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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
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人間コロニー *

 もう、数年前になる。ミハラの方で、人間の目撃情報があった。

 それまでに、畑が荒らされたり、ペットが攫われたり、蓄えた食料を盗まれたり、といった被害が断続的にあった。


 警察は、食い詰めた浮浪オス連中の仕業と考えて、捜査を進めていた。野獣の仕業(しわざ)にしては、無駄が少なかったからな。

 その後、目撃情報により、人間の犯行と判明した。通報を受けた警察は、自力では対処できないと、県に協力を求めてきた。


 シンシン様は、当時から県令としてスルグを治めていらした。そこで直ちに、調査に乗り出した。


 結果、ミハラの山奥に、人間の一大コロニーが確認された。

 老若男女総勢三十人弱。カラパン国として記録を取り始めて以来、最大だったそうだ。


 それほどの規模にも関わらず、これまで気付かれなかったのは、以前の活動域が我々の目が届かない北方だったから、と推測されている。

 そして群れが大きくなった結果、食料が足りなくなり、食料豊富な里まで降りて来て、遂に見つかったと言う訳だ。


 シンシン様は、人間を一体残らず捕獲するため、奴らの生活を観察することにした。

 もちろん、見つかって逃げられたら、一巻の終わりだ。少しでも距離を縮めるため、誰かを山の獣に変装させる案が出された。

 そして着ぐるみが数着作られ、私も役目を請け負うことになった。これが猿の()を使った最初だ。


 猿の皮と言っているが、材料は牛()だ。そのままでは獣に見えないから、羊毛を植えて毛足を長くした。

 そうして観察した人間どもの生活は、予想と異なっていた。


 群れが一つの社会として成り立っているように見えた。

 男は狩猟や採集に出かけるか、力仕事をし、女や老人は食料の保存加工、生活の切り盛り、乳幼児の世話、と仕事を分担していた。


 見た限り、言語は使っておらず、身振り手振りと簡単な発声でやり取りをしていたが、言葉が発生するのも時間の問題と思われた。

 自然石を道具として利用しているところも目撃した。これで火を扱うようになったら、他の野獣とは比べ物にならないほどの脅威になる。


 元々全数確保の予定ではあったが、観察の結果、一刻の猶予もないと結論された。場合によっては、全滅もやむを得ない、と方針が変わったのだ。


  作戦は、朝晩冷え込むようになった頃、コロニーの成員が揃う雨天の夜に決行された。

 人間どもは、自然にできた洞窟を左右に広げて生活拠点としていた。


 後日詳細に調査した結果、事前に観察した通り、裏口や抜け穴は発見されなかった。寒い時期は密集し、暑い時期は洞窟の外で、ある程度散らばって眠っていたのだ。


 シンシン様は自ら指揮を取り、県直属の警備と警察の合同隊と共にコロニーを取り囲んだ。直前まで、生け捕りに拘っておられたが、いざ戦闘が始まると、土台無理な話だったことが明白になった。


 奴らは、我々に気付くや否や、老若男女を問わず、手に手に得物を取って襲いかかってきたのだ。

 それこそ、まだ年端も行かぬ子供でさえも、辺りに転がる小石を握って、噛み付きながら手足を振り回すのだった。


 最初は子供を傷つけることに躊躇していたこちらも、下手をすると命に関わると感じてからは、人間かパンダの区別だけを見るようにしていた。


 最終的に生き残ったのは、自力で立つことのできない赤子が、二人だけだった。彼らは泣く以外の抵抗を示さなかったから、連れ帰って世話をしたのだが、食べ物が合わなかったのか、一年も経たぬうちに二人とも死んでしまった。



 確かに面白くない話だった。ただ、臨場感溢れる話ぶりだったら、俺も無表情ではいられなかっただろう。ピンピンの淡々さに感謝、である。


 「じゃあ、結果として全部退治したんだね」


 「そうだ。だから、そこの人間が、あのコロニーの生き残りとは考えられない。あの包囲を抜けた人間は、いない」


 視線が注がれるのを感じる。俺は気付かぬふりで卵の殻をいじり回す。貴重なカルシウム。何かに使えないか。


 「確かに、生き残りだったら、僕に(なつ)かないだろうね。僕たちが怖い、という感情が刷り込まれている筈だ。ただ、君達が観察を始める前に、群れを追われたり、はぐれたりした可能性は残るよ」


 「あるいは、湧いたか」


 一瞬、間が空く。


 「やだなあ、まだ疑っているんだ」


 ゴンゴンは芝居が上手い。ただの世間知らずなお調子者のお坊っちゃまと思っていたが、よくわからなくなってきた。


 「シンシン様が私をお前につけた理由は、それしかない」


 「やけに県令に肩入れするねえ。弱みでも握られてるとか」


 がた、と椅子が音を立てる。見上げたが、青白と赤白パンダは座ったままだ。


 「あのお方を悪く言うな」


 「あるいは、よほどの恩義を受けたとか」


 平然と言葉を継ぐゴンゴンの、面の皮が厚いことは間違いない。顔面も毛皮だし。


 「孤児の私を拾ってくださった」


 「じゃあ、君の技術も、拾われてから身につけた訳だ」


 「違っ、お前」


 パンダ同士の間に、見えない火花が散ったように見えた。

 何なに?

 気になる。この世界、武術を知っていると、まずいのか?


 ピンピンが立ち上がった。俺は荷物を背負い、いつでも逃げられる用意をする。ゴンゴンは座ったままだ。


 「帰るぞ」


 「そうだね。温泉でゆっくりしたいもんね」


 一触即発、と身構えていた俺は、拍子抜けした。

 宿へ戻ると、屋根から鳥が二羽舞い降りた。一羽はカアクロー、もう一羽はトンビである。

 もう、すっかり夜になっている。


 「中で話せるか?」


 トンビも当然のように喋った。温泉はまだ遠い。



 フロント前のロビーに、他の客はいなかった。カラスとトンビ、パンダ二体と俺が、角の一角を占領する。

 鳥がひょこひょこ歩き回っていても、慣れているのか従業員はスルーしていた。


 「カアクローから聞いたが、お前らホコヤで降りるつもりだったな?」


 自己紹介をすっ飛ばし偉そうに話すトンビは、声からして雌だった。隣でカアクローが縮こまっている。トンビの方が偉いには違いない。


 「受命の際、具体的な地名は仰らなかった。私はシンシン様の趣旨から推してオサカまでのつもりでいた。ホコヤまでとの指示を聞いたのは、カアクローからだ」


 「だって事務局長が」


 「お前を責めている訳ではない」


 言い訳を始めたカアクローをトンビが止めた。


 「事務方と県令の方針の違いはいつものことだ。本来ユンユン事務局長から指示を受けた後で、私に確認すべきだった。今回、時間がなかったのだから仕方がない。間に合ってよかった」


 シンシン県令とユンユン秘書兼事務局長は仲が悪いようだ。確かに、年若い上司にこき使われて不満そうではあった。


 「さて、改めて県令からの指示を伝える。ピンピンは、オサカまでゴンゴンと人間を護衛し、身柄を王宮に確実に引き継ぐこと。カアクローは連絡役として、各地の配置員へ都度(つど)報告すること」


 「承知した」


 「俺、長期出張はできないって言ったのに」


 「家にはこちらから伝えておく。報酬はもちろん、勤務評定も加算されるから、そのつもりで」


 「カア」


 「それから伝達事項が一つ」


 落ち込むカラスを見向きもせず、トンビは話を続けた。


 「この先、ホコヤ領内に入ると、我々の保護下から外れる。お前らは手続き上、私用の旅行ということになっている」


 「えっ、俺もカア?」


 「お前はちゃんと出張扱いになる。心配ない」


 いい加減だな。と思いつつ、俺は黙って立っている。早く温泉に入りたい。


 「お前、ホァンホァン様と連絡など取っていないだろ」


 トンビは、ゴンゴンに向き直って言った。

 実は、俺もそう睨んでいた。連絡手段を考えると、出立までの間に、それだけのやりとりをする時間がなかったからだ。


 「問い合わせたんですか? だから、説明したくなかったんですよ。内密に、というお話でしたのに、認める訳ないじゃないですか。どうしてくれるんです? 先生に怒られちゃうじゃないですか」


 ゴンゴンは認めるどころか、文句を言い返した。これが嘘だったら、詐欺師だ。トンビもたじろいだ。


 「問い合わせたのは、私ではない。文句なら県令に言ってくれ。ともかく、上層部ではお前はフリーで湧いた人間を連れている可能性が高い、という認識だ。しかも、ホコヤ方面にも情報が漏れているらしい」


 「それはスルグ県令の落ち度ですね」


 「シンシン様を悪く言うな」


 ピンピンがゴンゴンを睨む。鳥の目を気にしてか、それ以上のことはしない。


 「ピンピン、よく聞け」


 「はい。ピヒョタロー室長」


 「ぶげふぉっ」


 鳥とパンダから、視線の集中砲火を浴びた。俺はむせた振りを続け、体を後ろ向きによじって座り込んだ。

 頭の中で、ペンとパインとリンゴがぐるぐる回る。気を逸らせ。


 「疲れているみたいです。手短にお願いします」


 ゴンゴンがフォローする。


 「あまりに大人しくて存在を忘れていた。やはり人間には違いないな」


 ピヒョタローが勝手に納得して首を縦に振る。うわあ、笑いのスイッチが入ってしまった。気を逸らさねば。

 俺は腹を押さえ、うー、と低く呻く。


 「もしかしたら、ホコヤの手の者が襲撃するかもしれん。道中、十分に警戒せよ」


 パンダたちは、俺を無視して話を進めた。それで良い。助かった。

 何となく、人間として笑っては、まずいような気がしたのだ。前の世界で、犬や猫が人間のように笑う印象がなかったからである。この世界での人間の位置付けは、あちらの犬猫未満だった。


 「承知しました」


 「以上だ。お前達は先に行ってよし」


 「じゃ、お言葉に甘えて、お先に」


 ゴンゴンはさっと立ち上がると、ワイヤを軽く引いた。俺も立ち上がった。どうにか、笑いの神を立ち去らせることに成功した。

 ピンピンとカアクローを残し、俺たちは部屋へ行った。

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