フジ土産
念願の塩は、乾物屋にあった。干し果物や干しカエル、魚の開きの間に、岩塩の形で売っていた。
一番小さい、拳の半分ほどの大きさの物を買ってもらった。
すごく嬉しい。子供の頃、親からプレゼントを貰った時のような気持ちになる。
羊毛も店先にあるのを見かけたが、買わなかった。毛糸にして、編み込んでいく手間を考えると、旅の片手間にできる仕事ではない。
「山に入ったら、猪狩りでもして毛皮を手に入れようね」
街の外へ出て、周囲にパンダが見当たらないのを確認し、ゴンゴンが喋り出した。いないと言っても、少し離れた芋畑には、葉の間からカラフルなパンダの毛色が、ちらほら見える。
「まだ話すの早くないか?」
俺はなるべく声を落とす。
「何でえ? 誰もいないじゃ〜ん」
大声を出すから、遠い先を歩いているパンダが振り返った。俺を見るなり、足を早めた。普通の人間と思われたのだ。
今歩く道は主要な街道らしく、道幅も広ければ、人気ならぬパンダ気もそこそこある。
「あっ、あんなところにお店があるぅ」
木立の陰に、小さな一軒家があり、看板を掲げていた。旅支度をしたパンダの絵と、旅のお供、と文字がある。
高速道路のサービスエリアみたいなものか。あるいは、道の駅。
ゴンゴンに付いて中へ入る。乾物、皮袋、竹籠、どうやって作ったか、フジ山の置物。この世界にも、土産の概念があるらしい。
「これ、記念になりそう」
置物に食いつくゴンゴン。余計な荷物を増やさないで欲しい。
店主は店の奥で黙って座っている。暗がりにいるパンダは、黒白っぽく見える。
他の客が入ってきた。狭い店内がパンダで満杯になる。
「一緒に来てもらおう」
背後に気配を感じた時には、両腕を捉えられていた。横にいたゴンゴンも同様だ。店主が前へ出てきた。外から入る光に照らされて、黒白の模様がはっきり見えた。本当に黒白だった。
俺たちは数頭の黒白パンダに取り囲まれていた。
裏に隠してあった馬車に乗せられた。竹を編んで作った幌馬車だ。江戸時代の罪人を運ぶ、とうまる籠を連想する。網目が細かいのが救いだ。御者はいない。
「うわ、人間乗せるのぉ。きいてないわよぉ。後で割増料金請求するからね」
馬車を引く馬が喋った。御者の必要がない訳だ。ちなみに声からして、雄だ。
てっきり警察かと思ったら、どうも行き先が違う。到着して、やはり警察ではないと確信したのは、二階建てだったからだ。この世界に来て、初めて見る平屋以外の建物である。
「ほら、着いたわよぉ」
馬に促されて、パンダたちと降りる。黒白パンダたちは、道中ずっと無言だった。
降ろされたのは裏口らしい、パンダ気のない場所だった。俺もゴンゴンも、ここまで無駄な抵抗をせずにきた。
手荒ではないものの、黒白の威圧感に押されて中へ入る。
階段を上り、小部屋へ案内された。既視感がある。取調室みたいな。
「荷物をよこせ」
ゴンゴンと俺の袋、両方取り上げられた。俺の袋には、ワイヤが結び付けられている。
「うおっ。紐ついていないぞ、こいつ」
一瞬パニックになりかけた黒白パンダたちだったが、俺が動かずにいるのを見て落ち着きを取り戻し、ワイヤを首輪へ付け替えた。何故か、ゴンゴンにワイヤの端を持たせる。
そこへ、新たな黒白パンダが追加された。
「そこのふたりを壁際に立たせ、見張れ。荷物は私が調べる」
雌の声だ。雄パンダたちは言われた通り、俺たちを入り口から遠い壁際へ連れていく。雌パンダは、袋を開けて中を調べ始めた。
警察へ連行された時も荷物は見られたが、俺の方は笹と人参で偽装した上の方しか調べられなかった。
ところが、この雌パンダは、笹と人参を取り出した後、更に奥まで腕を突っ込み、中身をじっくり眺めていた。俺は暑くもないのに冷や汗が出てきた。
「そこのふたりを県令室へ連れて行け。荷物は自分で持たせろ」
笹と人参を丁寧に戻してから、雌パンダは命令した。
「え」
俺たちと黒白パンダがハモった。俺は慌てて口を噤む。雌パンダの視線が痛い。
「捕縄を外しますか」
雄パンダの片方が、我に返った。
「いや。そのままでいい」
捕縛されたまま重い荷物を持つのは、それだけで刑罰だ。犯罪者でもないのに。しかし文句を言える状況でもない。
俺とゴンゴンは、苦労しながら廊下を歩いた。
意外にも県令室とやらは同じ二階の、さほど遠くない場所にあった。県令といったら県知事みたいなものか。
するとこの建物は県庁舎に当たる。分厚い木の扉が開くと、奥で竹簡を読んでいたパンダが立ち上がった。水色と白のパンダだ。
「ああ、来たのね。ご苦労様、あなた方は外で待っていて」
と、連れてきたパンダに言う声は、女性のものだ。彼らは互いに顔を見合わせ、水色パンダに一礼すると、部屋を出て行った。
後に残った黒白雌パンダが扉をきっちり閉め、その前に立つ。
「スルグ県令のシンシンです。座って」
示された先には、来客用の応接セットがある。机は木製、椅子は藤蔓と竹で出来ている。パンダが作ったとしたら、なかなかに器用だ。縛られたまま腰掛けるゴンゴン。俺は隣で立ったまま待つ。座りたい。
「名前は?」
「ゴンゴンです」
待ち伏せまでして捕まえておいて、名前を知らない訳がない。ご挨拶である。
「隣の生き物は、人間?」
「はい、そうです」
「随分大人しいのね。どこから湧いたの?」
「はぐれ人間です」
軽く攻撃をかわしたゴンゴン。読み書きが苦手な代わりに、対話は得意なようだ。
「では、その荷物の中身を全部見せなさい」
ゴンゴンは自分の袋を開ける定番のボケをかました後、俺から袋を取り上げ、順番に中身を取り出した。
通学用布製鞄、スマホ、チラシ入りのポケットティッシュ、筆箱と筆記用具、タオル、ルーズリーフを綴じたバインダー、プラスチックの下敷き、そして教科書と辞書、財布と小銭と紙幣と数々のカード類。
それに、着ていた服と靴が一揃え。
「この一帯に住んでいた人間たちは、こういう物を持っていなかったわよ」
シンシンは笑みを含んだ声で言う。俺は努めてゴンゴンを見ないようにした。
採光のため、窓を大きく取った部屋だった。ガラスの代わりに、木製の格子を嵌め込んでいる。上側に、巨大な竹簡に似た巻物がついていた。ブラインド兼雨戸といったところか。
左右の壁には木製の棚があり、竹簡が山積みだった。県令が執務していた机の上に、土産屋で見たフジ山の置物を見つけ、笑いそうになった。
「それは、僕が掘り当てた貴重な品です」
ゴンゴンが返す。平静な声だ。
出発前に、一通り中身の説明をしたのが吉と出るか凶と出るか。
「埋もれていたにしては、恐ろしく綺麗ね。特にその『紙』と『布』」
シンシンの声から笑みが消える。あの格子に体当たりしたら、外れるだろうか。
「僕が綺麗にしたからですよ。これだけの美品は、大変貴重なのです。僕は既に、オサカのホァンホァン様と連絡を取り、直接ご覧になりたい由承って、運んでいるところです。今後は王宮の担当とも連携して詳しく調べたいとか」
そんな話は初めて聞いた。しかもホァンホァンって、聞いたような名。
シンシンがしかめ面になった。
「ホァンホァン様とな。しかも王宮にまで‥‥」
「証拠はあるのか?」
背後から、声が飛んできた。扉に陣取っていた黒白雌パンダだ。シンシンより年上の感じがする。
「あなた方に、納得していただけるような証拠はありません。ただ、僕らが掘り出し品と共に消えたとなると、王宮から、それなりの調査が入るでしょうね。もう仕舞いますよ」
ゴンゴンは全く動じない。県令の了解を待たず、袋の中身を戻し始める。肝が据わっている。俺とふたりきりの時とは別パンダだ。
「ふん、そんなものいくらでも」
「待て、ユンユン」
県令が黒白雌パンダを制した。
「湧いた人間に関する王宮の調べは、普通の財務調査とは訳が違う。下手を打つとスルグ県ごと取り潰しになる」
財務調査より厳しい調査というのも興味深い。ユンユンと呼ばれた黒白パンダは、口の中でくぐもった舌打ちのような音を立てた。
「ご理解いただけましたら、解放をお願いします。出立の予定を過ぎておりますので」
ゴンゴンが捕縄を示しながら訴える。対するシンシンの表情がぱっと明るくなった。
「ならば、我が方から護衛をつけてあげる。オサカまでの道のりは遠い。官の者がついておれば、無用な争いも避けられるわ」
それは困る。ずっと喋れないじゃないか。俺は無表情を必死で装う。
「ご心配ありがとうございます。しかしながら、お役人様のご都合に叶うような旅費を持ち合わせておりませんし、身軽に動くという利点が失われ、却って道中危ういかと」
よく回るゴンゴンの舌。とても読み書きが苦手なパンダとは見えない。
「心配ないわ。護衛の旅費はこちらで持つし、お前たちの旅程に合わせるよう命じておく。ひとり増えたところで、旅の速さに差し障りはないでしょう」
ゴンゴンの抵抗は速攻で潰された。反撃を封じられて、口をもごもごさせるゴンゴン。もはやこれまでか。
だが、処刑や拘束を免れた功績は認めよう。初めて世間へ出た元ニートにしては、十分すぎる活躍だ。
「ユンユン、ピンピンを呼んで。支度も済ませて」
「彼女をこの者の護衛に?」
明らかに不満声だ。
「そう。今日中に出立できるわよね」
「承知しました」
ユンユンは扉を開け、外へ顔を出してまた元の位置へ戻った。県令と俺たちだけを部屋に残すのが、不安なのだ。