3 第二階層
「おっと、たしかこの先は水没エリアだったか。迂回しないと」
「大丈夫! 平気だよ」
「平気? あ、そっか!」
「うん。橋渡し、してあげる」
『氷橋か』
『有能』
『間違えて溶かすなよ』
水没エリアに広がる水面、細波が立つ向こうに第二階層へと続く通路が口を開けている。
通常は泳いでいくしか向こうの通路にたどり着けないが、トウカの魔法がそれを解決してくれた。
あたかも色を塗り替えるように水面が凍て付いて足場となる。
強度も安定していてトウカはぴょんと跳んで氷面に着地した。
「大丈夫? 落ちたりしない?」
「大丈夫!」
白い息を吐いて、赤らんだ顔が笑みを作る。
ここはトウカを信じることにして、おっかなびっくりに片足を下ろす。
強めに何度か踏んでみて、信用に足る強度があるのを確かめ、両足を下ろした。
「おお、凄い。ちゃんと立てる」
『底抜けろ!』
『内緒だけどここ水に落ちるところだよ』
『落ちるなよ! 絶対落ちるなよ!』
「どんだけ俺を落としたいんだお前ら!」
リスナーの思惑通りになるのは癪なので必要以上に気を遣って氷面を歩く。
足を滑らせて転んだりしたら笑い者だ、特に足下の凹凸に気を付けながら渡り切った。
『はぁ……』
『あのさぁ』
『取れ高って言葉知ってる?』
『ここで転べないからいつまで経っても配信が伸びないんだぞ』
「お前らなぁ!」
「ふっ、ふふっ、カガリくんのリスナー面白いね」
「あー、ダメダメ。そんなこと言っちゃ――」
『そうだぞ』
『どうも、面白いリスナーです』
『生まれて初めて褒められました、座右の銘にします』
『鍛えてますから』
『結婚する?』
『わかってんじゃん』
『誰やと思ってんねん。リスナー様やぞ』
『このくらい朝飯前よ』
「ほら、すぐ調子に乗るんだから」
「ふふっ、ふふふっ」
続々とコメントが読み上げられ、調子に乗ったリスナーが饒舌になっていく。
それが新鮮で面白いのか、トウカはしばらく笑いが止まらなかった。
「トウカのリスナーが羨ましいよ、割と本気で」
「カガリくんのリスナーに比べたら大人しいかもね」
「落ち着いてていいよ」
トウカの配信では読み上げ機能は使っていないみたいだ。
まぁ、時と場合によっては本当に邪魔になることもあるし、その判断もわかる。
俺もそういう時のために読み上げ機能を遠隔で切る手段を用意してるし。
「へぇ、ここに出るのか。ということは」
氷面を越えて進むと見知った通路と合流する。
「あぁ、やっぱり」
「ここ、いつも植物が邪魔で通れないところ? あ、もしかして」
「そ。切ってもすぐに生えてくるけど、燃やせば多少は遅らせられる」
放った火炎が植物を焼き尽くし灰に返る。
塞いでいたものが取り除かれ、通路が開通した。
「走れ走れ! 閉じ込められるぞ!」
「わー!」
炎の余波が残る暑苦しい通路を掛けると、後を追い掛けるように植物の蔓が再生する。
追い付かれないように駆けて通路を抜けると、植物は再び自らの住処に蓋をした。
「ふぅ……今日も逃げ切った」
「あははっ、追い付かれちゃうかと思った」
「トウカ」
「ん? あ、うん」
伸ばした手をトウカは掴む。
お互いに生じたデメリットが手の内で相殺され、上がっていた体温が平熱へと戻る。
デメリットで上がった体温は呪いのように中々下がらない。
水風呂に入れば多少は速くなるけれど、トウカと手を繋いだ時ほどじゃない。
正直、比べものにもならないくらいだ。
「本当に凄いな。これなら他の冒険者みたいに」
「うん。長く長くダンジョンに居られるね」
目と目が合い、頷き合う。
この出会いは運命なのかも知れない。
そんなことを思ってしまうほどに、俺たちの相性は完璧だった。
そして、時折現れる魔物と交戦し、体温を平熱に戻しながら進むこと暫く。
ついに念願の時がくる。
「おお」
「わぁ」
第一階層を抜けて第二階層へ。
降り立った大地は、第一階層とはまるで別物。
風の軌跡を知らせる青い草原が広がり、隔てるものはなにもない。
天井は高く空色に染まり、光りを放つ鉱石が一つ生えている。
それはここがダンジョンの中だという明確な事実を霞ませるほど外だった。
「リスナー見てるか? やったぞ、俺たち」
『おめでとう』
『素直に感動してる』
『俺たちはこれが見たかったんだよ!』
『第一部完!』
『カガリ先生の次回作にご期待ください!』
「勝手に最終回にするな! まだ続く!」
『俺たちの戦いはこれからだ!』
「打ち切られてんじゃねぇかよ!」
折角の感動が台無しになった。
度々、コメント出来なくしてやろうかと本気で悩む時がある。
まぁ、そんなことは流石にしないし、出来ないんだけど。
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