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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
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ペット偽装疑惑

 「ところで、その人間は随分と大人しいわね。猿だってもう少し騒ぐわよ」


 シンシンが俺を見た。俺はいい機会だと思って椅子に座ってやった。ゴンゴンがあっと声を上げてワイヤを引っ張る。俺はゴンゴンの腹に顔を埋める形となった。


 「失礼しました。所詮(しょせん)は人間です」


 「いいのよ。綺麗にしているみたいだし、座っても。随分と可愛がっているのね」


 腹に抱きついたままの俺を見て言っているようだ。ゴンゴンが肩を叩く。


 「群れからはぐれて不安だったのかもしれません。ほら、座っていいって」


 両肩を掴んで引き剥がしにかかる。そのまま椅子に座らせた。わざとらしいが、俺もされるがままにした。


 「ああそうだ思い出した。以前人間の捕獲に使った猿の皮、まだ保管しているかしら?」


 「倉庫にある筈です」


 「持ってきて。人間より猿の方が、まだ目立たないでしょ。その人間、随分と毛が薄い。病気かしら」


 「さて。只今、お持ちします」


 いささかユンユンの声がげんなりしている。黒白パンダは再び扉を開け、外へ顔を出して元の位置へ戻った。代わりの歩哨(ほしょう)を呼んでいなければ、扉の外は無人、無パンダとなっている筈だ。逃げるなら絶好の機会。


 ゴンゴンをチラ見した。その気はなさそうだ。行政から逃げても、行くあてがないからな。

 ノックの音がした。扉が開くと、新たな黒白パンダが現れた。噂のピンピンかと思いきや、ユンユンと部屋の隅で話をして、そのまま出ていく。


 「大分、時間がかかりそうですね」


 嫌味っぽくゴンゴンが言う。シンシンは執務机に戻って竹簡を読み始めていた。


 「ピンピンが来れば、すぐに出られるわよ」


 いつ来るのかは知れない。俺の腹が鳴った。パンダたちの視線が俺に集まる。


 「人間は空腹で、食事が必要です。食堂へ行ってもいいですか?」


 「袋の中に、食べ物たくさんあったでしょ」


 「これは野宿用です。スルグ中枢の料理事情も知りたいですし」


 とにかくこの部屋を出たいのだ。俺も同じ。


 「では、ここで一緒に食べましょう。ユンユン、昼食をここへ運ぶ手配をして。人間と、あなたの分も」


 「承知しました」


 ユンユンの声は、完全に不機嫌だった。


 「人間の分は、火を通した肉か魚、あるいは干し魚でお願いします」


 容赦なく注文を被せるゴンゴン。ありがとう。心の内で感謝する。

 黒白雌パンダはそれには応えず、扉を開けて顔を出した。チッと舌打ちが聞こえた。


 「だからオスは使えないんだよ」


 罵声まで聞こえた。顔を戻したユンユンは、パンダなりに平静な顔つきを作っていた。


 「少し席を外します。すぐ戻ります。急ぎの向きは、外にいる者にお申し付けください」


 シンシンに一礼して、扉を最小限に開けた隙間から外へ姿を消した。覗き込むまでもなく、外には誰もいなかった筈。しかし残された俺たちは、黙って座っていた。県令はまたも書類仕事を再開した。


 聞きたいことは山ほどあるのに、喋れない。不便だ。

 ゴンゴンは、と見れば居眠りしている。こういうところは、まさにパンダだ。

 ノックの音がした。


 「お入り」


 シンシンの声に応じて扉が開く。茶色い嵩張(かさば)る物を抱えた、黒白パンダが入ってきた。俺を見て荷物を取り落としそうになる。俺は前を向いた。


 「お、(おとり)用猿の()をお持ちしました。どちらへ置きますか?」


 声からすると雄だ。シンシンは部屋を見渡した。机は県令の執務机と応接セットのローテーブルだけだ。


 「そこの隅に置いておいて」


 床に直置きされた。黒白パンダはすぐに退室した。猿の皮が気になる。俺はゴンゴンをつついた。起きない。


 「人間、着てみていいわよ」


 シンシンが言った。俺は表情を殺して県令を見た。仕事の手を止めてこちらを見ている。俺は、顔を戻してゴンゴンを再びつついた。


 「う〜ん。じゃがいもは飽きたんだってばぁ」


 いい夢を見ている。口から(にじ)む涎が光る。俺の腹が鳴った。殴って起こしたら牢屋入りか。

 俺は、ゴンゴンの白い腹に倒れ込んで目を閉じた。


 「げふっ」


 頭から生臭い息を浴びて、目を開ける。ゴンゴンの目も開いていた。腹の上から退かされるついでに起こされる。

 ふたりして県令の視線を浴びた。


 「本当に、(なつ)いているわね」


 「こんな外見です。群れで、虐められていたかも知れません。今の生活の方が、よほど幸せでしょう」


 ナイスフォロー、ゴンゴン。あくまでも、はぐれ人間の設定を貫く。


 「後ろに猿の皮を用意したわ。着せてみて」


 そこでゴンゴンと俺は席を立ち、部屋の隅へ移動した。縄目はついたままだ。


 ゴンゴンが持ち上げたそれは、何かの皮に羊毛を植え付けた着ぐるみだった。皮も羊毛も染めたのか元からなのか、黒っぽい茶色である。

 なかなか手が込んでいる。


 捕縄を付けたまま、肩にかけるように着せてもらう。顔と手足の先以外を全て覆う人型に縫い合わされている。合わせ目は紐で結ぶ仕様だ。

 防寒着にちょうどいい。ただし、パンダサイズだから、着て動き回るには大き過ぎる。


 「サイズを調整すれば、着られそうです。ありがたくいただきます」


 ゴンゴンが礼を言った。くれると言われる前に貰うつもりでいる。サイズを直したら返せないから、貰えないと困る。シンシンは何も言わなかった。多分、これは貰える。


 着ぐるみを脱いでいると、ノックと共にユンユンが戻ってきた。木製のワゴンと一緒だ。大きく開いた扉の向こうに、黒白パンダの横顔が見えた。歩哨が戻ったのだ。


 「後で、長い紐か袋をください。猿の皮を持ち運ぶのに必要です」


 「わかった。ユンユン、用意を頼む」


 「はい」


 もはや諦め声だった。



 机に食事を用意されたのはシンシンとユンユン、ゴンゴンで、俺の分は床に直置(じかお)きだ。一応皿に入っているだけよしとしよう。


 ゴンゴンの要求通り、魚が出た。ごくりと唾を飲み込むくらい嬉しい。干鰯(ほしいわし)が輝いて見える。パンダも船に乗って漁業するのだな。みかんもついている。ご馳走だ。


 「うわあ。お、美味しそうですね」


 ようよう捕縛を解かれ、喜びのあまり普段の調子が出かかったゴンゴンが、どうにか軌道修正する。パンダたちのメニューは、みかんとマリモみたいな緑色の団子が山盛りに、りんごと竹筒に入った何か。


 「ぐ」


 思わず声を漏らす。パンダたちの視線を痛いほど感じつつ、自分の席に戻る。

 竹筒の中身は、昆虫の幼虫だった。生きていた。

 パンダが虫を食べることにも驚いた。ゴンゴンは山でも笹ばかり食べていた。

 パンダは草食じゃなくて雑食だったのか。


 「蜂の子、人間に分けてあげてもいいわよ」


 シンシンが幼虫を手に載せて、俺に見せる。肉球の上で(うごめ)く白い幼虫。好意か嫌がらせか、口調からは知れない。

 この世界の人間なら喜んで食べそうだ。元いた世界でも蜂の子は食べられていたけれども、俺は食ったことないし、生では食さない筈。


 俺は目を逸らして干鰯を齧る。食べきれなかったら袋に仕舞おう。幼虫の方は、いらない。


 「肉や魚を生で食べると病気になります。虚弱なんですよ」


 ゴンゴンがマリモ団子を口に放り込む。笹の香りが漂った。笹団子か。


 「新鮮で栄養あるのに。カマキリの卵の方が良かったかしら」


 美味しいとは言わなかった。パンダだってタンパク質は必要だ。(もっと)も、パンダは肉の美味しさが感じられない体質に変化したと聞いている。

 だって、前の世界で食べている人達は、美味しいと言っていたものな。テレビで見た覚えがある。


 カマキリの卵も食べるのか。ゴンゴンは笹団子を終えると、みかんを皮ごと食べ出した。好きな物から食べるタイプだ。

 後は全員、黙々と食事に集中した。会食は本当に、対面して食べるだけだった。


 俺は干鰯を大分余らせて、袋へ差し入れた。噛むのに時間がかかって一度に食い切れない。ゴンゴンは、幼虫を一匹だけ飲み下し、後は食べ残した。


 「失礼します」


 食後、各自が(くつろ)いでいるところへ女性の声がして、また黒白パンダが入ってきた。声はずいぶん若い。大きな()袋を背負い、斜め掛けした紐の先にナイフを下げている。刃物を持ったパンダを、初めて見た。


 「ああピンピン。支度は整ったようね。食事は済ませた?」


 「いいえ」


 シンシンは食べ残して机にあったりんごを無造作に放った。片手でキャッチするピンピン。県令に一礼する。


 「ありがとうございます」


 「食べながら聞いて」


 ピンピンは早速齧り付いた。立ったままである。その間、シンシンが俺たちを紹介し、護衛を命じた。


 「かしこまりました」


 返事をした時にはりんごを食べ終えていた。早い。


 「それで、言い忘れたのだけれど、道中は民間人の体で同行して」


 「では、着替えて参ります」


 着替える?


 「あ、待って。とりあえずそのまま出発しましょう。今度水浴びする機会があった時に、着替えてもらえば結構です。もう時間を大分費やしているので」


 部屋を出ようとするピンピンを、ゴンゴンが止めた。要はついてきて欲しくないのだから、官憲でも民間でも一緒だ。


 「では、道中無事を祈ります」

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