第1話 引っ越してきた隣人
「なんで日本に来たの?」
「色々とありますが、一番は両親、特に父が日本好きなんです」
「日本語上手いね!」
「昔から日本語に触れる機会が多かったので」
「どこ出身?」
「イギリスです。とてもいい所ですよ」
「ミアちゃんって呼んでいい?」
「ええ、もちろん。私も皆さんのことファーストネームで呼びたいですから」
ミアの席の周りにはほとんどの生徒が寄って、質問攻めにしていた。少し可哀想に思えたが、本人は乗り気で返事をしている。
そんな様子を少し離れた位置で俺は眺めていた。
俺がいるだけで更に面倒なことになるのは間違いないからだ。
「ミアちゃん、大人気だね〜」
「だって可愛いもん!」
注目の的であるミアに寄らずに俺の方へ集まってくる物好きがいたようだ。しかも二人。
「ねえ、京もそう思うでしょ?」
今質問してきたのは幼馴染の五月原 楓。
彼女は明るく人懐っこい性格のため友人が多くいる。
「俺も京はあんな美人ならさすがに惚れるんじゃないかと疑ってる」
こちらも同じく幼馴染の七海 瞬。
彼は先生も手を焼くほどのお調子者であり、去年一度停学処分を受けそうになったのをなんとか止めたのはもう懐かしい話である。
「俺もテイラーさんは美人だと思うぞ。ただ、惚れる惚れないは別の話だろう」
ありのままの事実を述べる。
すると瞬が呆れた様にため息を吐く。
「......京はホント、恋愛に興味無いよなぁ」
もちろん、俺も人を好きになったことが無いわけではない。ただ、色々な事情によりお付き合いをした経験もなかった。
間もなくして授業が始まった。
集中するため気合いを入れると、トントンと左から肩を叩かれた。
「私、まだ教科書無いので見せて貰えますか?」
困っていたら助けてあげる、先程先生もそう言っていたことだ。
「良いよ、テイラーさん」
席一つ分程空いていた机の間をくっつける。
「私のことはミアって呼んでください」
「......じゃあ、ミア。俺のことも京でいいよ」
「はい!京君......ですね」
白い頬をピンク色にして微笑む。
俺も反射的に笑顔を返す。
その他は概ね特に問題がなかった。
成績優秀な俺にとって、二年生になっても授業に対する余裕はあり、一般的に皆が苦手にする数学も楽々解けていた。
そして、彼女も同様に。
「──テイラーさん。この問題、解いてみてください」
当初、数学の先生に対して慣れていない生徒に厳しいなと顰め面を向けたが、不要に終わった。
ミアは顔色一つ変えずに丁寧で綺麗な字を淡々と黒板に解答を書き込んでいた。
生徒も「おぉー」と感嘆の声を上げている。
ミアは勉学の点でも皆を惹き付けていた。
結局、その他に会話することはなかった、というより出来なかった。
休み時間には大抵、質問攻めが起きていたためだ。
「今日は色々とありがとうございました。また、明日」
「ああ、また明日」
軽く挨拶を済ますと、既に他生徒に絡まれていた。高校入学時の俺を思い出させる。
俺の場合は用事があるため、一緒に帰って遊ぶなんて事は出来なかったが。
「京も帰るのか?」
「うん、凛を迎えに行く」
「お前も大変だなぁ」
瞬が不憫そうに俺を見つめるが、俺は別に大変だと思ったことは無い。
俺が役目を果たせていること、母さんを少しでも助けられていることの嬉しさが勝っていた。
桜山高校を出て向かう先は5歳の妹──最上 凛が待つ保育園だ。いつもの場所にいるのを発見する。
「凛、迎えに来たよ」
「お兄ちゃん!」
俺の胸に飛び込んで来るのを抱き上げる。
無邪気に笑顔は疲労なんて簡単に吹き飛ばしてくれた。
自宅のあるマンションへと二人並んで手を繋いで歩く。
「お兄ちゃん凛ね、外国人のお姉さん見たの!」
今時、街を歩けば外国人なんてすぐに見当たるが、凛にとっては珍しい出来事に分類されるのだろう。
「お兄ちゃんも今日凄い人に出会ったぞ〜」
喋っていると気づけばマンションに着いていた。自分の部屋のポストに何も無い事を確認する。
ふと、隣りのポストがやけに綺麗に掃除されているのが見えた。誰かが引っ越して来たのだろうか、挨拶だけはしておこう。
自宅には現在中学2年生の妹──最上 瑠璃が私服でソファに寛いでいた。
「ただいま瑠璃。買い物行ってきてくれて助かる」
テーブルの上にはスーパーの袋がいくつか置いてある。
「別に、頼まれたから行っただけ」
瑠璃はこちらにピクリとも向かず、素っ気ない返事をする。絶賛思春期なのだから反抗するのは当然だろう。むしろ中学に上がる手前まで俺にベッタリだったことの方が異常だったのだ。
「それでも、ありがとう」
穏やかに返す。瑠璃も本音は優しく良い子だ。いつか素直になってくれるだろう。
買い物袋の中身の整理を終え、早速夕食作りに取り掛かる。気になる凛はテレビに夢中で安心した。
「そういえば、お隣さん誰か入ったみたいだな」
「4月なんだし、おかしくはないでしょ」
「まあ、そうだな。後で挨拶に行ってくるよ」
夕食をあらかた作り終えた俺は身なりを少し整え、挨拶をするためチャイムを押そうとしたその時──
──ガラガラガッシャン!
と大きな音が響く。どうやら俺の訪問先の部屋のようだ。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟にドアノブに手を掛ける。どうやら、鍵をかけてはいないようだ。
「入りますよ!」
何かあってはいけないと思い、勢いよく玄関を開ける。見えた光景は床に転がるいくつかの日用品と尻もちをついたままのブロンドの髪をした綺麗な女性の姿。
「待っ──」
お互い目を見つめ合ったまま、固まる。
何故ならば、鈍臭そうに尻もちをついている彼女は紛れもなくミア・テイラーだったからだ。
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本日12時、18時に次話投稿させて頂きますので、お読みいただけたら幸いです