4 モンスターパレード
「風が気持ちいいな。第一階層はほぼ無風だし、光を浴びられるなんて最高!」
「嫌な臭いもしないね。生臭かったり、獣臭かったりしたけど、ここは全然そんなことない」
「じめっとしてなくて湿度もちょうどいい。はぁー、ここが第二階層か。ようやく辿り着いたぞ!」
大の字になって寝転がって視界いっぱいに空色の天井を映す。
草原を走る風の音を耳にしながら、視界を横切っていく鳥の魔物を目で追い掛ける。
いま、胸の中は達成感でいっぱいだった。
「カガリくんのお陰だね」
「俺の?」
トウカが隣りに腰掛ける音がする。
「カガリくんが私を見付けてくれたから、第二階層まで来られたんだよ」
「ちょっと違うな。ここに来られたのは二人の力があったからだ。感謝してるよ、トウカ」
「……私も、ありがとう。カガリくん」
『いちゃいちゃしやがって!』
『魔物! ここだ! 速く来い!』
『いい雰囲気をぶち壊せ!』
「もう壊れてるよ、お陰様でな! はぁー! もう」
上体を起こして膝に手を置き、視線を地平線に置く。
今のところ魔物の姿は見えない。
「目的は達成したけどもうちょっと見て回りたいよな? 第二階層」
「うん。ちょっとその辺りを歩いてみよっか」
「よし、行くか」
草原の上を二人して歩く。
地上にも草原はあるし、ここが特別変わっているというわけでもない。
けれど、足を進めるだけで楽しく思えてしまう。
「のどかだな。何かしらが起こって地上に住めなくなったらダンジョンの中に住むのもありかも」
「ここなら広いし、牧場も作れそう」
『言うてダンジョンに住めるか?』
『ネット環境と宅配があればどこでも住める』
『どうせ家から出ないからダンジョンだろうが関係ないぞ』
『居住地がダンジョンになっても配信する?』
「さぁ、どうだろ。配信するとしたら今度は地上を目指してるだろうな」
今度は地上を取り戻すために。
「あれ? 私のリスナーがざわついてる」
『謝ったほうがいいぞ、カガリ』
「なんもしてねぇって。いや、したか?」
「ううん、そうじゃなくて。ドローンが遠くで何かを映したって」
「遠く?」
視線を遠くへと向けてみる。
別段、取り上げてなにかあるわけじゃない。
生い茂る草原、大地の起伏、地平線で蠢く何か。
「なんだ?」
景色の中に見た異物に釘付けになる。
草原を踏み荒らし、互いを貪り食い、血の跡を残す、数多の魔物。
「獣の行進!」
「そんなッ!?」
数多の魔物が一斉にダンジョンの外、地上を目指す現象。
ダンジョンにいる魔物は地上を目指すよう本能に刻まれている。
それが何かの拍子に刺激されると、このような大規模な行進に繋がるという。
「他に冒険者は!?」
「いるよ! いる、けど……」
モンスターパレードに向かって攻撃を仕掛けている冒険者が何人かいる。
『全然、止まらない』
『やばい、やばくない?』
『数減ってるのか? これ』
『俺たちも避難したほうがいいんじゃ』
冒険者たちの攻撃はいずれも表層を削るのみで行進自体を止めることは出来ていない。
当然だ、ここは第二階層。駆け出しの新人か、俺たちのような事情を抱えた冒険者しかいない。そんな冒険者に数百はいる魔物の行進を止めろだなんて荷が重すぎる。
でも、それでも。
「トウカ。頼む、手伝ってくれ」
それでもあの行進を地上まで続けさせるわけにはいかない。
『逃げたほうがいい!』
『止めとけ、カガリ!』
『誰も責めやしない! 逃げてくれ!』
『いつもみたいに冗談で言ってるんじゃないんだぞ!』
「ダメだ!」
もう二度と、十年前と同じことは繰り返させない。
そのために俺は冒険者になったんだ。
「これは個人的な思いだ。トウカを巻き込みたくはないけど、俺一人じゃ出来ることに限界がある。全部とは言わない、でも少しでも数を削りたいんだ。頼む、力を貸してくれ」
頭を下げて、懇願する。
あの数だ、断れてもしようがない。
そう覚悟をしていたけれど。
「いいよ、カガリくんと一緒に行く」
「いいのか!?」
「私もあの魔物たちを地上に出したくない。そのために冒険者になったんだもん」
そうだ。
冒険者なら皆、同じ思いを抱えている。
この気持ちは俺だけのものじゃない。
「行こう」
「うん」
モンスターズパレードに向けて駆ける。
『マジか、マジでやるんか』
『無謀だろ』
『いや、ここで止めてもらわないとマジでヤバい』
『避難の準備しといたほうがいい奴?』
『誰か冒険者組合に通報した?』
『してる。というか他の冒険者のリスナーがすでにしてた。この配信も確認してるっぽい』
『ナイス』
『応援が来るにしても第二階層で止めとかないと不味いぞ。第一階層は迷路で魔物がバラけるから殲滅が難しくなる』
『結局、この場にいる面子に頑張ってもらうしかないんか』
『でも実際、この二人でなにすんの?』
俺の魔法にはデメリットが生じる。
火炎を放つたびに深刻な体温上昇が発生し、長く魔法を発動できない。
だけどその代わりなのか、魔法の威力に関してだけは他の冒険者の魔法よりずば抜けて高い。しかも俺は魔法によるデメリットによって限界値を自分自身でも把握できていない。
俺と同質の魔法を持つトウカも恐らくはそう。
デメリットを相殺し、魔法が持つポテンシャルを最大まで引き出せれば、あるいは行進をここに止めることくらいは出来るかも知れない。
「考えていることは同じかな?」
「たぶんな」
以心伝心でもするように、トウカと通じ合う。
同質のデメリットを持つ者同士、考えることは同じか。
「全力全開で行こう!」
「地上には行かせない!」
片手を魔物たちへと向け、残った手を繋いだ。
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