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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
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フジ土産

 念願の塩は、乾物屋にあった。干し果物や干しカエル、魚の開きの間に、岩塩の形で売っていた。

 一番小さい、拳の半分ほどの大きさの物を買ってもらった。

 すごく嬉しい。子供の頃、親からプレゼントを貰った時のような気持ちになる。


 羊毛も店先にあるのを見かけたが、買わなかった。毛糸にして、編み込んでいく手間を考えると、旅の片手間にできる仕事ではない。


 「山に入ったら、猪狩りでもして毛皮を手に入れようね」


 街の外へ出て、周囲にパンダが見当たらないのを確認し、ゴンゴンが喋り出した。いないと言っても、少し離れた芋畑には、葉の間からカラフルなパンダの毛色が、ちらほら見える。


 「まだ話すの早くないか?」


 俺はなるべく声を落とす。


 「何でえ? 誰もいないじゃ〜ん」


 大声を出すから、遠い先を歩いているパンダが振り返った。俺を見るなり、足を早めた。()()の人間と思われたのだ。

 今歩く道は主要な街道らしく、道幅も広ければ、人気ならぬパンダ気もそこそこある。


 「あっ、あんなところにお店があるぅ」


 木立の陰に、小さな一軒家があり、看板を掲げていた。旅支度をしたパンダの絵と、旅のお供、と文字がある。

 高速道路のサービスエリアみたいなものか。あるいは、道の駅。


 ゴンゴンに付いて中へ入る。乾物、()袋、竹籠、どうやって作ったか、フジ山の置物。この世界にも、土産(みやげ)の概念があるらしい。


 「これ、記念になりそう」


 置物に食いつくゴンゴン。余計な荷物を増やさないで欲しい。

 店主は店の奥で黙って座っている。暗がりにいるパンダは、黒白っぽく見える。

 他の客が入ってきた。狭い店内がパンダで満杯になる。


 「一緒に来てもらおう」


 背後に気配を感じた時には、両腕を捉えられていた。横にいたゴンゴンも同様だ。店主が前へ出てきた。外から入る光に照らされて、黒白の模様がはっきり見えた。本当に黒白だった。

 俺たちは数頭の黒白パンダに取り囲まれていた。


 裏に隠してあった馬車に乗せられた。竹を編んで作った(ほろ)馬車だ。江戸時代の罪人を運ぶ、とうまる籠を連想する。網目が細かいのが救いだ。御者はいない。


 「うわ、人間乗せるのぉ。きいてないわよぉ。後で割増料金請求するからね」


 馬車を引く馬が喋った。御者の必要がない訳だ。ちなみに声からして、雄だ。


 てっきり警察かと思ったら、どうも行き先が違う。到着して、やはり警察ではないと確信したのは、二階建てだったからだ。この世界に来て、初めて見る平屋以外の建物である。


 「ほら、着いたわよぉ」


 馬に(うなが)されて、パンダたちと降りる。黒白パンダたちは、道中ずっと無言だった。

 降ろされたのは裏口らしい、パンダ気のない場所だった。俺もゴンゴンも、ここまで無駄な抵抗をせずにきた。


 手荒ではないものの、黒白の威圧感に押されて中へ入る。

 階段を上り、小部屋へ案内された。既視感がある。取調室みたいな。


 「荷物をよこせ」


 ゴンゴンと俺の袋、両方取り上げられた。俺の袋には、ワイヤが結び付けられている。


 「うおっ。紐ついていないぞ、こいつ」


 一瞬パニックになりかけた黒白パンダたちだったが、俺が動かずにいるのを見て落ち着きを取り戻し、ワイヤを首輪へ付け替えた。何故か、ゴンゴンにワイヤの端を持たせる。

 そこへ、新たな黒白パンダが追加された。


 「そこのふたりを壁際に立たせ、見張れ。荷物は私が調べる」


 雌の声だ。雄パンダたちは言われた通り、俺たちを入り口から遠い壁際へ連れていく。雌パンダは、袋を開けて中を調べ始めた。


 警察へ連行された時も荷物は見られたが、俺の方は笹と人参で偽装した上の方しか調べられなかった。

 ところが、この雌パンダは、笹と人参を取り出した後、更に奥まで腕を突っ込み、中身をじっくり眺めていた。俺は暑くもないのに冷や汗が出てきた。


 「そこのふたりを県令室へ連れて行け。荷物は自分で持たせろ」


 笹と人参を丁寧に戻してから、雌パンダは命令した。


 「え」


 俺たちと黒白パンダがハモった。俺は慌てて口を(つぐ)む。雌パンダの視線が痛い。


 「捕縄(ほじょう)を外しますか」


 雄パンダの片方が、我に返った。


 「いや。そのままでいい」


 捕縛されたまま重い荷物を持つのは、それだけで刑罰だ。犯罪者でもないのに。しかし文句を言える状況でもない。

 俺とゴンゴンは、苦労しながら廊下を歩いた。


 意外にも県令室とやらは同じ二階の、さほど遠くない場所にあった。県令といったら県知事みたいなものか。

 するとこの建物は県庁舎に当たる。分厚い木の扉が開くと、奥で竹簡を読んでいたパンダが立ち上がった。水色と白のパンダだ。


 「ああ、来たのね。ご苦労様、あなた方は外で待っていて」


 と、連れてきたパンダに言う声は、女性のものだ。彼らは互いに顔を見合わせ、水色パンダに一礼すると、部屋を出て行った。

 後に残った黒白雌パンダが扉をきっちり閉め、その前に立つ。


 「スルグ県令のシンシンです。座って」


 示された先には、来客用の応接セットがある。机は木製、椅子は藤蔓(ふじづる)と竹で出来ている。パンダが作ったとしたら、なかなかに器用だ。縛られたまま腰掛けるゴンゴン。俺は隣で立ったまま待つ。座りたい。


 「名前は?」


 「ゴンゴンです」


 待ち伏せまでして捕まえておいて、名前を知らない訳がない。ご挨拶である。


 「隣の生き物は、人間?」


 「はい、そうです」


 「随分大人しいのね。どこから湧いたの?」


 「はぐれ人間です」


 軽く攻撃をかわしたゴンゴン。読み書きが苦手な代わりに、対話は得意なようだ。


 「では、その荷物の中身を全部見せなさい」


 ゴンゴンは自分の袋を開ける定番のボケをかました後、俺から袋を取り上げ、順番に中身を取り出した。

 通学用布製鞄、スマホ、チラシ入りのポケットティッシュ、筆箱と筆記用具、タオル、ルーズリーフを綴じたバインダー、プラスチックの下敷き、そして教科書と辞書、財布と小銭と紙幣と数々のカード類。

 それに、着ていた服と靴が一揃え。


 「この一帯に住んでいた人間たちは、こういう物を持っていなかったわよ」


 シンシンは笑みを含んだ声で言う。俺は努めてゴンゴンを見ないようにした。


 採光のため、窓を大きく取った部屋だった。ガラスの代わりに、木製の格子を嵌め込んでいる。上側に、巨大な竹簡に似た巻物がついていた。ブラインド兼雨戸といったところか。


 左右の壁には木製の棚があり、竹簡が山積みだった。県令が執務していた机の上に、土産屋で見たフジ山の置物を見つけ、笑いそうになった。


 「それは、僕が掘り当てた貴重な品です」


 ゴンゴンが返す。平静な声だ。

 出発前に、一通り中身の説明をしたのが吉と出るか凶と出るか。


 「埋もれていたにしては、恐ろしく綺麗ね。特にその『紙』と『布』」


 シンシンの声から笑みが消える。あの格子に体当たりしたら、外れるだろうか。


 「僕が綺麗にしたからですよ。これだけの美品は、大変貴重なのです。僕は既に、オサカのホァンホァン様と連絡を取り、直接ご覧になりたい由承(よしうけたまわ)って、運んでいるところです。今後は王宮の担当とも連携して詳しく調べたいとか」


 そんな話は初めて聞いた。しかもホァンホァンって、聞いたような名。

 シンシンがしかめ面になった。


 「ホァンホァン様とな。しかも王宮にまで‥‥」


 「証拠はあるのか?」


 背後から、声が飛んできた。扉に陣取っていた黒白雌パンダだ。シンシンより年上の感じがする。


 「あなた方に、納得していただけるような証拠はありません。ただ、僕らが掘り出し品と共に消えたとなると、王宮から、それなりの調査が入るでしょうね。もう仕舞いますよ」


 ゴンゴンは全く動じない。県令の了解を待たず、袋の中身を戻し始める。肝が据わっている。俺とふたりきりの時とは別パンダだ。


 「ふん、そんなものいくらでも」


 「待て、ユンユン」


 県令が黒白雌パンダを制した。


 「湧いた人間に関する王宮の調べは、普通の財務調査とは訳が違う。下手を打つとスルグ県ごと取り潰しになる」


 財務調査より厳しい調査というのも興味深い。ユンユンと呼ばれた黒白パンダは、口の中でくぐもった舌打ちのような音を立てた。


 「ご理解いただけましたら、解放をお願いします。出立の予定を過ぎておりますので」


 ゴンゴンが捕縄を示しながら訴える。対するシンシンの表情がぱっと明るくなった。


 「ならば、我が方から護衛をつけてあげる。オサカまでの道のりは遠い。官の者がついておれば、無用な争いも避けられるわ」


 それは困る。ずっと喋れないじゃないか。俺は無表情を必死で装う。


 「ご心配ありがとうございます。しかしながら、お役人様のご都合に叶うような旅費を持ち合わせておりませんし、身軽に動くという利点が失われ、却って道中危ういかと」


 よく回るゴンゴンの舌。とても読み書きが苦手なパンダとは見えない。


 「心配ないわ。護衛の旅費はこちらで持つし、お前たちの旅程に合わせるよう命じておく。ひとり増えたところで、旅の速さに差し障りはないでしょう」


 ゴンゴンの抵抗は速攻で潰された。反撃を封じられて、口をもごもごさせるゴンゴン。もはやこれまでか。

 だが、処刑や拘束を免れた功績は認めよう。初めて世間へ出た元ニートにしては、十分すぎる活躍だ。


 「ユンユン、ピンピンを呼んで。支度も済ませて」


 「彼女をこの者の護衛に?」


 明らかに不満声だ。


 「そう。今日中に出立できるわよね」


 「承知しました」


 ユンユンは扉を開け、外へ顔を出してまた元の位置へ戻った。県令と俺たちだけを部屋に残すのが、不安なのだ。

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