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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第三章 三老五更の巻
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羊毛ベッド

 通された部屋は、独立した離れのような一間だった。露天風呂と中庭付きである。

 しかも、寝床が藁山(わらやま)ではなく、羊毛だった。刈ったままの姿ではあるが、油を洗い落としてあり、ふかふかな肌触りだ。


 人間の俺が寝ていいものか、躊躇(ためら)ってしまう。俺も大分、この世界の人間の立ち位置をわかってきた。


 「うわあ、いい感じ〜」


 預かった薬箱で俺の手当をするより先に、羊毛ベッドへ飛び込んだのはゴンゴンだ。きっとこの部屋は、宿の中でも高い部類に入る筈。

 種付けを引き受けたことが、グレードアップに貢献したに違いない。ゴンゴンは期待に応えられるのか。

 俺の心配をよそに、簡単な昼食後、ゴンゴンは迎えと共に去っていった。


 残されたのは、俺とピンピンだ。落ち着かない。夕食まで折角時間があるのに、ゴンゴンがいないせいで観光に出かけることもできず、話をすることもできない。


 「おい、ソウ」


 呼ばれたので、振り向いた。(そう)は俺の本名で、ゴンゴンに名乗った呼び名がソウだ。

 この世界にも漢字はあるが名前には使わないらしく、苗字や漢字までは教えていない。


 それでピンピンには、ゴンゴンが名付け親で、自分の名前を理解する知能を有していることになっている。

 スルグの街で、野生の人間をペットにしているパンダを見たから、ありうる話ではある。


 ただし、その飼い主がペットの名前を呼んでいたか、記憶は定かでない。


 「うう?」


 「お前、湧いた人間だろ?」


 「ん?」


 素で返事してしまった。そこで止めたから、おかしなことは言っていない。

 確かに、俺はピンピンの言う『湧いた』人間ではある。でも正確には、俺は湧いてはいない。歩いていただけだ。

 いわゆる『湧いた』人間に期待されているところも、わからない。


 答えようもなく、互いに相手の様子を(うかが)う形となった。しばらく向き合った後、飽きたので勝手に切り上げた。ピンピンも諦めてごろ寝した。勝負としては、引き分けだろう。


 俺は露天風呂を見にいった。少々期待する物があったのだ。

 期待通り、風呂場にはタオルの代わりになる毛糸束がいくつか積んであった。

 パンダには不要だから、ほぼインテリアだろう。

 従って、俺が遠慮なく使うことができる。どうせ暇だし、もう入ってしまえ。


 風呂は、この世界にありがちな掛け流しスタイルだった。お湯の汚れを気にせず入浴できる。

 石鹸(せっけん)がないのは残念だが、お湯で洗えてタオルがあるだけで今は贅沢だ。


 毛皮も洗いたいところを我慢する。一晩では乾かないし、この季節、濡れたまま着て歩いたら風邪を引く。


 「今日はいい宿だカア」


 カアクローが降りてきて、勝手に水浴びする。冷たい飛沫(しぶき)が飛んでくるのは我慢だ。

 時間もあることとて、夢中になって丁寧に洗い、湯船に浸かったところで、ピンピンがこちらを観察していることに気付いた。


 先に出たカアクローと打ち合わせしつつ、ごろ寝の姿勢で、こちらへ顔を向けている。

 何気なく泳ぐ真似をしつつ、怪しまれる動きをしなかったか、頭の中で確認。大丈夫、と確信した後、風呂から出た。

 毛糸は、よく水を吸ってくれた。余裕があれば編み物にも挑戦したいぐらい、毛糸が欲しい。


 「あ〜、ソウ風呂入ったんだね〜。人間臭さが薄くなったよ」


 戻った第一声で、心に突き刺さる言葉を発するゴンゴン。慣れ過ぎて鼻が効かなくなったが、パンダだって獣臭い筈。

 俺は唸り声で不満を示すが、パンダたちは意に介さない。


 「仕事の説明長かったな」


 ピンピンが言う。


 「説明はすぐ終わったけど、お客の割り振りとか、部屋の位置を教わるのとかで時間がかかっちゃった。これで結構稼げそう。助かった」


 間もなく夕食の膳が運ばれる。昼もそうだったが、同じ品が三つ用意されていた。果物、干魚、干果物、そして昆虫と量は他の食堂で見たより少なめだが種類を多く並べている。

 人間用のメニューなど、ないのだ。ペットの人間を見かけた回数を考えれば、当然の話である。


 給仕はつかないので、俺もパンダと並んで一緒に食べた。ゴンゴンと俺が残した昆虫は、ピンピンが平らげた。

 食後、ゴンゴンは風呂へ入って身綺麗にした後、種付けの出稼ぎに行った。またもやピンピンとふたりきりだ。

 暇である。


 裁縫ぐらいしても平気だ、とゴンゴンは言っていたが、ピンピンの前で縫い物は危険としか思えない。

 ホコヤ領へ入ってから、ちょこちょこ宿屋へ泊まっている間に、毛皮の直しは大概(たいがい)済んでいた。


 洗い替えの服も、欲しいところである。現状では、新しい毛皮を手に入れたとしても、持ち運びに苦労するだけであった。

 布は、この世界ではまだ見たことがなかった。


 「ソウ。風呂へ入ってくる」


 「う」


 ゴンゴンに影響されて、ピンピンも俺に話しかけるようになっていた。あるいは、話しかけることで、ボロが出るのを期待しているのかもしれない。

 俺もずっと黙っていると口の筋肉が(おとろ)えそうで、唸り声でも返事をすることにしている。


 パンダの入浴は水浴びと一緒だ。お湯に浸かるだけで表面の汚れは落ちる。外へ出たら、ぶるっと身を震わせれば、大方の水滴は落ちる。脱いだり着たりする手間がない。


 だが、相手がパンダとて、雌の入浴を覗くのは道徳に反する気がして、俺は努めて見ないようにした。咎める相手がないのをいいことに、ふかふかの羊毛に体を埋める。

 そして寝入ってしまった。


 朝目覚めると、ゴンゴンが側で寝ていた。昨夜は、相当遅くまで仕事に励んでいたようだ。

 ピンピンの方は既に起きて、一仕事終えた感で(くつろ)いでいる。


 部屋の外に朝食の膳が届いていた。並べ終えた後、ピンピンに叩き起こされてようやく起きてきたゴンゴンは、まだ眠そうだ。


 「随分稼いだな」


 じゃらじゃら鳴る小袋を不思議そうに眺めているうちに、目が覚めたらしい。


 「あ、それ僕の」


 「お前が預けたんだろう。返すぞ」


 ピンピンが放り投げるのを受け止め、重さを計るように袋を上下する。


 「盗っていないよね?」


 「しない」


 ゴンゴンは、信用できないのか、更に袋の口を開けて中を見る。俺も横から覗き込んだ。

 銅貨の中に銀貨がちらほらある。一パーン銅貨で一食分と考えると、確かに一晩で随分稼いでいた。


 「これで当分旅費は心配ないや。念の為、ホコヤでも換金するけど」


 「買取屋に心当たりあるのか?」


 「ないよ。初めて行くんだもの」


 「探す暇があればいいな」


 それは、どういう意味だろう。尋ねる訳にもいかない。

 朝食後、支度をして表へ回ると、初めて見る大柄の桃白雌パンダが寄ってきた。


 「おはようございます。お早いご出立でございますなあ。昨夜は大層お世話になりまして、ありがとうございました。そちら様のご都合さえ宜しければ、もう二、三日ご逗留(とうりゅう)なさってお手伝いいただきたいところです」


 「こちらこそ、人手不足の中、手厚いもてなしに感謝する。少しでも、こいつが手助けになったのなら幸いだった」


  雌同士のやり取りを聞くに、桃白は『ほえほえ』の女将らしかった。

  女将に見送られて外へ出る。少し歩くと、今度は朱白雌パンダがいた。寮監と呼ばれていた、種付雄の元締である。


 「お前、凄いもの持っているな。金に困ったらいつでも来てくれ。何なら専属で契約してやる」


 ゴンゴンの背中をばんばん叩きながら、名残惜しそうに言う。


 「ありがとう。考えとくね」


 「怪我の具合はどうだ?」


 とピンピン。


 「半分は何とか今日の勤めから戻れるだろう。お客も昨日より少ない。人繰りは問題ない」


 「それは良かった」


 今日も復帰できない半分は、ピンピンが半殺しにした分ではなかろうか。俺が見た感じ、ゴンゴンよりも破壊力が大きかった気がする。

 高級旅籠からパンダたちに見送られて、サカスを後にした。ふかふかの羊毛に包まれてよく眠れたおかげで、体が軽い。


 その後も適当な宿場町で泊まりながら、ホコヤ中心部を目指した。時折、俺が昔馴染んだ物を見つけると、ほっとした。

 例えばセイチでは、豆味噌に似た物があった。(もっと)もパンダたちは、それを調味料としてではなく、食べ物として扱っていた。

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