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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第二章 二人三脚の巻
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ナマ湖畔温泉

 それからは平野をひたすら歩いた。ほどなく道の両側が木で覆われてしまったが、しばらくは背の低い草地が続いたので、左手遠くに海を見ることができた。


 俺のいた日本と繋がりがあるらしいこの世界で、海は記憶と変わらぬ姿をしていた。船や灯台、島影は見当たらない。


 「今夜も野宿ですカア」


 夕方近く、カアクローがゴンゴンの頭に着地した。本能的に払われる腕をかわし、再び降りた時には、ゴンゴンも諦めた。俺たちが歩き続けていて、止まる場所がないのだ。


 「宿が近くになければ、野宿だな」


 「では、決まりですカア」


 カアクローが飛び立つと、ゴンゴンは頭を押さえた。踏ん張る時、爪を立てられて痛いのだろう。

 俺は、今夜も野宿と知って気落ちした。干魚と果物を食べ尽くすと、人参しか食えない。


 岩塩がなかったら逃げ出していたかも。早く何処かで新たな食糧を仕入れるか、火の通った食べ物を手に入れたい。

 風呂にも入りたい。髭が順調に伸びて、水で洗っても顔が脂っぽく感じる。洗わぬ髪のせいで頭も慢性的に重い。


 「この辺から入るか」


 ピンピンに従って道を逸れる。広葉樹が多いのか、足元が落ち葉でかさかさ鳴る。思い返せば、黄色や赤に染まった葉が、両側に生えていた。その分、道を外れても見通せる。


 (もっと)も、街道に街灯もなければ、旅するこちらに灯りもない。それでもピンピンは、岩を見つけて陰になる場所へ寝床を定めた。


 「笹だぁ」


 (やぶ)に吸い寄せられるゴンゴン。その場に座り込んで直接食べ始めた。

 ピンピンも少し離れた場所へ行って、笹をむしる。俺の夕食は人参と岩塩だ。柿か葡萄(ぶどう)があればいいのに。


 ピンピンが水浴びしたかわからず、顔も洗えなかった。水を飲みたい。


 「水飲みたいなあ」


 ゴンゴンも言う。パンダだって喉は渇く。


 「歩きながら探す」


 ピンピンはにべもない。青白雌パンダは、ただのお役所職員ではない。武道経験者の俺にはわかる。

 だから、逃げようなどと考えなかった。ゴンゴンも俺の見立てでは、少しは戦える、筈だ。


 それで俺たちは二パンダ一人、空に一羽で旅を続けている。


 「あれだな」


 青白パンダの指す先に、休み処があった。例によって絵と文字の看板が掲げられている。表に長い腰掛けを据えてある。平地だが、峠の茶屋、と言ったところだ。


 「茶をくれ。それから携帯用の水を補充したい」


 「それぞれ一パーンだよ」


 緑白雌パンダが言うなり、手桶を出してきた。あの、墓参りで水をかけるのに使う、木桶。一パンダにつき一つである。俺の分はない。


 「水はこっちで入れるから、筒をよこしな」


 金を徴収しながら、茶屋のパンダが空いた手を出す。

 ゴンゴンは、俺の分の水筒も手渡した。水に一食分の料金は高いが、二本出しても同じ値段なら、まあいいか。

 桶の中を覗く。木のせいか、薄黄色い。


 「飲んでみる? 葉っぱの甘みが出て美味しいよ」


 店員が奥へ引っ込んだのを見すまして、ゴンゴンが桶を差し出す。水出し茶か。俺は頷いて、口をつけた。


 「うー」


 思わず、美味い、と言いそうになった。緑茶だった。乾いた体に染み渡る。

 全部飲み干したい気分だ。

 土台無理なので、木桶を返す。ピンピンが、横目で俺を観察していた。


 「言葉が通じるんだな」


 「んんー。このくらいなら、猿でもわかるでしょ」


 ゴンゴンは平気な顔だ。俺も努めて無表情を保った。頭の中では、茶葉を見つけたら食べようと思っていた。



 フジ山の位置から推測して、多分この辺りと踏んだ湖は、予想より随分と小さく見えた。


 「今夜は、ナマ湖畔の宿に泊まる」


 海までは遠く、山から流れ込む川により窪地に生じた新たな湖、ということのようだ。


 ナマ湖周辺は街として賑わっていた。ミカンとお茶の看板が目立つ。鰻やアサリは見当たらない。

 パンダが虫を食べるからといって、基本的に草食であるには違いない。


 「カア。久々にまともな飯が食える」


 カアクローがゴンゴンの頭に舞い降りた。


 「カラスも宿に泊まるの?」


 「天気にもよるけど、鳥用の部屋があれば泊まる時もあるカア。泊まれなくても、宿のある所なら美味い飯があるカアな」


 頭にカラスを乗せ、人間を連れた赤白パンダは結構な衆目を集めていた。

 ピンピンは、好奇の視線を物ともせず、美味しそうな飯屋を素通りして行く。


 街外れまで来て、一軒の宿屋に足を止めた。


 「ここか。じゃ、またな」


 カアクローが、ぱっと飛び立つ。宿代を払う気はなさそうだ。


 「いらっしゃい」


 藍白パンダが出迎える。女将のようだ。俺を見ても態度が変わらない。ここもスルグ警察や県庁の御用達か。

 各自で部屋をとる。俺はゴンゴンと一緒だ。


 「ここは温泉が出ますからね。ゆっくりお寛ぎください」


 温泉! 口元が緩むのを必死で耐えた。


 「ねえねえ。食事に出かけたいんだけど」


 部屋へ入りかけたピンピンが振り返る。出かけたくないという、無言の圧。


 「じゃあ、いってきまぁす」


 もはやその程度の圧には全く動じないゴンゴンが、俺のワイヤを引いて宿を出た。この世界の鍵といえばカンヌキなので、荷物を置いていく、という発想はない。


 宿を出てしばらく歩いた後、気配に振り返ると、ピンピンがついて来ていた。護衛だから、当然そうなる。

 ゴンゴンは知ってか知らずか、背後を一切気にせず街並みを眺めつつ、大通りを散策する。


 日は傾きつつあり、宿を求める旅パンダや、食事を外で賄う輩で通りがざわめいている。


 「ここで食べられるか、聞いてみようか」


 足を止めたのは、大きめの食事処だった。看板に温泉マークと鶏卵の絵がある。

 ペット連れの許可を得て、店に入った。店中の客から視線を集めつつ、案内された隅の席へ着く。

 ちゃんとピンピンの分も用意されていた。俺は床へ直座りだ。


 「ここ、温泉で温めた野菜とか卵があるんだねえ。頼んでみようか」


 いつか交わした、卵の会話を覚えていてくれたのだ。

 ゴンゴンは俺の分として、温卵と温馬鈴薯(ばれいしょ)を注文してくれた。メニューをチラ見すると、文字の隣に、いちいち可愛いイラストが入っていた。


 道理で、漢字苦手のゴンゴンでも、すらすら注文できる訳だ。ピンピンの目があるから、俺は手助けできない。


 「人間は、お前の言葉を理解しているようだな」


 注文した料理を待つ間、ピンピンが口を開いた。これまで必要最低限の言葉しか発しなかっただけに、どういう風の吹き回しか。つい顔を見上げてしまう。


 「牛羊鶏だって、飼い主とわかり合えるのだもの。同じでしょ」


 牛や羊、鶏は喋れないらしい。犬猫、馬やカラスは話せるのに、謎である。ペットだから喋れない? 喋れないからペットなのか。


 「凶暴な人間しか、見たことがなかった」


 「そういえば、前に人間狩したってシンシンさん言ってたね。ピンピンも参加したの?」


 さりげなく県令を名前呼びするゴンゴンに、ピンピンはもごもごと反発する。


 「シンシン様に失礼な。私があの皮を着て(おとり)になった」


 「へえ、凄いな」


 そこへ注文の品が運ばれてきた。俺の分は、床置きだ。

 卵、卵がある。手にとり早速、皿にぶつけて殻を割る。温泉卵かも、と思ったが、しっかりゆで卵になっていた。


 茹でじゃがは生っぽかったが、一応火は通っている。両手に持って交互に食べることとした。


 「囮になった時の話、聞きたいなあ」


 ゴンゴンの声が耳に入り、上を向くと、二匹のパンダに注目されていた。喋った覚えはない。殻を剥く動作が珍しかったのか。

 俺はせいぜいペットらしく、茹でじゃがに齧りついた。


 「大して面白くもない」


 「でも、この子がいた群れかもしれない。参考までに、教えてよ」


 ピンピンはみかんを丸ごと口に放り込み、咀嚼(そしゃく)して飲み下した。

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