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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第三章 三老五更の巻
18/50

トラップ包囲

 それから、ホコヤ中心街をほとんど横断したと思うほど、歩いた。

 着いた先は、どうやらスルグ県職員御用達の宿らしかった。


 「いらっしゃいませ。ピンピン様でございますね。ご予約承っております」


 女将らしき桃白パンダに案内されたのは、露天風呂付きの広い部屋だった。ただし今回は全員一緒である。


 「烏のカアクローは、来たか?」


 「いえ。お連れ様はこちらで全て、とお聞きしております」


 桃白雌パンダの言葉に、ピンピンの表情が険しくなった。既に夕刻、日は落ちている。

 カアクローが宿へ泊まらないことはあるけれども、俺たちとの接触もないのはおかしい。

 県庁前で降りてこなかったのも、既に行方不明だったからだろうか。


 「では、こちらへの予約は誰が?」


 「それは、カラスニ子さんですわ。普段から、ホコヤのこの辺りを担当しております」


 また変な奴が出てきた。俺は自動小銃をぶっ放すカラスを思い浮かべたが、噴き出すまでには至らなかった。


 「すまないが、呼び出してもらえないか。私は部屋にいるから、来たら呼び出してくれ」


 「かしこまりました」


 女将が下がっていく。ピンピンは、露天風呂の方へ行き、外の様子を窺った。カアクローがいないか確認しているのだ。どのみち夜である。カラスが何十羽いても、俺には見えない。


 「エビフリャ食べたかったろうに」


 ゴンゴンが誰にともなく言う。


 「我々がホコヤ県庁前広場へ到着した時には既に、事態が動いていたと考えるべきだな」


 戻ってきたピンピンが言った。皆、同じことを考えていた。


 「ホコヤ勢? なんでカアクローだけ?」


 「まず間違いない。カアクローは先触れみたいなものだろう。お前、ソウも攫われないよう気をつけろ」


 「じゃ、お風呂一緒に入ろうか」


 部屋にあった伊予柑(いよかん)ぽい大ぶりの果物が、ゴンゴンに当たった。


 「痛っ。何で? 入浴中にソウが攫われるかもしれないじゃないか」


 「すまん。私と入るのかと勘違いした」


 ピンピンは手にした果物に齧り付いた。ゴンゴンは、自分に当たった方を拾って食べる。俺も手を伸ばし、皮を剥いて食べた。どうせ毛皮のままだし、雄雌二体が一緒に入浴しても問題ないと思う。


 「襲撃を見込んでいたのだが、予想を外した」


 残りの果実を(またた)く間に平らげるピンピン。そこへ夕餉の膳が到着した。


 「あんこがある〜」


 ゴンゴンが掌を打ち合わせて喜ぶ。握り拳程度のあんこが皿に載っていた。各自一皿ずつある。俺も嬉しい。

 俺が干し海老をちびちび食べていると、カラスニ子の来訪を告げる使いが来た。ピンピンはとうに食べ終えていた。


 「行ってくる。戻りの時間が読めないから、先に休んでいてくれ。戸締りを忘れずに」


 ゴンゴンとふたりきりになる。差し当たり申し合わせたように、夕食を平らげる。

 空になった膳を部屋の外へ下げ、(かんぬき)を掛けて部屋の奥へ移動する。


 「久しぶりだね〜」


 一応声を落としている。


 「う、うん」


 まともに喋っていないせいで、喉の筋肉が衰えたらしい。上手く声が出ない感じだ。話したいこと聞きたいことはたくさんあるはずなのに、まるで言葉が出てこない。


 「とりあえず風呂入ろっか」


 「そうする」


 風呂場には、毛糸で粗く編んだ布状のものが置いてあった。県庁の窓からヒラついていた物と同じだろうか。ガーゼどころか、ほぼ投網だが、ともかく布の一種と数えてよかろう。文明の進歩もついにここまで来たか。

 あと、石鹸が欲しいな。


 「ふうっ。気持ちいい〜」


 ゴンゴンが浴槽に体を沈める。俺は露天を警戒して、入浴中喋らなかった。

 拭くものがあるから安心して頭まで洗う。お湯での洗髪は気持ちいい。旅の間、洗ったり洗わなかったりで、脂がなかなか落ちない。シャンプーが欲しい。


 「何かさ、ずっと喋らないでいると、色々忘れて本当に野生の人間みたく馬鹿になりそうなんだよね。口も上手く動かないし」


 風呂上がり、余った毛糸投網を頭に巻いたまま、ゴンゴンと向き合う。髪が大分伸びて、乾きにくい。髭も同じく。


 「そうかあ。どうせ皆、ソウを湧いた人間って思っているし、喋っちゃう?」


 「でも、それだとホコヤで足止め喰らうだろ。オサカにいる王のところまで行きたいんじゃないのか」


 「う〜ん。そこなんだよねえ。ホコヤで発掘しまくるのも楽しそうだし‥‥」


 戦略的ではなく、己の欲望に忠実な理由で方針を変えようとしている。俺は馬鹿馬鹿しくなって毛糸投網を外し、髪の毛を拭く。すかすかな割には水分を吸収してくれた。


 「ソウの情報を引き渡しても、ホコヤで発掘させてくれるかどうか。跡地をカバのために水没させるんだものな〜。だから、ホァンホァン様の後ろ盾が欲しいんだよね。やっぱり、能力全開はなしで、確証を取られない程度に少しずつ小出しにやるかなあ」


 ひとりで結論を出した。


 「わかった。じゃ、今のうちに喋る練習でもしておくか」


 と言ったものの、話題がない。


 「ちょっと聞きたいんだけど、体がものすごく汚れちゃった時、特別に汚れが落ちる何か特別な品物って、あるのかな」


 「え、何それ?」


 「水と混ぜると、泡ができる。その泡で汚れを包んできれいにする。俺のいた世界では、石鹸とか、洗剤とか、シャンプーとかいう名前だった」


 「んん〜わかんない」


 ゴンゴンは記憶を掘り起こそうと考え始めた。待ちきれない俺は、勝手に石鹸について説明を始めた。



 そこそこ夜更かししたつもりだったが、ピンピンが帰ってきたのは、俺が眠っている間、夜明けの方が近い時間だったらしい。

 目が覚めると、丸まって眠る青白パンダが視界に入って驚いた。ゴンゴンが朝食の膳を運び入れている。


 「あ、おはようソウ。彼女あんまり寝てないから、起こさないでね。僕たち先に朝食済ませちゃおう」


 干魚や干果物をぼちぼち食べているうちに、ピンピンが身動きして起き上がった。


 「おはようピンピン。先に朝食もらっているよ」


 「構わん」


 少々ふらつきながら移動し、据えられた膳の前にどかりと座り込んだ。黙々と食べ始める。俺は食べきれない干物を荷物へ仕舞い込んだ。


 「で、手がかりは掴めた?」


 ピンピンがあらかた食べ終えたところで、ゴンゴンが話しかけた。


 「ない。夜間で、聞き込みが難しかった。お前の都合に差し障りがなければ、もう一日滞在して行方を探したい」


 「いいよ。行ってみたいところがあるし」


 「いや、ダメだ。悪いがここから出ないでくれ。安全を保証できない」


 「え〜」


 「昼食に、あんこを大盛りにしてやる」


 「わかったよ〜。しょうがないなあ」


 食後、膳を片付けると、そのままピンピンは出かけて行った。


 「あんこの大盛り、ちゃんと頼んでおいてね」


 「わかっている」


 ごろりと横になるゴンゴン。


 「あ〜あ。せっかくホコヤに滞在するんだったら、発掘現場を見に行きたかったのになあ」


 「攫われたら、どうせ見に行けないじゃないか」


 膳を片付けに来る従業員の耳を気にして、小声で応じた。


 「出かけられないなら、昼まで暇だよ〜」


 ごろごろごろごろ、と部屋の中を転がるゴンゴン。俺に激突しそうなので、避けた。転がったゴンゴンは、入り口の引き戸まで到達し、ぶつかって止まった。がらりと開く扉。


 「何をしている」


 ピンピンが戻ってきた。


 「あれ、そのまま出かけるって言っていたよね。あんこ頼んでくれた?」


 寝転がったまま尋ねるゴンゴン。


 「予定変更だ。お前たちも一緒に来い。荷物は全部持て」


 ゴンゴンが俺に顔を向ける。俺に聞かれたってわかる訳ない。

 ともかく荷物を持ってピンピンの後に続く。昨夜入った玄関まで来た。桃白女将パンダが落ち着きなく右往左往している。


 「ああ、お客様。先方は、外でお待ちです。お気をつけて」


 「世話になった」


 不穏だ。

 建物の外へ出た。


 馬車があった。既視感を覚える。馬が引くのは、頑丈な木箱型の乗り物だ。ただし、窓が小さい。観光客用というよりは、明らかに護送用だ。御者台と、箱の前に、それぞれ黒白パンダがいた。公務員の装いは県を跨いでも同じらしいから、警察か県職員かいずれにしてもホコヤの公的な筋ということだ。


 「スルグ県庁のピンピン殿、それに同行者のゴンゴン殿と人間。馬車に乗って我々と一緒に来てもらいたい」


 箱の前に立つパンダの一体が喋った。雄である。宿は繁華街から少し外れた住宅地にあったが、一応ホコヤ中心部でもあり、朝から通行パンダが目につく。その茶白や橙白や緑白、様々な色合いのパンダの、いちいちこちらに注目しながら通り過ぎていく視線が痛い。


 「このくらいなら僕だけでもいけるよ」


 ゴンゴンが言う。それはつまり、全員倒せるという意味だ。


 「昨日から行方の知れぬ、スルグ県職員のカアクローを探している。連絡が取れ次第、そちらへ伺おう」


 発言を無視してピンピンが黒白パンダに言う。黒白パンダの方も、ピンピンから視線を外さない。


 「自称スルグ県職員のカラスなら、当方で身柄を預かっている。同行すれば、対面出来るだろう」


 「ちなみに彼らはどこの誰なの?」


 「ホコヤ県庁職員だ」


 答えたのはピンピンである。訪問した時点で、身分を名乗っていたようだ。ゴンゴンから、すっと力が抜けた。倒すのを諦めたらしい。


 「では、行こう」


 ピンピンが黒白パンダに向かって頷くと、相手が馬車の扉を開けた。後ろへ回って、中から踏み台を下ろしてもらい、馬車へ乗り込む。中にも黒白パンダがいた。俺を見て毛を逆立てている。


 「心配ないよ。おとなしいから」


 ホコヤ側の怯えに気付いたゴンゴンが、声をかける。言われた方は、ああ、とか、うう、とか不明瞭な声を発した。

 俺は箱の一番奥に座らされ、隣りにゴンゴン、向かいにピンピンが席を占めた。黒白パンダたちは出入り口を塞ぐ形だ。


 そうして、馬車は出発した。

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