六色戦隊パンダーズ
ホコヤ領へ入ったからといって、すぐに襲撃を喰らうことはなかった。街道を近付いてきたパンダたちは、たまたま一列に見えただけで、ばらばらに俺たちとすれ違っていった。
街道周辺の雑木林は徐々に減って、畑や民家がぼちぼち増えてきた。
道を歩くパンダやその他の動物も、視界から途切れない程度に行き来している。
地形的には平野が続いていて、歩きやすい。左手遠方に海があるはずだが、遠すぎて見えなかった。
海辺は大抵、崖になっていて、海抜数百メートルにもなるのが普通らしい。
宿に泊まる度に、少しずつゴンゴンから教わった。
スルグでは野宿が多かったが、ホコヤでは畑で野宿などしたら捕縛されかねず、宿へ泊まることが増えていた。スルグ県庁の威光は通じず、観光客価格で出費が嵩む。自然、持ち金は目減りする。
「オサカどころか、ホコヤまで持つかなあ」
時折、ゴンゴンが財布を見ながら呟くようになっていた。換金資源の発掘品は、小さな宿場町では売る先がない。
「買い食いが多すぎるからだ。名物なぞと銘打って売る物は、高いに決まっている」
ピンピンが一刀両断する。確かに、ゴンゴンは珍しい物に弱い。
スルグではその辺に生えている、大好物の笹が、ここでは見当たらないせいもある。虫や肉魚系の食べ物にはさほど興味を抱かない代わりに、果物や野菜系の看板に気付くと、とりあえず見に行く習慣がある。
そして店員のセールストークに乗せられて、うかうか買ってしまうのだ。これでも半分以上は、ピンピンが止めている。
「だってえ、初めて来たところだし、思い出が欲しいでしょ」
「通り過ぎるだけの場所で、食べたら消える物に、思い出はいらん」
それも言い過ぎとは思うが、出費が問題になるほどなのだから、致し方ない。どのみち俺は喋れないことになっている。
夕方近くなると、カアクローが降りてくる。
「ホコヤの中心に行ったら、エビ、エビリャ? を見なきゃいけないカア」
この烏も、ゴンゴンの出費に一役買っている。観光地やグルメ情報をやたらに吹き込むのだ。
「エビリャ?」
「なんでも、大きな魚みたいな形をしているらしい。嫁さんが、ホコヤへ行ったら、絶対見てきてって言ってたカア」
「食べられるの?」
「カア、それは言ってなかった」
カアクローは喋っている間、ゴンゴンの頭に止まっている。爪がさぞかし痛かろうに、毎度のことで慣れてしまったようだ。もはやゴンゴンも、逐一反応しない。
「その見せ物なら、ホコヤ県庁の目の前だぞ。襲撃の危険に晒される」
ピンピンが言う。オサカまでの道のりと、そこまでの地理情報が大体頭に入っているのだ。いちいち教えなかったのは、寄り道させないためだろう。
「どうせ近くまで行くんだから、遠くから見えればいいんじゃないの。どのくらいの大きさ?」
「カア? すごく大きいって聞いたカア」
「じゃあ、目の前に行かなくても見えるね。大体、県庁の真ん前で観光客を襲撃するような危ないことは、ホコヤもしないでしょ」
「普通に襲撃するとは限らないだろうに」
ピンピンの懸念はもっともだ。だが、ゴンゴンもカアクローも気にしていなかった。
小さな宿場町で泊まった翌日、街道を進んでいくと、看板が立っていた。
『この先サカス 一キロペートル』
キロペートル? 長さの単位らしい。キロが千の意味だったら、俺の感覚と同じで覚えやすいのだが。
「次の宿近いねえ。通り過ぎて先へ泊まろう」
「それがいい」
珍しくピンピンがゴンゴンの意見に賛成する。幸いに天気も良い。時間が早いせいか、行き交う動物もまばらだ。
カラフルパンダの集団が、視界に入ってきた。
黄緑白、黄白、橙白、臙脂白、茶白、紫白と全員違う色合いで、そこそこ広い街道の道幅いっぱいに広がるようにして、こちらへ向かってやってくる。
戦隊物の登場シーンを思わせるのが微笑ましいが、ここは公道で、俺たちが進む方向を塞ぐ形だ。
「団体さんかなあ」
ゴンゴンがのんびり言いながら、おもむろに道端へ寄った。ピンピンも端へ行く。
俺も二体のパンダに挟まれる位置で端へ移動した。俺たちの後ろからこちらへ向かう犬猫コンビは、警戒心が強いのか、随分遠くで立ち止まって様子を窺っている。
カラフルパンダ集団の列は、とうとう俺たちが待つ場所まで到達した。今度こそ、気のせいではない。
「おおっとう、危ねえな。よく見て歩けよ、このサル」
一番端にいた紫白パンダが、わざとらしくよろけてゴンゴンへ体当たりした。意外にもぶつかった方が跳ね返された。ゴンゴンは突っ立ったままだ。
「お、本当にサルがいやがるぜ」
「ここはパンダ様のお通りする道だ。サルどもはお呼びじゃねえよ」
「姉ちゃん、可愛いじゃねえか。俺たちと一緒に来るなら遊んでやるぜ」
「てめえ、ぶつかっておいて謝らねえとは、いい度胸じゃねえか」
「詫びを入れろ、詫びを」
あっという間にカラフルパンダに取り囲まれた。頭数では六対三。声を聞いた感じでは全員雄だ。色鮮やかな毛皮に囲まれて、辺りの気温が上がったように感じる。
「これ、警告されていたやつかなあ?」
ゴンゴンがのんびりとピンピンに尋ねる。一見ぼーっとしているようだが、無駄のない構えをしている。俺も武道経験者だから、できる奴は分かるのだ。
「いや。違うだろう」
ピンピンはそう答えつつも、油断がない。殺気すら感じて、味方の俺でさえ怖いと思う。
一方でカラフルパンダ集団は、余裕をかました態度でいる。こちらが、例えば土下座するのを待っている感じ。
「じゃあ、後攻なら問題ないね」
「殺さないよう気をつけろ」
「そりゃあ、君の方だろ」
期待した反応が一向に得られず、カラフルパンダたちは苛立ち始めた。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる」
「さっさと出すもの出せや、こら」
「姉ちゃんは、こっちへこい」
紫白パンダがゴンゴンの首へ手を伸ばすのと、黄白パンダがピンピンへ手を伸ばすのが同時だった。俺の両サイドが動いた。
「うわっ」
「ぐげえっ」
瞬きする間に、紫白パンダと黄白パンダが地面に這いつくばっていた。残った黄緑白、橙白、臙脂白、茶白が呆然とする。
「そっちから手を出してきたんだからね〜」
「私はお前たちと一緒に行く気はない」
「てめえらっ。こっちが下手に出れば調子に乗りやがって」
橙白が、焦りからか意味の通らない台詞を吐く。
残るカラフルパンダは、仲間のパンダを踏まないよう、少し足を引いた。無理に助け出そうとして、俯いたところで襲われるのを警戒している。
敵の目から視線を外さないのは本能からだ。
「謝るなら今のうちだ」
臙脂白の言葉に、ゴンゴンが小首を傾げる。こんな時でも、パンダだけに可愛らしく見える。
「どうぞ。今謝ったら、うん。許してもいい、かな?」
「ふざけるな。謝るのはてめえの方だろ」
「え。何で?」
「ふぎゅっ」
ゴンゴンの足元で紫白パンダが呻く。不毛な会話の横で、ピンピンは早くも黄白パンダを縛り上げていた。こちらは意識を失っている。
それにしても縄を持ち歩いていたとは。仲間のパンダ集団も気付いて後退る。その後方に、いつの間にか集まってきた野次馬、いや野次犬猫鼠などが見物をしていた。カラフルパンダのせいで、通れないのだ。
「あ、後で泣きついても許さねえからな」
「後悔させてやるぜ」
「変なサル連れ回しやがって」
「やっちまえ」
一斉に飛びかかってきた。ゴンゴンとピンピンにそれぞれ二体ずつ。俺には誰も来なかった。パンダじゃないから数に入らないようだ。
ゴンゴンは紫白パンダを一発殴って気絶させた分、出遅れた。と言っても、気絶したパンダを仲間の前へ盾に持ち上げたので、ダメージは全部仲間同士で受けていた。
ピンピンの動きは素早かった。パンダとは思えない身軽さで、黄白パンダを踏み台に飛び上がり、臙脂白に蹴りを入れつつ、勢いで橙白にも拳をぶち込んだ。
ご丁寧に仲間意識で固まって動いたのが仇になった。二体とも、土埃を上げて街道に倒れた。
員数外の俺は、パンダの意識に上らないよう、じりじりと黄白パンダの方向へ移動する。
ピンピンは後ろから黄緑白と茶白を攻撃しに行く。そちらの二体は、ゴンゴンを挟み撃ちにしようとして苦戦中だ。側にボロボロになった紫白パンダが転がっている。
黄白パンダを縛る縄を観察。思った通り、切っていない。縄の余りを手近な橙白の縛りに使う。まだ余る。
臙脂白が頭を振り振り起き上がる。手綱代わりのワイヤを飛ばしてぶん殴る。
「いでっ」
座ったまま半端に投げたせいで、威力が足りなかった。ゴンゴンとピンピンは黄緑白と茶白の相手だ。
奴らも敵の実力を薄々感じ取り、しかし仲間を見捨てかねて間合いをとっている。臙脂白がこちらを向く。
バレた。
「こん畜生がっ」
ある意味正しい罵声と共に、突っ込んでくる。
パンダは、如何に見た目がかわいくとも、熊だ。体重だって数百キログラムはある。
俺は、相手がこちらを向いた時点で立ち上がり、バリア代わりにワイヤを振り回していた。端が鼻先を掠る。
「うっ」
「セエエエェィッ」