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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第一章 一致百慮の巻
3/50

肝っ玉パンダ

 耳元でかちりと不吉な音がして、目が覚めた。

 白い毛皮に顔を埋めて眠っていた。

 脂でごわつくものの、なかなかの寝心地‥‥って飛び起きた。途端に首が何かに引っ張られる。首が折れるかと思った。殺す気か。


 「お母さんさすが!」


 桃白パンダのはしゃいだ声。だが目の前にいるのは、(だいだい)白パンダだった。

 手に、しっかりとワイヤを握っている。その先は、俺の首へと続く。首輪だ。


 「ゴンゴンたら、まだ起きないのね」


 年配の落ち着いた声。その通り、ゴンゴンは周囲の騒ぎに気付かず爆睡中だ。

 俺はその赤白パンダの腹を寝床に寝入っていた。俺だって、首輪付けられるまで寝ていた。パンダを笑えない。


 「お」


 喋りかけて止める。普通の人間は喋らないのだった。後でどの程度なら怪しまれないのか確認しないと。

 橙白パンダの後ろから、桃色がはみ出している。母娘して見物に来たか。


 俺は両手を上げ、敵意がないことを示しながら、ゴンゴンの腹から離れた。ワイヤを引っ張られなかったところを見ると、俺のジェスチャーは通じたようだ。


 「おら、起きな。朝だよ」


 いきなり蹴りを入れる橙白パンダ。足が入った先は、もちろんゴンゴンだ。


 「ぶぐぉっ」


 奇妙な音を立て転がるゴンゴン。勢いで起き上がる。一瞬でも心配して損した。


 「母さん? ななな何でここへ?」


 動揺している。視線を彷徨(さまよ)わせた先にいるのは、ワイヤを握られた俺だ。


 「パンパン、てめっ、密告しやがったな」


 「きゃーお母さんっ。内緒にしろって言ってないじゃん」


 ぼこっ。蹴りを入れられたのはゴンゴン。勢い余って俺にぶつかりそうになる。慌てて避ける。洞窟内で、首輪付き。逃げる余地はほとんどない。


 「これ、お前が飼うのか?」


 真剣な声に、居住まいを正すゴンゴン。


 「うん、飼いたい。僕が面倒みる」


 犬猫を拾って約束した後、本当に自分で世話する子は、どのくらいいるのだろう? 死ぬまで放置したら、親が罪に問われる。


 「なら、ここを出ていけ」


 「えっ?!」


 と言ったのは、パンパンと呼ばれた桃白パンダ。無言のゴンゴンの表情は、読み取れない。


 橙白パンダは、ワイヤを持つ反対側の手で担いでいた袋を、どさっと投げ出した。(いのしし)やその他の皮で作られている。片方には、既に何か入っていた。


 「餞別(せんべつ)に、干し野菜や果物を入れておいた。残りの食糧、パンパンと一緒に畑へ行って詰めてきな。こいつはあたしが見張っておく。他の連中に聞かれたら、あたしに命令されたって答えるんだよ。気取られるな」


 「え〜っ。何であたしが一緒に」


 ぶうたれるパンパン。


 「ゴンゴンの見張りだよ」


 「そっか。お兄ちゃん頼りないもんね」


 あっさり納得する桃白パンダ。


 「母さん」


 「おら。さっさとお行き」


 軽く蹴りを入れられ、ゴンゴンは妹と共に洞窟を出て行った。橙白パンダと取り残された俺。


 「‥‥さて、と。話してもらおうか。話せるよね、あんた?」


 今にも着ぐるみを脱ぎ捨てて、中身が出てくるかと思った。実際にはそんなことはなかった。橙白パンダは俺の前に、どっかり座り込んだ。


 体の半分は洞窟の外へ向けて、警戒を(おこた)らない。只者でない感半端ない。それともゴンゴンが馬○なだけか。


 「何でわかったんですか」


 観念して、普通に喋ってみた。予想通り、全く驚かれなかった。


 「うちの()鹿()息子が、普通の人間なんぞ扱える訳がない」


 一刀両断。普通にバカって言った。それにしてもこの世界、どれだけ人間野蛮なのか。


 「その履物。よくできている。ゴンゴンは裁縫が苦手でね。本当に、種付け以外は役に立たない」


 母親にまで種馬扱いされている。正確には種パンダ。この違和感を、説明してもらうための言葉が見つからない。


 「()()()人間に会ったのは初めてだけど、伝説は本当なんだねえ。王の支えにもなるわ」


  勝手に話を進める橙白パンダ。


 「王の支え、とは何ですか?」


 「カラパン建国王を支えた人間。湧いたんだ。今の王は二代目だけど、王の支えは同じ人間だって話さ」


 おお、やっとまともな話が聞けそうだ。


 「カラパン国は建国して何年になりますか」


 「母から聞いた話じゃ、八十年くらいかねえ」


 「その前は」


 「その前は、雄が王だった」


 ♂オス。カラパン国は、雌が治める国。少し疑問の答えが見えてきた気がする。


 「質問は後にしな。馬鹿息子がいつ帰ってくるかわからない。どうせ、つまみ食いしながら袋詰めするんだろうが。先に用件を言う。聞きな」


 「はい」


 応じるしかない。


 「ゴンゴンは、もう種付けでも役に立たない。子供が作れないんじゃないよ。血が近くなり過ぎて、この辺りじゃ(もら)い手がないのさ。調子に乗って働きもせず、種付けばかりやっていたからね。俺はビッグになる、とか言って」


 ああ、永遠の厨二病(ちゅうにびょう)。俺はもっと本気出せば、やれるって奴。


 「このままここにいたら、穀潰(ごくつぶ)しとして殺される。だから、別の土地へ行って、できれば伴侶を見つけて欲しいんだ。あんたが一緒なら、あの馬鹿息子でも生き残れそうだ。最悪、あんたを売れば金になる」


 容赦ないな。初め俺がパンダより上の立場と錯覚したように、この世界のパンダは人間を自動的に格下と判断するのだ。


 「こちらに何の得があるのでしょう?」


 首輪とワイヤで(つな)がれているから、どうしても下手に出てしまう。


 「ここに残ったら、いずれあんたも殺される。普通の人間は凶暴だからねえ。あらゆる生き物から嫌われているよ」


 「そうなんですか」


 逆に会ってみたくなる。


 「今はもう、滅多に見かけない分、噂が噂を呼んで、実際以上に化け物扱いされている、かもね。あたしだって、見たことない」


 「じゃあ、何で俺が人間だってわかるんですか」


 「頭にしか毛が生えていない変な動物なんて、人間だけだもの」


 反論できない。正確には眉とか(わき)とか股とか、後は薄いけれど一応全身に毛が生えているのだが、パンダ基準なら禿()げと一緒だ。


 「よその土地に行けば、湧いた人間に会えるかもしれないだろ。少なくとも、王の支えは湧いた人間なんだし、ここにいるよりは近い」


 橙白パンダが話を戻す。


 「王はどちらにお住まいですか?」


 「オサカ」


 「大阪? じゃあ、ここは」


 「また質問か。まだ話は終わっちゃいないよ」


 軽くワイヤを引っ張られた。頭がくらっとする。カモフラージュのためとはいえ、首輪は嫌だ。


 「まず、ゴンゴンの生活を安定させること。これが一つ。もう一つは、新しい種付け用の雄を連れてくること」


 「自分達で探せばいいのでは?」


 「そう言って皆、帰ってこないんだ。まあ、戻るのも大変だから、無理にとは言わない。相手がいなければ、パンパンも自分で探すだろ」


 と言いつつ、寂しげな風情の橙白パンダ。母心か。父子家庭だった俺には、母の存在がただ(うらや)ましい。


 「わかりました。やるだけやってみます」


 「頼むよ。あんた、名前は?」


 「ソウと呼んでください。あなたの名前と、この場所の名前も教えてもらえますか。戻る時に必要なので」


 「人間の名前って短いね。ソウ。わかった。あたしはランラン。この村はハコ」


 ハコってどこだ。無理に日本の地名と結びつけなくてもいいか。後でメモしておこう。


 「ハコ村のランランさん。一つお願いがあります」


 「何」


 「自分の荷物を持って行きたいので、小さめの袋を貰えませんか? この位の」


 と、俺のリュックの大きさを、両手で表現する。ちょっとパンダたちと話しただけで、俺の私物をそのまま持っていくのは危険過ぎる、とわかった。さりとて、置いていく選択肢はない。


 「ああ。その位の袋ならある」


 ランランは鷹揚(おうよう)に頷いた。ワイヤを握ったまま、洞窟の入り口まで行く。


 「あの子ら、遊びながらやっているな」


 振り返って俺を見る。


 「逃げるか聞くだけ無駄だね」


 こんな時だが笑みがこぼれてしまう。


 「そうですね。逃げる気はないですが」


 逃げるつもりでも答えは同じだからだ。話を聞く限り、パンダと一緒に行動した方が良さそうだ。喋るカラフルパンダまで疑ったらキリがない。


 俺はこの世界について知らな過ぎる。本心からの言葉だ。

 ランランはワイヤの端を、入り口の竹に結びつけた。


 「じゃあ、待っといで。家から持ってくる」


 橙白パンダは竹林を通って去った。

 俺は結び目に近寄って観察してみた。単純結びだ。ワイヤだけに力は必要だが、やれば解ける。


 ゴンゴンと違って、逃げてもそれまで、と考えているのかもしれない。どのみち、息子を外へ出そうとしていた。

 洞窟は竹林に囲まれて、その外側から遮断されている。念のため、ワイヤの長さが許す限り、奥へ移動した。


 「まだ戻ってないのか」


 先に着いたのはランランだった。ゴンゴンとパンパンの兄妹は、気配もない。

 俺はワイヤの結び目を解いてもらい、荷物を奥へ取りに行った。


 「荷物、見せてくれるかね?」


 リュックを貰った袋へ入れようとすると、橙の手で止められた。目が、リュックそのものに釘付けだった。


 「凄い代物だ。一体、何の毛皮を使ったらこうなるんだい?」


 「これは布と言って、細くした植物を、縦横に組み合わせて作ります」


 「いや、布はわかるが、素材と織り方だ」


 「説明は難しいです」


 合成繊維の機械織である。石油から説明すると長くなる。

 とりあえずリュックを袋に仕舞い込む。


 「竹で入れ物作ったことありますか?」


 「あるよ。欲しい物と交換する時にも使う」


 意外と文明的だ。布がないだけだろうか。年中、毛皮着用だものな。


 「それと同じ理屈です。ただ、原材料が竹よりも柔らかくてとても細い。糸から作るんです」


 糸、という単語がゴンゴンに通じたことを思い出した。ランランは、がっくり肩を落とした。


 「随分と手間がかかりそうだねえ」


 「そういえば、糸は」


 何から作っているのか聞こうとした俺の口に、肉球が当てられた。獣の臭いがする。


 「やっと帰ってきたよ。二人して怠け者が」


 時間切れだ。

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