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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第三章 三老五更の巻
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出稼ぎスカウト

 気合いの発声、間髪入れず足元狙って突進した。

 標的以外のパンダたちがこっちを見た気もしたが、確認などしている場合ではない。


 全力でぶつかる勢いを利用して、足を払う。運よくバランスを突き崩し倒すことができた。

 とりあえず、ワイヤを敵パンダの両足に巻き付ける。縄の届く範囲まで引き摺ろうとしても、びくともしない。


 俺には、もうちょっと力があったと思うのだが。この世界へ来てから、筋トレもしていないし、食生活が乱れて栄養も偏っている。全般に体力が落ちた。


 「このサル野郎っ」


 ぶんっと効果音付きで、鋭い爪付きの拳が飛んできた。ぎりぎりでかわす。

 ワイヤの端は、俺と繋がっている。逃げるにも限度がある。パンダを俺の拳で気絶させられるか。

 正直なところ、心許(こころもと)ない。


 「あ〜。ワイヤが絡まっちゃったんだねえ」


 ごつり、と重い音がして、臙脂(えんじ)白の頭が垂れた。背後からゴンゴンが現れた。

 台詞が棒読みだ。そしてワイヤはそのままに、よいしょ、と臙脂白を脇で持ち上げて(だいだい)白の隣へ置くと、縄で縛り上げてくれた。


 俺は自力でワイヤを解いた。ピンピンは、向こうで紫白と黄緑白と茶白を別な縄で縛っている。何本持っているのやら。


 ぽくぽくぽく。


 音のする方に頭を巡らすと、猫や犬が二本足で立ち上がり、両手を打ち合わせている。鳩の御一行も地面に降りて、羽を打ち合わせていた。


 「あ、どうもどうも」


 ゴンゴンが、野次馬の控え目な賞賛に応じる。(かたわら)で、ピンピンが縄で繋いだカラフルパンダたちを道端へ転がす。

 街道が片付いて、滞っていた流れが復活した。散り始める見物たち。


 「で、こいつらどうする〜?」


 「手近な宿場の警備に突き出す。縄が勿体無(もったいな)いからな」


 「どうやって連れて行くの?」


 「‥‥うむ」


 空の荷台を引いた馬がいた。文字通り、野次馬だ。道の空くのを待つ風情。ピンピンは、つかつかと歩み寄った。

 馬は荷台が邪魔で、逃げる隙もない。


 「この者たちを、サカス宿の警察に連れて行きたいんだが、荷台へ載せてもらえないか」


 「ヒヒン」


 馬がいなないた。


 「タダって訳にはいかないわね。こっちも商売だから」


 なかなかに商魂(たくま)しい雌である。


 「このごろつきども、襲い方が手慣れていた。手配されているに違いない。報奨金が貰えたら、全額渡そう」


 「嫌だわ。この子たち、サカス宿の種付雄よ。大手『ほえほえ』お抱えだから、しょっちゅう揉め事起こしても、大目に見てもらっているの。警察に行ったって、体良(ていよ)く追い返されるだけよ」


 種付雄といえば、ゴンゴンの特技。スルグの取り調べでは認めてもらえなかったが、ここでは職業として成立しているのだ。


 「では、雇い主の宿へ連れて行こう。そこの従業員にこちらは襲われた。示談金を報奨としてそのまま支払う」


 「万が一、金を取れなかったら、銀貨六枚貰うわよ」


 「いいだろう」


 「ヒヒン。交渉成立。積み込みと荷下ろしは、そちらでやってね」


 「わかった」


 こうして俺たちは、カラフルパンダを荷物よろしく荷馬車へ載せて、サカス宿を目指した。



 サカスは宿屋が多かった。そして、パンダが多い。雄も雌もうきうきとして見える。


 『ほえほえ』という宿は、馬が大手と表現しただけあって、なるほど街道に面した宿場の中でも目立つ場所にあった。間口も広いし、同じ平屋でも周囲の宿とは別格の感がある。


 「ようこそいらっしゃいました。『ウキウキツアーホコヤ西端』のご一行様でございますね。お待ちしておりました」


 今しも、お喋り(かしま)しい雌パンダの団体が到着し、従業員に揉み手で迎えられていた。

 従業員は素早くこちらに視線を走らせたが、すぐ客の応対に戻った。こちらは、カラフルなパンダが山盛りのワゴンセール状態だ。かたやあちらは高級志向。


 「僕たち、歓迎されてないねえ」


 「客商売だからな」


 「あんたたち、銀貨はちゃんと持っているんでしょうねえ」


 「心配ない」


 様子を窺っていると、客を中へ案内した従業員パンダが顔を出した。こちらを見るなり、早足で寄ってくる。桃白雄パンダである。


 「お待たせしました。表は目立ちますので、ささっ、どうぞこちらへお回りを」


 来客を扱うような態度で先に立つ。俺たちは馬車と連なって続いた。

 脇にある出入り口から、裏手に入ることが出来た。従業員らしいパンダが、忙しげに行き来している。中には、山盛りのパンダを見てぎょっとする者もいた。


 今更だが、表にいた雌パンダ集団は、ワゴンセールパンダに関心を示さなかった。めくるめく種付けツアーに胸がいっぱいで、目に入らなかったのかもしれない。


 「おい、あいつらまたやらかしたよ」


 「あー、とうとう捕まっちまったか」


 「えっ、どうするんだよ今日」


 ひそひそ声が途切れ途切れに聞こえる中を通り抜け、パンダ気のない裏庭へ出た。地味な建物の前に、朱白パンダが仁王立ちでいた。


 「あうっ、姐さん」


 馬車から悲鳴に近い声が上がる。意識を取り戻したパンダが仲間の体に顔を隠すのを、どすどすと歩み寄った朱白が掴み上げ、荷台から放り出した。


 弱々しい悲鳴を上げて動かなくなるパンダ。他のパンダも次々と、意識のあるなしに関わらず地面へ落とされた。


 「手を呼んで仕置き部屋へ連れて行きな。治療して、飯もつけてやれ。今夜使えそうな奴はシフトへ組み込んで、空いた分の臨時雇いをすぐに押さえろ」


 「はいっ」


 桃白パンダが、(はじ)かれたように逃げていく。すぐに別のパンダを数体連れて戻り、転がり(うめ)くパンダたちを地味な建物の中へ運び去った。


 私設牢でもあるのか? いや、単なる従業員寮かもしれない。

 部下たちの仕事を見守った朱白パンダは、ここで俺たちへと向き直った。


 「よう、ヒヒンナ。うちの若いもんが世話になったな。運搬費は後で支配人の方に言ってくれ。ところで、そちらの方々は、奴らの怪我と関係あるのか?」


 姐さんと呼ばれた通り、声も雌のパンダであった。


 「そうね。当事者の方々から、直接お聞きになったら早いわよ」


 朱白パンダの視線を受けて、ピンピンが経緯を話す。

 時折、ヒヒンナと呼ばれた雌馬の方へ確認を取りながら聞いていた朱白は、俺たち側の話を真実と判断してくれた。


 「済まなかった。あいつらは当宿専属の種付オスで、近頃少々調子に乗っていた。そろそろ再教育を検討していたんだが、間に合わず迷惑をかけた」


 「再教育は厳にお願いしたい。幸いこちらに怪我はなかったが」


 ぐうううっ。俺の腹が高らかに鳴った。太陽は中天にある。朱白の視線が俺の上に落ちた。先ほどの戦闘でタックルをかましたせいで、俺は擦り傷をいくつか作っていた。


 「僕の大事なソウが傷付いちゃったよ〜」


 すかさずゴンゴンが口を挟む。因縁をつけてきたのは向こうだが、これではこちらが当たり屋みたいに思える。

 俺と同じく感じたらしいピンピンが、鼻に(しわ)を寄せた。


 「ああ、このサルは気にしないでくれ」


 「いや。そういう訳にはいかないだろう。見るからに珍しい生き物だ。僅かの傷から死に至ることもある。ひとまず、部屋を提供するから休んで手当してくれ。今夜の宿が決まっていないなら、そのまま泊まってもらっても構わん。後で昼食と詫び料も運ばせる」


 「それはありがたい。だが詫び料はヒヒンナさんに上乗せしてつけてくれ。彼らがこちらの所属と知ったのは、彼女の案内のお陰だからな」


 「ヒヒン。あんたたち、信用できるわね」


 馬が真っ白な歯を剥き出して笑う。朱白は横目で馬を見た。


 「そしてお前は抜け目がない。わかった、つけておこう」


 「寮監(りょうかん)っ」


 先ほどから俺たちを迂回(うかい)して行ったり来たりしていた色々なパンダの一体が、様子を見計らった如く声をかけた。呼び名から推すに、朱白は従業員を監督する立場にあるらしい。


 「何だ」


 振り向く耳元で声を(ひそ)めて(ささや)くパンダ。みるみるうちに険しくなる表情。


 「手配できなかっただと? 今日は団体客が三つも入っているんだぞ」


 「ですがシーズン中なので、どこも入り用で出払っているとかで」


 折角内輪で始めたのに、寮監が大声で言うものだから、部下も通常音量で返す。


 「あの〜、もしかして、種付オスが足りないんですかあ?」


 もしかしなくてもゴンゴンである。俺はスルグの聴取書を思い出した。


 「あっ。済まない。あんた方のせいじゃないんだが、今日はたまたまお客が多くて」


 「僕、故郷で種付けしていたので、よかったらお手伝いしますよ」


 「おお、それはありがたい」


 朱白雌パンダの目が光った。脇に侍す部下パンダも、期待に満ちた表情に見える。


 「協力してくれれば、ひとり当たりの規定料金を支払う。その他に、お客からの心付けはそのまま収入にして構わない。一旦部屋へ案内した後、迎えをやる。業務手順を説明する。今晩だけでも、よろしく頼む」


 「いいですよ〜」


 そこで俺たちは、ヒヒンナと別れて部屋へ案内された。

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