5 炎と氷
互いに魔法を発動し、火炎と冷気が発生。
その場に留まり、激しく燃え盛り、吹き荒ぶ。
これは他の冒険者への警告。
そして俺たちは留めていた魔法を解き放った。
解き放たれた火炎は草原を焦土に、冷気は凍土に換え、獣の行進を襲う。
「ぐっ」
今まで経験したことのない体温上昇に襲われ、一瞬にして全身が熱くなる。
デメリットを相殺し切れていない。
繋いだ手は平熱だが、肘から先はいつもと同じだ。
脳が茹だる。
このままだとすぐに意識が途切れてしまう。
「カガリ……くん」
白い吐息と、赤らんだ頬。
トウカと目が合い、意思が通じ合う。
「あぁ」
繋いだ手を解き、その手を互いの腰へと回す。
互いを抱き寄せ、密着し、接着面を増やす。
手の平だけで足りないのなら全身で。
果たしてこの選択は正しかった。
全身を支配していたデメリットの一切が、この一瞬で焼失する。
「これなら!」
未だに到達したことのない限界。
己自信の可能性を解き放ち、火炎と冷気はその姿を龍へと変える。
火龍と氷龍。二匹の龍が草原を駆け抜け、行進する魔物に牙を剥く。
肉も骨も灰燼に帰し、存在そのものを凍結させる。
二匹の龍がその役目を終えた時、行進していた魔物すべての命が尽きていた。
後に残ったのは赤熱する焦土と、時を止めたように停止した氷像のみ。
「やった?」
「やった、ね」
二人で魔物の行進を食い止めた。
「やった!」
「やった!」
喜びと達成感の洪水がこの胸に雪崩込み、感情のままに体が動く。
抱き締めたトウカを振り回すようにしてぐるぐると周り、大はしゃぎして終いには草原に倒れ込む。
トウカを上にして倒れた辺り、まだ思考は辛うじて巡っているみたいだ。
「はぁ……マジか。俺たちの魔法ってこんなに凄かったんだ」
「うん。カガリくんと出会わなかったら一生気付かなかったよ。ありがとう」
「礼を言うのはこっちのほう。お陰で夢が叶った」
魔物の地上進出を防げた、悲劇を一つ潰せた。
それだけでも冒険者になった甲斐がある。
今日ほど自分を誇らしく思ったことはない。
『すげぇえええええ!』
『やべえええええええ!』
『嘘だろ!?』
『凄すぎて草』
『火力イカレてて笑う』
『これマジでクイーン斃せるかも』
二人して起き上がり、改めて草原を貫いた魔法の痕を視界に収める。
凄まじい光景だ。今見ても自分たちがやったとは思えない。
でも、事実としてこれは俺たちの魔法で作り出したもの。
これだけの力が出せるなら、俺たちはもっと先に進めるはずだ。
「おいおいおい、これホントに? モンスターパレードが吹き飛んでるなんて」
ぼーっと、自らが作り出した後継を眺めていると後ろのほうで声がする。
「予定切り上げて急いで応援に来たってのに、出番なし? 冗談キツいぜ」
三十代半ばほどの男。
オールバックに少々の髭を生やした渋い印象の冒険者。
どこかで見覚えがあるような。
『リュウジじゃん!』
『有名人キタ!』
「あぁ! あの!」
このダンジョンは未だ攻略中であり、最奥にまで至っていない。
しかし、最前線で戦っているトップ層の冒険者たちによって日々最深部は更新されている。
彼、リュウジはその最前線に経つ冒険者の一人だった。
「俺のこと知ってる? 嬉しいねぇ。にしても、これまた凄いことになってるね」
俺たちの隣りに立ち、草原に刻まれた二筋の魔法の傷跡をリュウジさんは眺めた。
「第二階層付近とはいえ、のべ数百はいた魔物を一撃で全滅させるなんて。俺の知り合いにもこれが出来る奴は多くない。そしてキミ達はまだ発展途上と来てる。頼もしいねぇ、若い世代ってのは」
俺もまだそんな歳じゃないけどね。と付け加えて、リュウジさんは戦闘服の懐から名刺を取り出した。
「俺からの推薦状だよ、これを冒険者組合の受け付けに見せればスイートルームに案内してくれる」
「それって……」
『スカウトってコト!?』
「リスナーくんの言う通り。冒険者の本分は魔物の封じ込め及び、ダンジョン最奥にいるクイーンの討伐だ。強い冒険者はいくら居てもいい。キミたちを冒険者組合お抱えの精鋭部隊、王伐隊にスカウトしよう。名刺、受け取ってくれる?」
差し出された二枚の名刺。
俺たちは互いに顔を見合わせると、同時に手を伸ばした。
「受けます」
「私たちが力になれるなら」
名刺を受け取り、目を落とす。
なんてことない普通の名刺。
なのに、俺たちの人生を一変させるほどの影響力を持っている。
羽根のように軽い長方形の紙が、なんだかとても重く感じた。
「さーてと、出番もなさそうだし、俺はこの辺で。また会おう、二人とも」
「あ、はい」
「お、お疲れ様です」
背中越しに手を振ってリュウジさんは第二階層を後にした。
その背中を見送って、それから高ぶった気持ちを落ちつけるように大きく息を吐く。
「昨日まで……本当なら今日も、第一階層を延々と彷徨っていたのに」
「たった一日で、こんなことになるなんて」
正直なところ実感が湧かない。
本当にこれが現実なのか、疑いたくなる。
堰を切ったかのように停滞していた現状が激流となって動き出した。
付いていけなくもなる。
『やーば』
『カガリ! 同接見ろ!』
『凄いことになってる!』
「え? なに? 同接?」
我に返って同時接続者数を確認してみると見慣れない数字が目に飛び込んでくる。
「一、十、百、千、万……同接一万!? あ、二万になった」
「私の配信も二万人になってる」
「嘘だろ、なんだこれ!?」
「あ、三万になっちゃった」
見たことのない速度で同接の数字が増えていく。
俺たちは再び顔を見合わせ、お互いの頬を引っ張り合う。
「痛いってことは」
「現実、だよね」
今日という日を境に人生が一変する。
俺はこの日を生涯、忘れないだろう。
そう思わずには居られなかった。
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