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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第一章 一致百慮の巻
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異世界ウォークイン

 目の前にパンダがいた。

 パンダは中国語で大熊猫と書く。


 レアな白黒配置のせいで可愛いと認識されているが、要は熊である。大きさ、力の強さ、手足の爪、舐めてかかると危険だ。

 それに草食ということになっていても、元々は肉食で、体の仕組みもまだ完全草食化には至っていないらしい。

 油断大敵。


 しかも、このパンダ、白黒でなく赤白である。某百貨店で桜模様のパンダキャラが出たが、ああいう感じ。赤白だと攻撃的な印象を受ける。


 「俺、死んだのか。流行りの異世界転生ってやつか、これ」


 「知らない。生きていると思うよ」


 独り言に返事が来た。目の前のパンダが喋っている。吠え声ではなく、言葉が通じる。


 「まじか」


 「知らないって」


 後ろを向いてみる。俺は大学の帰り道、突然パンダに出くわしたのだ。通り魔に刺された記憶も、爆発に巻き込まれた記憶も、鉄板が落ちてきた記憶もない。

 普通に歩いていただけだ。


 俺の背後に道はなかった。少なくとも、俺の記憶にある世界は消えていた。前に向き直る間も、俺の周囲は赤白パンダのいる世界と繋がっていた。


 俺は前触れもなく異世界へ足を踏み入れ、取り残されたようだった。

 振り向いている間、パンダは殺さずに待っていてくれた。殺意があるようには見えない。しかし油断は禁物である。

 野生動物が食料の獲物を殺す時に、殺意はいらない。


 「お前は誰?」


 名前を聞かれた。殺すつもりはないようだ。俺の常識では、殺す相手にわざわざ名前を聞かない。


 「(そう)


 名前しか言わなかったのは、パンダだから簡単な方がいいという思い込みからだ。命の心配が消えた途端、根拠もなしに人間である俺の立場が上がった気になっていた。


 「ソウ、か。僕はゴンゴン」


 赤白パンダも名乗った。その後しばらく無言で対峙(たいじ)した。

 俺たちのいる場所は、竹林だった。いかにもパンダがいそうな場所だ。足元には笹が散らばり、(たけのこ)も覗く。


 「ゴンゴン。状況を説明して欲しいんだが」


 (らち)が明かんと思い、先に口を開いた。


 「説明」


 ゴンゴンが固まる。言葉を選んでいるかとしばし待つ。フリーズしたままだ。


 「俺の知識では、パンダは白黒しかいないし、喋らない。ただ道を歩いているうちに、突然違う世界へ来てしまったんだ。お前が俺を召喚したのか。ここはどこだ?」


 フリーズが解凍された。求められる回答が理解できたようだ。


 「たまに人間が降ってくる。普通の人間は言葉を話さない。でも、突然()()()人間は言葉が通じるし、便利だから高く売れる」


 「お前俺を売り飛ばす気か」


 いきなり奴隷の危機がやってきた。殺されるのも嫌だし、奴隷も嫌だ。逃げるか。しかし大熊猫相手に逃げ切れるか。


 「んんーどうしようかなあ」


 ゴンゴンは(ずる)そうな顔をした。元が愛くるしい顔立ちだけに、余計悪そうに見える。


 「正直言って、どこへ持っていけば売れるか、わかんないんだよね。下手に聞いたら、そいつに取られちゃうし。それに僕の夢を叶えるには、お前みたいな人間を持っていたら、いいと思うんだ」


 「どんな夢?」


 前にいた世界では、夢なんて、睡眠時の記憶か、妄想と同義でしか使われない。ゴンゴンの言う夢は、それとは違った響きを持っていた。


 「僕が、世界を変える」


 あっ、厨二病(ちゅうにびょう)だ。見た目年齢不詳だったけど、中身は厨二だ。肉体的にも年下か。でも力は俺より強そう。赤白でもパンダだものな。


 「無理だと思っているな。ソウ、お前がいればいける」


 俺の心を読み取ったみたいに、ゴンゴンが反応する。大体、さっきからまともに言葉が通じているのは、本当に喋っているのか。


 「お前、言葉話せる。人間にしては頭がいい。僕に協力しろ」


 だからあ〜。読心術みたいなやり方、怖いから止めてくれ。


 「俺を保護するなら、一緒にいてやってもいい。来たばかりで、この世界のこと全然わからないし、教えてくれれば俺も助かる」


 とりあえず元の世界へ戻る道はない。竹林の外がどうなっているのかは不明だ。俺としては、最初に出会ったのが、俺を殺す心配のない、この世界の住人という幸運を、最大限生かしたいところだ。


 「じゃあ、決まり。よろしく、ソウ」


 ゴンゴンは爪の出た熊の手を差し出した。俺はそっと手のひらを肉球に当てた。固い。



 「ソウ。その皮を全部脱げ。取れるんだろ?」


 竹林を進んでいくと、洞窟があった。ゴンゴンの家だった。干草を敷き詰めた床、岩むき出しの壁。文明的要素は、奥にある竹製の扉だけだった。

 それだって、ちょっと見には自然の竹が偶然重なった風だ。普通に、前の世界のパンダの巣、というイメージである。


 「なんで」


 要は服を脱げと言っている。注文の多い料理店、を思い出す。塩とかクリームを塗り出したら、確実に命の危機だ。


 「普通の人間は、()を持っていない」


 「ずっと裸でいなくちゃいけないのか。病気になっちまう」


 「そりゃ困る。何か探して持ってくる」


 ゴンゴンが竹扉の向こうへ消えた。扉の先を覗きたくとも、巨大な赤白が視界を塞いで、ちらりとも見えなかった。風が通らないせいか、湿気を感じる。上着代わりに羽織っていたシャツを脱いで畳む。


 「いやあああっ。人間!」


 女の声に振り向くと、桃白パンダが方向転換するところだった。奥の扉からゴンゴンが飛び出す。


 「待てっ‥‥全部脱いで隠しておけ」


 俺に向かって声を落として早口で言いおき、桃白パンダを追いかけて行った。

 洞窟に取り残された俺。脱げと言われても、代わりに着る物はない。


 奥を見る。扉は半開きだ。

 荷物を抱えて、奥へ首だけ突っ込んでみた。


 「何だこりゃ」


 中はかなり広かった。むしろこっちの方がメインだろう。ヤスリだのペンチだの、ドライバーだの、(つち)だの、スコップだの、工具や道具がずらりと壁に並んでいた。


 その壁はむき出しではなく、鉄板のようなもので曲がりなりにも覆われている。床に敷き詰めてあるのは、割った竹を紐で繋いだものだ。そうして整えられた部屋の中央に、山盛りとなっていたのは。


 「スマホ、だよな」


 もれなく画面がひび割れているスマホの残骸。自転車の骨組みの一部、ケーブル、というより電線? の一部、フェンスの一部、自動車タイヤのホイール部分、パソコンのモニターの一部、例によってひび割れている、などなど。


 思わずリュックからスマホを取り出す。予想通りどことも繋がっていない。使えるWi-Fiもなければ、衛星もない。

 アプリは表示されているけれども、使えるのは計算機とカメラ、オフラインゲームぐらいだろう。電池残量が終わればもう使えない。さして使い道も思いつかないまま、勿体なさに電源を落とす。


 ゴンゴンは代わりの服を探しにここへ入った。しかし、今見ても、それらしき物は見当たらない。

 金属やガラス製品ばかりである。山盛りの粗大ゴミ、レアメタル山と言えなくもない。

 壁に沿って、回り込んでみる。


 鎖と首輪があった。どちらも金属製。鎖の輪は、立ち入り防止に使えそうなぐらい太いし、首輪も大きめだ。

 山積みのジャンクが土埃(つちぼこり)で汚れているのに比べ、これだけ妙に金属光沢を放っている。

 すぐにでも使えそうだ。俺に。


 やっぱり奴隷として売られるのか。よし、逃げよう。

 決意を固めたところで、話し声が聞こえてきた。回り込んでみてわかった。出入り口は一つしかない。


 「ついてくるなって」


 「見せてくれたって、いいじゃん」


 ゴンゴンと、もう一匹。さっき俺を見て逃げた、桃白パンダに違いない。


 「まだ繋いでないんだ。危ないだろ」


 「おとなしいって言ったの、お兄ちゃんでしょ」


 「頭にしか毛が生えていなくて、気持ち悪いぞ」


 「でもさっきちらっと見た時は、体黒かった気がする」


 俺は急いで服を脱ぎ始めた。パンダ二頭をすり抜けて逃げるなんて、無茶の極みだ。

 ゴンゴンの言葉を思い出す。普通の人間は、裸ってことだ。会話の流れから、俺が異世界から来た人間とバレたらヤバイ気がした。


 ズボンが脱ぎにくい。靴も脱ぐ。脱いだ服を丸めてリュックと一緒に山の陰へ隠したところへ、ゴンゴンの赤い毛が見えた。危なかった。間一髪。


 「ああ、ここにいた」


 わざとらしく声を張り上げている。俺が裸なのを見て安心している。すぐ後ろから、桃白パンダが顔を覗かせた。 色合いのせいか、心なし可愛らしく見える。


 「本当だ。きも〜い。でも、頭と足の間と足の先だけ、毛が生えているんだね」


 前言撤回。生意気パンダだ。そして俺は、靴下を履いたままであることを思い出した。今更脱げない。


 「ね、触っていい?」


 「だめだ。危ない」


 俺だって嫌だ。


 「でも、おとなしいじゃん」


 桃白パンダは、ゴンゴンの脇をすり抜けて近寄ってきた。ヤバい。側まで来れば、脱いだ服やリュックが丸見えになる。


 「シャーッ!」


 「ひっ!」


 咄嗟(とっさ)に、怒った猫のイメージで声を上げた。四股(しこ)を踏むように足を広げ、両手は爪で掻きむしらんばかりに、五指全開で指先を曲げた。


 効果てき面だった。桃白パンダは、泡を食ってゴンゴンの後ろへ隠れた。


 「お兄ちゃん、こんな生き物飼えないよ。危なすぎ」


 「勝手に近寄るからだろ」


 と偉そうに言いつつ、こちらへ向けた目が不安げに揺れる。

 俺は元の姿勢に戻った。股の間がすーすーして、気恥ずかしい。パンダだって裸で条件は同じなのに、毛の量でこうも印象に差がつくとは、思いもしなかった。


 見れば、ゴンゴンは別の毛皮を抱えている。焦茶色一色だから、別の動物の毛皮だ。

 どの程度喋っていいのか加減がわからないから、手真似で、その毛皮よこせ、とやってみた。


 ゴンゴンはすぐに毛皮をこちらへ放った。芝居とも、本気で怖がっているとも見えた。

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