパンダと黒白雌パンダが並んで俺たちを出迎える。


 「皆様、ご乗船ありがとうございました。良い旅を願っています」


 揉み手をしつつ呼びかける黄白パンダ。俺たちの後ろにいる船頭が到着する。


 「巡回お疲れ様でございます。交代します」


 先ほどと打って変わって腰の低い態度になっていた。似たパンダは、本当に交代要員だった。黒白は監督役らしい。今は青白のピンピンとは、お互い特に反応しない。


 「お前たちオスは、目を離すとすぐ勝手をするからな」


 黒白パンダの声をよそに、俺たち客組は崖に刻まれた道を登る。


 「あっ、迎えが来てる。じゃあね、お元気で」


 「あ、うん。元気で」


 紫白のパンダは茶白パンダを見つけると、挨拶もそこそこに、飛び立つように駆けて行った。傍目も気にせずじゃれ合うパンダたち。


 「彼氏もちか」


 気落ちした声で呟くゴンゴン。親密になりたいとは見えなかったので、意外だった。俺のパンダ表情読み取りスキルも、まだまだ上達の余地が大いにありそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ