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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
5/50

カフェ乱闘

 「ええ、オスです」


 ワイヤを壁から外しながら答えるゴンゴン。人間の女に衝撃を受けている。彼も()()を見たのは、これが初めての筈だ。


 「あ、ちょうど良かった。うち、メスなんですよ。人間ってレアでしょう。子供産ませたいと思っていて。種付けしませんか。ここで、ちょちょっとすれば、済みますから」


 嫌だ。いくら何でも昼日中(ひるひなか)から衆パンダ環視の往来で童貞喪失なんて、悲惨過ぎる。そうだよ、俺は童貞だ。

 ううっ。元の世界に戻れなかったら、もう一生そのまんまじゃないか。


 「だめです。期待に応えられなくてごめんなさい。失礼します」


 ゴンゴンは言い捨てて、さっさと店先を離れた。俺の悲壮感に気付いたのだったら、ちょっと嬉しい。


 後ろから、ええ〜っそんなあ、と声が追ってきたが、パンダも女も本当には来なかった。

 助かった。礼を言いたくとも、今は喋れない。


 「びっくりしたなあ。()()の人間って、あんな感じなんだ。毛、伸ばした方がいいなあ」


 大分離れてから、独り言っぽく呟くゴンゴン。やっぱり俺と同じく、()()の人間は初見だったのだ。

 返事はできないが、俺も同感だった。多少の時間はかかるものの、髭剃(ひげそ)りもないし床屋へ行くこともなければ、そのうち顔面だけは毛だらけになる。


 しばらく歩くと、パンダに慣れたか、他の動物も目につくようになった。

 首輪と紐付きなのは、ペットの印と見ていい。豚、羊、鶏、ニホンザルっぽい猿が、この世界の標準らしい。


 「あそこかな」


 皿に盛った料理の絵と共に、食事処と書いてある。そこは通りの外れで、建物から塀が続いていた。


 「いらっしゃいませ。あ」


 緑白パンダが俺を見て固まる。

 店内は、窓を大きくとった石造りで、おしゃれなカフェ風に見えた。パンダの巨体に合わせ、ゆったりとした間取りに、色とりどりのパンダが人間よろしく椅子に腰掛け、テーブル上から果物や野菜を食べている。シュールだ。


 「何ぼーっとしてるのよ。あ、いらっしゃいませ。ペット連れ一名様ですね。外のテラス席でよろしければ、ご案内いたします」


 奥からゴンゴンと同じ赤白パンダが素早く出てきた。雌だ。ゴンゴンより一回り小さい以外、外見は同じだ。

 パンダ同士なら見分けても、俺は声で判断するしかない。


 「はい。テラス席をお願いします」


 ゴンゴンはワイヤを短めに持ち直し頷いた。雌パンダは案内に立った。


 「ではこちらへどうぞ‥‥ペットにビビってんじゃないわよ。だからオスは使えないのよ」


 俺たちにではなく、緑白パンダに言い捨てたのは、わかった。横目で見ると、悔しそうな顔つきに見えなくもない。

 テラス席は、低いテーブルが多い。そして、犬や猫が、それぞれに食卓を囲んでいた。


 「あれはいい商売だったわあ」


 「お陰様で、儲けさせてもらいました」


 「新しい飯屋が気になって」


 「そういえば、あそこの界隈に」


 犬も猫も、パンダと同じ言語で普通に会話している。彼らの前には、魚や肉らしき料理があった。

 ところで、何肉なのだろう?


 首輪とリードは、ペットの印だ。豚と山羊、それに牛がそれぞれパンダに連れられ、一緒に食事している。鎖で繋ぐのは人間だけらしい。


 「え〜と。何にしようかな」


 店員が置いていった竹簡を眺めながら、ゴンゴンが呟く。文字を読めるのか、と一安心。

 林檎、梨、甘夏、胡瓜、西瓜、白菜、鯵、鯖、鯛、蛇、蛙、蜥蜴(とかげ)‥‥なるほど。


 ゴンゴンは金の入った小袋とメニューをしきりに見比べる。俺は周囲を見回した。席と席の間は離れており、最初こそ視線を浴びたものの、今は各々食事や会話に没頭しているようだ。


 「金足りない?」


 耳元に口を寄せ、唇を動かさないようにして(ささや)く。赤い耳がびくりと動いた。

 ゴンゴンはメニューを衝立(ついたて)にして、内側に袋から出した金を並べた。金銀銅色の貨幣だ。

 並べられたって、俺はここの貨幣制度を知らないのだ。まさか通貨単位、円じゃないよな。


 「ご飯も大事だけど、泊まる宿も考えないとなあ。ペット一緒に泊まれるところ、後で店員さんに聞いてみようっと」


 独り言を続けるゴンゴン。金貨には百パーン、銀貨に十パーン、銅貨に一パーンと刻まれている。

 メニューの値段を見る。野菜や果物は一律一パーンだった。


 他の客のテーブルを見るに、一個単位でなく、一品注文すれば一食分に足りるのだろう。一食五百円から千円ぐらいとして、何を売ったか知らんが結構金持っているな、このパンダ。


 俺は銅貨二枚をより分け、メニューのりんごと甘夏を指した。カエルや爬虫類の肉はともかく、魚を食べたくてたまらない。だが生で供されても困る。ここは我慢だ。


 「これ頼めばいい?」


 急に小声になるゴンゴン。まさか、字を読めないとか。むくむくと湧き上がる疑惑。


 「お前りんご、俺甘夏みかん。一番安い。金しまえ」


 手短に囁くと、ゴンゴンは安心したように銅貨二枚を残し金をしまった。貨幣を使った計算が苦手、ということもあり得る。


 彼は店員を呼んだ。今度は緑白パンダが来て、俺にびくつきながらも一応きちんとオーダーを取って行った。

 注文した品は、すぐに出てきた。調理する手間がないから当然だ。


 それぞれ皿に山盛り。俺は甘夏の皮を剥いて、ゴンゴンに渡し、中身を食べた。

 柑橘類の新鮮な香りが、気分を上げる。記憶と違わぬ甘酸っぱさに頬が緩む。声が出そうなのを堪える。


 すると、ゴンゴンがりんごを一つ差し出し、皮を剥いた甘夏をじっと見た。俺は中身一つとりんごを交換した。俺だって、りんごも食べたかったのだ。


 「よう、見かけねえ顔だな。店長の愛人か?」


 りんごから顔を上げると、黄白パンダがテーブルの前に陣取っていた。両サイドに黄緑白パンダと薄茶白パンダが控えている。


 「え? 違いますよ」


 「みっともねえ()なんか連れこみやがって、迷惑なんだよ」


 ゴンゴンが否定する間もなく、畳み掛けてくる。両サイドのパンダが揃って頷く。

 俺はりんごと甘夏が被害に遭わないよう、囲い込みたくなった。だが、すぐに隠せる場所がない。


 「猿じゃなくて、人間です」


 律儀(りちぎ)に訂正するゴンゴン。黄白パンダの毛が逆立った。ああ、果物の危機。


 「にんげん〜?」


 わざとらしく大声を上げた。さっきからチラ見していた犬猫たちが、ガン見に切り替える。

 俺は耐えた。今、ちょっとでも動いたら、敵パンダに口実を与える。


 「ほれ、拾えよ」


 言うと同時に、甘夏の皮を払い落とされた。食えってことだよな。やっぱり、パンダは皮を食うんだ。俺は食えないから除けたのに。


 俺にとってはゴミでも、散らかしたままは気になる。黄白パンダの足元に落ちた皮を、拾いに身をかがめた。

 黄色い脚が蹴りに来た。予想通りだった。


 避けた。皮はしっかり拾う。パンダは勢い余って尻餅をついた。


 「親分!」


 江戸時代か、ここは。両サイドパンダは綺麗にハモった。揃って親分パンダを助け起こす。ここも息ぴったり。


 「てめえ、やりやがったな」


 「避けただけですよ。あなたが蹴ろうとして、勝手に転んだんです」


 反論したのは、ゴンゴンである。さりげなく、りんごを袋へ押し込んでいる。

 おうおう、気が利くじゃねえか。俺の内心も時代劇調になる。


 「ふざけんなっ」


 案の定、(あお)られた黄白パンダは、石製のテーブルに手をかけた。

 想定外に重かったのか、一瞬の溜めがあった後、ちゃぶ台返し的にひっくり返した。空の皿が草地に落ちる。食べ物は避難済み。


 「きゃあ」

 「にゃあ〜」

 「わんわん」

 「もぉ〜」

 「めぇ〜」


 あちこちから同時に悲鳴が上がる。赤白の雌パンダが走ってきた。


 「どうされましたか。あっ、テーブルが」


 「この人間が悪いんだ」


 「違います。テーブルを倒したのは、彼です」


 真っ向から食い違う言い分。雌パンダは、黄白パンダとゴンゴンと俺を順番に見た。俺はなるべく無害そうな顔と態度を取るように努めた。


 「警察を呼びます。そこから動かないで」


 八丁堀の旦那とか、警邏(けいら)とか、自警団とかではなくて、少し安心した。

 やってきたのは、黒白パンダの集団だった。カラフルパンダに慣れた目には、懐かしさより威圧感が勝る。


 「署まで来てもらおう」


 声の感じから、雌と知れた。

 暴れた黄白パンダ一味だけでなく、俺とゴンゴンも連行されることになった。


 「あの〜食事代払いたいです」


 ゴンゴンの発言に驚く警察の一団。まさか、俺たちも黄白の仲間と思われているとか。


 「えっ? おい、店主! こいつ会計するって」


 「は、はい! ええと、二パーンです」


 店主と呼ばれたのは赤白の雌パンダだった。ゴンゴンが、先ほど俺が選り分けた銅貨を渡す。見守る警察。


 「じゃあ、こいつら無銭飲食するために暴れたんじゃないのか?」


 「違うみたいですね」


 おそらく通報者であろう店主の他人事風な返答に、動きが止まる一同。


 「おい、お前ら。残って店主と客に話聞いとけ」


 「はいっ」


 それでも結局、俺たちは警察へ行くことになった。

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