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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第一章 一致百慮の巻
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ニッポン変な国

 俺に差し出された毛皮の毛は、硬い。針みたいだ。豚か猪といったところか。

 雑に縫い合わせて一応貫頭衣(かんとうい)っぽく作ってある。色々文句はあるものの、裸のままでは嫌だから、頭からすっぽり被ってみる。


 着心地は悪い。膝丈(ひざたけ)だ。動きによっては、()()が見える。


 「うわあ、自分で服着たよ。意外と頭いいんだね、人間」


 「たまたまだろ。穴に頭を突っ込むのは、他の動物だってよくやる」


 どんだけ頭悪いのか、この世界の人間。


 「さあ。お兄ちゃんは、こいつに(くさり)をつけたりしないといけないから、もうお前は母さんのところへ帰れ。家の仕事あるだろ」


 「何であたしばっかり。普通、男が仕事するものでしょ。他のお家はみんな男が働いているのに、うちだけお母さんやあたしが働いているって、おかしいよ。お母さんはお兄ちゃん贔屓(ひいき)し過ぎ。種付けしか能のない男を遊ばせておく余裕なんかないのに」


 「ぶふぉっ」


 「きゃっ」

 

 年頃の、パンダだけに外見からはわからないが、多分女の子から聞くには強烈な単語に、思わず噴いた。

 あちらは威嚇(いかく)と捉えたか、三度驚かれた。


 「ほら、危ないから早く帰れ」


 「わかったわよ」


 桃白パンダは、渋々ながら、ようやく出口へ向かった。ゴンゴンも見送る(てい)でついて行く。俺もその後を、そっとついて行った。


 洞窟の入り口を(ふさ)ぐように、ゴンゴンが立っている。背中にファスナーでもついていないかと思ったが、見た感じでは、なさそうだった。


 「うおっ」


 しばらくして振り向いたゴンゴンが、俺の存在に驚く。少し一緒にいただけで、感覚が桃白パンダ並みになったようだ。


 「妹さん?」


 「ああ。さっきの話を聞いていたらわかるだろうけど、カモフラージュのために、首輪と鎖をつけさせてもらう」


 売り飛ばす気はないらしい。しかし、あれをつけたら、まるきり奴隷ではないか。


 「あれ重すぎる。もっと軽くしないと、首折れて死ぬ」


 露骨(ろこつ)に、がっかりした顔をされる。この短い間に、俺はパンダの表情読取スキルを上昇させた。


 「ええ〜。折角この日のために、毎日磨いていたのに」


 やはり、手入れしていたのか。


 「他の物は?」


 「ないよ。とっておきのお宝だもの」


 改めてジャンク山を眺めても、鎖は目につかない。どこかにはあるのだろうが。

 あれこれ聞きたいことが()り上がってくる。だが、まずは目の前の課題だ。


 「じゃあ、首輪は我慢するから、鎖の代わりに、ケーブルを使ったらどうかな。強度は十分だと思うよ」


 鎖よりは軽いし、動く度にがちゃつかずに済む。持つ方は扱いにくいけどな。


 「あ、これ? そうだね。わかった」


 ゴンゴンは、俺が指し示した電線を嬉しそうに引っ張り出す。ジャンクの使い道ができたのを、喜んでいるようだ。

 早速ペンチを使って首輪と鎖を分離し、ケーブルカッターで適当な長さにしたものを、器用に首輪と結びつけた。 持ってみたら、何とか耐えられそうな重さだ。でもできればつけたくない。当たり前の感覚だ。


 「妹さん、今日はもう来ないかな。人目のない時は外しておきたい」


 「来ないと思うよ。忙しいから」


 「ゴンゴンは、手伝わなくていいのか?」


  ゴンゴンはすっくと立ち上がった。


 「僕はぁ〜、世界を変える男だっ。世俗に(まみ)れている暇はないっ」


  あ、厨二病(ちゅうにびょう)ね。妹が軽蔑するのも無理はない。さて、次の優先課題は服か飯。


 「針と糸と(はさみ)はあるか」


 「糸はない。針はあるかも」


 鋏を出してくる。指を入れる輪の部分がない。パンダには人間ほど長い指がないからだ。ナイフを二本組み合わせただけの道具にも見える。


 「毛皮はこれで全部なんだよな」


 「うん。(いのしし)は、そんなに出ないからね。貴重なんだぞ」


 ゴンゴンは山を(あさ)っている。針もなさそうだ。あるなら道具の方に、と思いついて探すと、目打ちを発見する。


 「それはありがとう。針はもういい。まずは履き物を作りたい。服も直したい。あと飯な。俺は笹も竹も食わんぞ」


 「だよね〜。芋は食える?」


 「火を通せば食える。生で食ったら腹壊して死ぬ」


 俺は猪皮の服を検分しながら答える。紐状の物で縫い合わせてある。

 皮に余裕があれば紐を作るのだが、むしろ足りない。最悪ケーブルをほぐすとして、考えただけで気が遠くなる作業だ。


 「うへえ。面倒臭いな人間。早く売った方が良さそうだなあ」


 パンダはまた不穏な発言をする。ひょっとしたら、金持ちの家に売られた方が、お互い幸せになりそう。


 「売る前に餓死したら、金にならんだろう」


 「いや。死体でも服とか荷物とかの証明になるから」


 平然と恐ろしいことを言う。思わず鋏を取って、脱いだ皮服を解体し始める。手を機械的に動かしながら考える。まだ死にたくない。


 「果物なら生で食える。人参とか、胡瓜(きゅうり)とか、トマトも」


 ゴンゴンの表情が、ぱあっと明るくなった。俺は心底ほっとした。


 「人参なら畑にある。ちょっと盗ってくる」


 洞窟を飛び出して行った。盗んでくるって言ってたな。捕まらないといいが。俺の安心は一瞬で終わった。


 ゴンゴンは人参を抱えて無事戻ってきた。よかった。


 「陽が落ちて暗いから、ちょうどよかった」


 ああ外は暗いのか。お腹が空く訳だ。俺は今居る部屋を見上げた。

 ちゃんと灯りはあった。土でできた皿に油を入れて、灯芯に火を付けるタイプだ。


 「ここには、長居できないな」


  酸素がなくなる。


 「あっちへ行って、人参食べよう」


 もう口に一本入れているゴンゴンである。俺の分はあるのか。灯りと服も一緒に移動する。

 水道がないから、土まみれの人参を猪の毛ではらって(かじ)る。

 飲み水も欲しいし、火が欲しい。ないない尽くしだ。


 「質問。この国の名前は?」


 俺が一本食べる間に、残りを食い尽くしそうな勢いで食べるゴンゴン。俺は非常食としてもう一本頂戴した。


 「()()()()って、王が言ってる」


 カラーパンダの略だったりして。日本語が通じているようだが、異世界あるあるで、自動翻訳されているのかもしれない。由来については、聞いても無駄な感じである。


 「隣の部屋にある山は、何だ?」


 「地下に埋まっているお宝。皆はゴミって言うけど。でも、普通に掘っても出ないよ。崖が崩れたりして、たまに出てくる。お金持ちはお宝を上手に使って、いい暮らしをしているんだって」


 「日本とかニッポンとか、ジャパンとか聞いたことない?」


 ぼりぼりぼり。人参を貪りながらゴンゴンが考える。


 「ない、かなあ。何それ?」


 「俺がいた国の名前」


 「同じ場所に名前が三つもあるの。変な国」


 『にほん』と『ニッポン』が併存する理由は、俺も知らなかったから、スルーした。


 「ここがカラパンになる前は、何だったんだ?」


 昔、日本だったんじゃないか、とか、どういう経緯でパンダの国になったのか、とか、この国の政治体制や歴史を教えて欲しい、とか。聞きたいことは、山ほどある。


 「さあ。僕が生まれた時には、もうカラパンだったんじゃないかな」


 ざっくりと答えるゴンゴン。俺は、人参だけの食事を終えて靴作りに入る。服の余分な箇所を切って、足を包む形に縫い合わせるのだ。糸の代わりにワイヤーを見つけた。靴底の補強にも使える。


 「お前、何歳だ」


 「二十五」


 「七歳も上なのか」


 「へえ〜。年下には見えないね」


 それは、パンダと人間だもの。

 パンダの寿命は二十年ぐらいで、人間と比較するには三倍する、と聞いたことがある。

 するとゴンゴンは、寿命を終えつつある老人‥‥ないな。この世界のパンダは、俺のいた世界のパンダと見た目も中身も別物だ。


 ゴンゴンが二十五というなら、二十五歳と考えていい。中身はともかく。この世界も暦年使っているのだな。一年が百日ぐらいだったりして。


 「一年は何日ある?」


 「三百六十五日」


 並行世界を考え出すとややこしいから脇に置いといて、今のところ同じ地球上であると仮定しても矛盾しない。

 『猿の惑星』という昔の有名な映画を思い出した。さしずめ『パンダの惑星』だ。笑える。


 「王の名前は? どこに行けば会える?」


 「王は王だよ。ふわああ。お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃった。おやすみ」


 ゴンゴンは人参を食べ終えて横になった。テコでも動かない感じだ。

 信用されているというよりむしろ、油断しすぎ。


 こいつについて行って大丈夫なのか。不安が増す。だが他に知り合いはいない。桃白パンダに乗り換えたところで、状況は変わらない。

 俺は慣れない道具で裁縫を続けた。

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