黒白ポリス
警察の建物も他と同様、石造だった。黒白パンダと手錠の絵に警察の文字が入った看板も、商店と同じだ。
ここまで平屋ばかりである。
「出身地、名前、年齢性別、職業、親兄弟の名前と色」
俺とゴンゴンは取調室にいた。黄白パンダたちとは別室だ。
目の前に座るパンダは黒白で、これも声から推して雌。警察内部は黒白パンダだらけで、日本のパトカーを連想させる。
「そっちの猿? 人間? 性別と名前があればそれも。あと、入手経路」
お役所仕事は、世界が変わっても同じらしい。とにかく書類を埋めるのが先。
なかなか本題に入らない。ゴンゴンは素直に応じていた。ただし、俺が『湧いた』のではなく、はぐれ人間と説明した。
「で? 何であの店に入った? それ以前に、ハコ村の奴がスルグに何の用?」
「旅の途中で、食事するのに、ペット同伴で入れるお店と聞いて行きました」
店でもそうだったが、ゴンゴンは外向けにはまともな話し方をする。俺の不安は少しだけ薄れる。
「行き先と期間、目的」
「オサカです。定住目的で」
「はあ〜? 二十五歳にもなったオスに、仕事の当てはあるのか?」
こっちの世界でも、二十五でぷらぷらしていると蔑まれるようだ。
種付けは仕事に入らない。供述書に無職(種付可)と書かれていた。お役人は、竹簡へ器用に筆で記していく。猪毛の筆か。墨もあることだし、黒白パンダの色は染めているかもしれない。
「いくつかあります」
堂々と答えるゴンゴン。俺にしたのと同じレベルの説明をしたら、不審過ぎて牢屋へぶち込まれる心配がある。幸い、それ以上突っ込まれなかった。
「じゃあ、店入ってからの出来事を、順番に説明して」
「はい。最初に緑の店員さんが」
とゴンゴンは、警察が来るまでの一連の出来事を説明した。
途中で外から別の刑事、と呼んでいいだろう、が来て、部屋の隅でごにょごにょ話し、去っていった。
「わかった。じゃあ、ここに署名して。そしたら帰ってよし」
ゴンゴンの話を聞き終えた黒白パンダが言った。今まで書いていた竹簡を、こちらへ向ける。読み上げる習慣はないようだ。
「署名? 肉球でもいいですか」
「お前字も書けないのか?」
俺が密かに抱いていた疑問を、直球でぶつける刑事。
目に見えて動揺するゴンゴン。
「いえ、大丈夫です。書きます」
そして書いた名前は、ゴリゴリと読めた。凄い癖字だ。
宿屋は狭いが、清潔で安心感のある建物だった。何せ警察ご推薦である。
ただ動物向けだけに、ベッドが藁床なのは仕方がない。
「食事にしよう。お昼食べ損ねちゃったもんね」
その通りだった。調書を取られている間に、はや夕刻だった。落ち着くと急に空腹を感じる。
俺たちは、救出したりんごと甘夏を分け合って食べた。ゴンゴンは甘夏の皮も食べた。
「もしかして、読み書き苦手か?」
二人きりの室内だが、音漏れを考えて小声で尋ねる。
「あは、ばれた。難しい字を覚えるのが、面倒臭くて」
ゴンゴンも小声で答えた。一応署名もできたし、そんなところか。そう言えば、店のメニューは全部漢字表記だった。
「煮物食いてえ」
「煮物?」
「お湯で柔らかくした野菜だ」
本当は、出汁とか醤油とかも欲しい。
「食材は新鮮が一番だよ」
草食動物には理解できまい。
「せめて魚の干物が食いたい。どこかに売っているよね。買えないかな」
「高いと思う」
食事処で犬猫を見かけた時から期待したものの、彼らも生食派だった。
「じゃ、塩。塩欲しい」
「塩。たまに舐めたくなるよね」
そうなのか。
「岩塩がひと欠片あれば、長持ちすると思う。腐らないから」
「ふうん。塩も高いんじゃないかなあ。道々探してみよう」
あまり期待できない。
「網か銛か釣竿が欲しい。槍でもいいや」
「銛とか釣竿ってどんなの?」
説明する。網は農作業で泥棒除けに使うらしい。俺が考えている柄付きの虫取り網とは異なる、風呂敷状の大型のものだ。
「網で泥棒除けになるのか」
「猪とかうさぎとか鳥なら絡まるでしょ。猪は害獣だけど」
「なるほど。ん? もしかして、うさぎと鳥も喋るのか?」
「話せるよ。でも鳥とはあんまり会わない。大体、空を飛んでいるからねえ」
俺は、鶏唐揚げが食えない地獄に落ちた。直後、記憶がフラッシュバックする。
「でも、鶏に首輪をつけて歩いているパンダが、いたぞ」
スルグの街で、鶏を肩に乗せて歩くところを見た。首輪とリードがついていた。
「鶏はペットだもの。卵を食べられるよ」
俺はたちまち地上へ蘇った。鶏肉は無理でも卵焼きはいける。希望が見えた。
それにしても、豚はペットで猪は獣、鳥は人扱いで鶏はペット、と境界線が俺にはわかりにくい。蛇とサワガニは殺しても食べても問題なくて良かった。
「ところで、槍なら手に入ると思うよ。あんまり長くない奴でいいよね?」
話が元へ戻った。俺は頷いた。
「うん。長くてもこのくらいかな。背中につけて運べるのがいい」
と両手で示す。度量衡が不明だから、ジェスチャーになる。
「ナイフも買う?」
「欲しい」
「じゃあ明日は武器屋だねえ。僕も棍棒ぐらい持っていた方がいいかなあ」
黒白パンダ警察は、全員棒を持っていた。店で因縁つけてきた奴らは、丸腰だった。
人間の俺が槍やナイフを持ったら、警察に逆戻りしないか。
「首輪をつけていれば、大丈夫だよ」
「そうか? あと、猿に変装できる毛皮が欲しい」
着ぐるみである。猿も見かけなかったが、人間よりはレアだとしても、嫌われてもいなさそうだった。
体格的に、パンダや犬猫の変装は無理だ。それに、防寒具も兼ねている。今の服は、両腕と脚がほぼ剥き出しだった。
「猿の毛皮は、う〜ん、売ってないだろうねえ。羊の毛で、それっぽく作るしかないかな」
気が遠くなる話だ。羊毛が使えるだけマシか。
「羊毛なら、運が良ければタダで貰えるし」
ゴンゴンは付け加えた。この世界の羊も換毛しないらしい。
翌朝、宿の女将から槍の店を教わり、出立した。
今日も道はパンダだらけである。当たり前か。
武器屋はまた街の外れにあった。パンダは素手で十分な攻撃力がある。元々武器を必要としないのだ。警察が棒を持つのは、権威付も兼ねていそうだ。
「いらっしゃい」
声からして無愛想なパンダは桃白だった。ゴンゴンの妹と色は同じでも、だいぶ年上の雰囲気。そして雌。やっぱり声からしか判別できない。
「槍とナイフを買いに来ました」
外では礼儀正しいゴンゴン。店主は一方に顎をしゃくった。槍がまとめて竹製の枠に突っ込んであった。その隣には様々な形状の棍棒。棒の方が圧倒的に多い。
「うわあ、色々な種類があるなあ。どれにしよう」
独り言を呟きつつ、さりげなく俺に槍を示す。柄に値段を書きつけてある。そのうち消えるとはいえ、使う時相手に見えたら気恥ずかしい。
それよりも問題は、槍の穂先が石製だった。木製の穂先さえある。金属製もあるが、格段に高価だ。
俺は頭の中で、昨日見たゴンゴンの持ち金を再現した。ナイフか槍の一択。
強度や修理を考えれば、金属製は譲れない。どう伝えるか。俺は首を振ってみた。
「ううむ。わからないなあ」
通じているような通じていないような反応。しかし値段に気圧された感はある。数字の多寡は理解できる訳だ。
計算が苦手なのか?
「そうだ。ナイフを見せてもらえますか?」
俺の気持ちを理解した、というよりは、逃げた。だが正解だ。槍かナイフなら、ナイフを選ぶ。槍より安いといいのだが。
桃白店主は一瞬俺たちを睨み、カウンターの後ろにある引き出しから手際よく数本取り出し、台の上に並べた。
木製、石製、金属製。木製刃物にそれほど需要があるのか。
「へええ。かっこいい」
ゴンゴンが吸い寄せられたのは木製。厨二病の地が出かかっている。
なるほど。こちらには柄に彫りがあるせいか、値札が別についている。金属製で四十パーン。
宿代が八パーンだったことを考えると、激高である。昨夜貨幣について教わり、払える分の金があることは知っている。もう少し安い金属製ナイフがあればいいのだが。
ゴンゴンの腕を下から掴み、二人羽織の要領で金属製に触れさせる。
「うへっ。もっと安いのありませんか」
値段を見たゴンゴンが反射的に言う。当たり。桃白店主は一旦全部しまってから、金属製のナイフだけ三本改めて並べる。
大きさがまちまちである。うち一本は、どう見ても包丁だった。握る部分まで金属でできた、あれだ。
よく男の包丁とかの括りで販売されたタイプ。値段も二十七パーンとお値打ち価格。
他のナイフは小さかったり、錆がひどかったりして、手に取って確認できない状況で買うには冒険が過ぎる。
ただ、包丁だから、武器としては使い勝手がいまいちだ。
「じゃ、これください」
俺が悩んで見つめるのを勘違いしたゴンゴンが、買ってしまった。あれよという間に桃白店主が革製のカバーをサービスしてくれる。どこかになめした革もあるのだ。これもまた希望の光だ。
ゴンゴンは、とっておきの金貨を差し出す。ここで金を崩せなかったら、道中困るのだ。
金貨を出されて渋い顔をしつつも、店主はきちんとお釣りをくれた。これで両替もできた。
「良い旅を」
最後に店主が口を開いた。店を出ると、ゴンゴンが俺に包丁を渡した。
「しまっといてね」
そのうちベルトを手に入れようと思いつつ、包丁を袋へしまった。どのみち包丁では、腰に下げても様にならない。パンダには区別つかなくとも。
俺にも厨二的感性が残っていた。