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雨猫

作者: 泉田清

 熱帯夜、暑くて目が覚める。エアコンは壊れてしまった。プーン。イヤな音が耳元でした。網戸を閉めていたのにカが紛れ込んだ。入らないよう気をつけていたのに。ワザワザ耳元で羽音をたてるのはイヤミというしかない。

 電気蚊取りを点ける。もちろん人体への影響は少ないはずだが、一晩中点けているのには抵抗があるのだった。スマホに目をやる。ネコを飼っている友人からメールが来ていた。画像付きで。何時ものペット自慢。社交辞令風のコメントをするのは明日にしよう。今はタヌキ寝入りするに限る。


 「ヒトみたいな顔してるな」ブサイクなしかめ面の画像にコメントすると友人は喜んだ。他に「元気そうで何より」、「毛並み良い」、「元気ハツラツ」、「イケメン(ネコ)」、のようなコメントを使いまわしている。しょっちゅう画像が送られてくるのだ。友人はもう飼いネコに洗脳されている、としかいいようがない。

 そんな友人が折に触れ話すアマネコの噂。「ぜひ一度お目にかかりたいね!幻のネコちゃんに!」友人ほどのネコ好きでも目にした事のない、アマネコ。それは全ての個体が青みがかった毛色であり、単色、ブチ、トラ模様と概ね通常のネコと変わりはない。不思議なのは写真や画像にその姿が映らない事である。妖怪の類かもしれない。インターネット上に通常のネコの姿は溢れているがアマネコはどこにもいない。幻といわれる所以である。


 「おはよう」、「オハヨウゴザイマス」。挨拶すると女性社員が機械的に返してくれた。彼女は若くて中々の美人である。が、婚期は遅れるだろう。何でもネコを三匹飼っているという噂だ。

 ペットを飼うと婚期が遅れる。とはよく言われるが、彼女はさらに多頭飼いである。他人の趣味についてどうこう言うつもりはない。この世にあってネコを三匹飼っている(!)のはステータスと言えるかもしれない。三匹並んだ画像を上げるだけでSNS上ではもてはやされるだろう。ネコを飼い始めれば彼女と仲良くなれるかもしれない、中年男の下心がムクリと持ち上がる。ネコと住むなんてまっぴらゴメンだが。


 仕事帰りに実家へ寄った。玄関を開けると、家の中がペットシーツだらけだ。何時もの事とはいえ思わず顔をしかめた。主に固定電話、冷蔵庫、タンスの周りなどに青いシートが敷かれている。これも一つのペットに占領された家、猫屋敷、といえるのかもしれない。

 実家の飼いネコは齢十五を超えた長寿である。それが先日、泌尿器科系の手術をした。三十万円をかけて。それ以降、「彼」はどこにでも尿を引っ掛けるようになってしまった。母に出された茶を飲んでいると「昨夜も走り回ってうるさくて」と「彼」の話ばかり。父は孫でも抱くように「彼」を膝に乗せ一緒にテレビを見ている。

「彼」が父から離れると、私の足元にやってきて「ニャア」一声鳴いて足の匂いを嗅いだ。単色の青みがかった毛色。「彼」こそがアマネコなのだった。

 「あれは土砂降りが止んだ後だったな」父は酔うと何時も「彼」との馴れ初めを話し出す。「ボンヤリ光る彼に出会ったんだ」。確かに「彼」は雨が降ると発光する。アマネコの特徴の一つである。そしてその話を聞く度、雨上がりには気をつけなければ、と気持ちを新たにするのだった。彼らの侵入を許してはいけない・・・

 

 深夜。冷たい夜の空気で目が覚めた。どうも雨が降ったようだ。涼しいのは結構だ。

 水を飲もうと台所に立った。冷蔵庫を開けると「ニャア」鳴き声がした。足元に、明かりに照らされたブチ模様の子猫が「ニャア」もう一度鳴いた。ドアの上り口には、単色の母猫がくすぐったそうな顔をして授乳中だ。とっくに姿を消した父親はきっとブチ模様に違いない。三匹のネコが我がアパートの一室で寛いでいる。ボンヤリ青く発光して。

 「ああ、しまった」思わず独り言ちた。よくみれば網戸の端が裂け、隙間が出来ている。これこそがアマネコの最大の徴、雨天時の彼らは僅かな隙間さえあればどこにでも侵入できる。実家でもあの土砂降りの夜、玄関の引き戸に小石が挟まっており、そこから侵入されたのだった。何てことだ・・・


 水を一口飲み気分を落ち着かせる。恐らくだが、アマネコは人の心の隙間に取り入る。四十を超えても独身の一人息子に対し両親は嫌気がさしたのだ。私が独り暮らしを始めて間もなくアマネコは実家に侵入した。今では私たちの関係はそれほど悪くはない。お互いハッキリは言わぬが「彼」の存命中は実家に戻れないと観測している。

 では我が心の隙間とは?思い当たるフシが多すぎる。私も飼わねばなるまい。最初から多頭飼いとは難易度が高すぎるが、まあいいだろう。若しかしたら職場の若い女性社員と仲良くなれるかもしれないではないか。こちらには幻のアマネコがいるのだ(三匹も!)。問題は私がネコアレルギーということだ。先行きは不安だ。


 足元にいた子猫も乳を飲み始めた。母猫は仰向けにならんばかりに身を反り、母としての幸せを貪っている。一塊になった青い発光体をボンヤリ眺めた。今飲んだばかりの水がジワリと汗になるのを感じながら。

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