第4話 最上京の日常
翌朝、手元にある目覚まし時計がアラームを鳴らす6時丁度より数分前に俺は起床した。
リビングに向かうとソファにはおそらくいつも通り遅くまで残業して疲れきっている母さんがぐったりと寝ていた。
俺は母さんにブランケットかける。グォーっといびきまでたてて、あまりの豪快さにクスッと笑ってしまう。
昔、俺もバイトをして少しでも家計の助けになれるなら、と母さんに提案したことがあるが即座に却下された。
『自分から進んでバイトをしたいなら是非しなさい。でも、誰かの為を思って働くのはまだでいい。それに京には凛の世話も家事全般も任せきってるからお母さんの立つ瀬が無いわ』
と、母さんらしさ全開に押し負けた俺は抵抗せずに母さんの言葉を尊重した。
そんな母さんを傍目に掃除、炊事に勤しむ。この生活に慣れたのは父さんが亡くなってから一年弱の頃だったか。
あの時は凛は赤子で瑠璃はずっと俺から離れなかったな。
兄バカだが2人は昔は昔で幼さ故の可愛さを、今は今で綺麗に成長したと自負している。
懐かしんでいると丁度件の妹の瑠璃が目を覚ましたようだ。
「......おはよ、兄貴」
反抗期でも毎日挨拶は交わしてくれる純粋さに俺も笑顔で、おはよう、と返す。
「朝ご飯作ったから顔洗ってきな」
「......うん」
瑠璃は肩までの髪をボサボサにして目を擦りながらも、小さく頷く。普段からここまで素直なら楽なのだろうが、俺にとってはどちらも良い妹である。
7時を過ぎた辺りで凛を起こす。
この家の女性陣は総じて寝起きが良くないようだ。多少無理やりでも洗面台へ連れて行き、顔を洗う。すると途端にシャキッと目が覚め、うるさいくらいに元気になる。
「お兄ちゃんおはよ!」
「はい、おはよう」
諸々の用意を終わらせると一人寝たままの母さんの為に料理にラップをして今日は凛を保育園に連れてから俺も高校へ向かう。
家からそこまで遠くないのが俺からするととても便利な桜山高校である。
教室に入ると何人かの女子が「最上君おはよう!」っと挨拶をしてくるのにしっかりと返事をする。人から好かれるのは嬉しい限りだ。
俺の席の横には昨日とは違い、先客が居た。
「おはよう、ミア」
「おはようございます、京君」
未だミアの席の周りには数名のクラスメイトがいるものの、昨日と比べては随分と減っていた。
暫くして、朝礼が始まる。
「おはようございます。今日は連絡......特にありません。あっ、体育がありますが、テイラーさんは体操服貰いました?」
「はい、大丈夫です」
先生が気を利かしてミアの持ち物チェックをした。今日は2年になって初めての体育なのでおそらく何かの測定があるだろう。
「今日は教科書は大丈夫か?」
「しっかりと今朝貰いました。昨日はありがとうございます。......色々と」
最初は教科書に対してだけの礼だったのが、顔を赤らめているのは学校後の話だろう。
「あれぐらいどうってことないよ」
情けなくも床に転んだミアの姿が脳裏に浮かんでしまい、クスッと笑ってしまう。
それを見兼ねてか、少々膨れた様子である。
昨日一日皆が触れ合ったお淑やかで大人びたミアとはイメージが違うものも俺だけはしっくりきた。
「もう、昨日の事は内緒にしてくださいよ?」
「もちろん分かってる。でも、思い出したら面白くて」
「止めて下さい......恥ずかしい」
ミアを揶揄うと頬は染まったまま顔がしかめった。しかし、美人はいかなる表情も美人でたる。
そこまで大きな声で会話をしていた訳でもないのに、いくつかの視線を集めていた。
男子のはミアに、女子のは俺にというのは明白ではあるが、少々息が詰まる。
順調に午前の授業が終わり、幼なじみの楓と瞬で食堂へ向かう。
俺が頼むのは去年から基本的に日替わり定食だ。安い上にかなりの量があるので、食べ盛りにとってこれ以上は無い。
「今朝、やけに仲良かったよな京とミアちゃん」
「そうそう、私も思った」
何気ない瞬の言葉に楓が間髪入れずに同調してくる。
「そうか? 普通だと思うが」
昨日はミアと色々あったが、別段仲良さそうにした覚えはない。ただただちょっとした会話を交わしただけである。
「なんか、雰囲気というか.....」
「長く隣に居たからこそ分かる違いみたいな感じ......?」
瞬と楓が仲良く首を傾げているが、本当に首を傾げたいのはこちら側である。
「......京ってさ、ある種受動的な行動が多いと思うんだよ」
ウンウンと唸りながら考えていた瞬がいきなり語り始める。
「悪いことじゃないんだが、頼られたら応える。皆の理想になってくれるというか......」
「そうそう、それこそ今朝は昔の京みたいな感じがした気がしたのよ」
瞬の発言に楓が乗っかる。
俺も瞬や楓言わんとすることは理解できる。
それこそ昔とは性格というか、生活が違うのは本人が一番身に染みている。
だからといって、ミアに対してだけ特別扱いするように意識したことはない。むしろ、幼なじみの二人に対しては昔ながらの接し方に徹底している。
「......勘違いじゃないか?ミアはただの転入生ならまだしも出身は海外だ。俺から話すのは当然だろ。それが昔に見えたのかもな」
俺は頑なに否定した。昔の自分と比べられることに嫌悪感など抱いていない。ただ、なんとなく否定はしたかった。
教室へ戻ると、ミアは珍しく一人で昨日よりも一目花びらが減った桜を眺めていた。
その視線に気付き、クルっとこちらへ振り返り、どうしたんですか、と言わんばかりの顔をしていた。
俺はいつものように話す。
「ここから見える桜、綺麗だよな」
「はい、幻想的で見惚れてしまいます。......散ってしまうのが少し寂しいですが」
儚げに言ったミアの目尻は少し下がっていた。
「来年にはまたやって来るから安心しろ」
「......ふふ、そうですね」
いとも簡単に桜よりも美しい微笑みを向けてくる。
そんな表情を作ってあげれたことに俺はどこか安堵していた。
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また、本日9時、12時、18時に次話投稿予定ですので、お読みいただけたら幸いです