8 第六階層
今後の予定が決まり、退室したあとのこと。
大量の資料を重く感じながらエレベーターへと向かう道すがら。
「トウカ。この後、時間あるか?」
「え? うん。暇だよ」
「よかった。ちょっと付き合ってくれ」
エレベーターに乗り込み、馴染みのある一階へ。
爪先を向けた方向にあるのは、冒険者専用のトレーニングルーム。
見掛けはカラオケの個室程度の広さだけど、中は魔法で空間が拡張されている。
作りも頑丈で魔法を放っても壊れず、仮に破損しても即座に修復される優れものだ。
「たぶん、トウカも同じだろうけど。俺、まともに魔法の練習をしたことがないんだ。いや出来たことがないってほうが正しいか」
「そう、だね。私も。すぐに体が冷えて練習を続けられなくなるからわかる」
「でも、今は違う」
俺にはトウカが、トウカには俺がいる。
「初めてまともに魔法の練習ができる。試験まであと三日。二人でがんばろう」
「うん。私、がんばる。二人で試験に合格しよう」
お互いに頷きあってトレーニングルームに火炎と冷気が舞う。
体温の限界に近づけば互いに触れ合って平熱に戻し、過去に類を見ないほどの長時間練習が可能となった。基本的なことすら難しかった俺たちに、この貴重な時間は色んな学びをもたらし、あっと言うまに三日が過ぎた。
「確認よし。準備オーケー」
「私も確認終わったよ。必要なものは全部雑嚢鞄の中」
「必要な知識は?」
「頭の中!」
「よーし、いつでも行けるな」
王伐隊への参加を賭けた試験当日。
冒険者組合の上階に位置するフロアの中心、魔法陣の前で準備も気持ちも整った。
「おっとそうだ。配信の予告をSNSに上げとかないと」
「私はもうしたよ。凄い反響だった。ほら」
「おぉ、こりゃ凄い。有名人じゃん」
「カガリくんもね」
配信予告を投稿すると一瞬にして物凄い数の反響が返ってくる。
こんな速度で数字が増えていく様子なんて見たことない。
「のんびりしてやがるな。準備は出来たのか?」
「あぁ、いつでも行けるぜ」
「なら、速くしろ。見たいドラマがあんだよ」
「録画は?」
「リアルタイム視聴派なんだよ、俺は」
そう言ってハバネは一足先に魔法陣の上に立ち、その姿を消した。
「このまま後に続かなかったらどうするんだろうな? あいつ」
「カガリくん?」
「言ってみただけだよ、言ってみただけ」
トウカの咎めるような視線から目を逸らして魔法陣へ。
「私、迷惑掛けちゃうかも……ううん、掛けると思う。でも、頑張るから」
「あぁ、今回は俺に任せとけ。トウカの分まで頑張るから。その変わり」
「うん。この次は私がカガリくんを支えるから」
「よし、行こう」
魔法陣が眩い光を放ち、その上に立つ俺たちを遠い場所へと運ぶ。
次に気がついた時、身震いするような寒さに襲われる。
魔法陣によって転移した先は木造のログハウス。
煉瓦で作られた暖炉には柔らかな光を放つ炎が灯っていた。
「来たな。俺はお前らとはそれとなく距離を取ってついて行く。ドローンの画角に俺を入れるな。ちらりとでも映ったら出演料取るからな」
「気を付けるよ。俺も無駄金払いたくないしな」
「ケッ」
ログハウスの扉に手を掛け、ガチャリと捻る。
押し開けると冷たい空気と共に雪が舞い込み、カーペットに染みた。
「ここが第六階層……」
「雪原か」
一面に広がる銀世界。
天井には真っ白な花が無数に咲き乱れ、花粉のように雪を降らせている。
身を切られるような寒さは、戦闘服に仕込んだ防寒着だけでは防ぎ切れない。
トウカは大丈夫かと目をやれば、映った表情は険しいもの。
「平気か?」
「大丈夫、まだ」
「無理するなよ、辛くなったら頼ってくれ」
「うん、その時になったらお願い」
現時点でもキツそうだ。
俺も第九階層に挑戦する時は覚悟しないと。
「じゃあ、配信を始めようか」
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