姐さんと後輩
「おえーー!!」
なんと気分の悪い朝だろう。昨日、酒を飲みすぎたせいで気分は最悪だった。我慢できなくなったイチカは、キッチンシンクに腹の中のものをぶちまけていた。
それはまさに地獄絵図
すぐに水道を捻り、それを流した。
それから、近くにあったコップに水を満杯に汲み、一気にゴクゴク飲み干した。
少し、気分が楽になった気がする。
十九歳になっても、このような、だらしのない生活をしているイチカだった。
それにしても、暑い日が続き過ぎではないだろうか。数日後には干からびて死んでしまうんじゃないかと、イチカは冗談じみたことを思っていた。
イチカの住む部屋には、残念ながらクーラーは無く、扇風機一台しかない。
眠ってしまえば、暑さも感じないと知っていたから座敷の上に敷いてある布団に戻ろうとした時、つい、ため息がでてしまった。
昨日の夜に飲んだビールやチューハイの缶、おつまみとして食べたスナック菓子の残りが、布団の周りに散乱していた。
綺麗に片付けなければ、という考えが一瞬よぎったものの、近頃、かなりの面倒臭がり屋になってしまったイチカは、その考えをあっさりと捨ててしまった。
しかし汚れたくはなかったので一応、布団の周りに落ちているゴミを部屋の隅に蹴散らしてから、布団の上に雑に寝転がった。すると家の扉の方からガンガン、とうるさい音がした。
枕元に置いてある携帯を見ると、時刻はちょうど十一時半。
「開いてるぞーー!!」
外にいる奴らに聞こえるように、イチカは腹に力を入れて声を出した。
「姐さん。起きてるんなら、電話に出てくださいよ。」
「今、起きたんだよ。」
家に入ってきたのは、ミキとカナ。
最近は、三日に一回ぐらいきてくれているカワイイ後輩だ。ミキもカナもイチカと歳が一つしか違わないのに、まだまだ、少女という感じがする。
「のんびりしていないで起きてください。もうお昼ですよ。」カナはぐうたらしているイチカの態度に呆れている様子だった。
イチカは、仕方なくゆっくりと身体を起こした。
「そこを掃除するので、姐さん、布団からどいてくだい。」
「このままでいいよ。」と、イチカが言うと、カナは周りに散らばっているゴミだけを拾って袋に突っ込んでいった。
すると「どれがいいっスか?」と、ミキに問いかけられた。わざわざ買ってきてくれた昼食を見せてくれたのだ。
(どれにしようかな?)
全部美味しそうだった。しかし、さっき吐いたところだし胃ももたれている。悩んだ末、イチカはこの中で一番軽そうな、サンドウィッチを選んだ。
「ちょっと待っててくださいね。」
ミキは、残りの弁当をレンジで温めに、キッチンに向かっていった。
「姐さん! いつも言ってるじゃないですか! そんな格好してると、そこの窓から覗かれますよ。」と、カナに何度目かの注意をされてしまった。
夏は暑いから、寝る時はタンクトップとパンティ一枚。イチカにとってここだけは譲れなかった。
「夜も暑いからこれでいいんだよ。」
「――あ!!」
ミキは、イチカの真横にある開け放してある窓を指さした。
窓の外には、いかにもすけべそうな老人が鼻の下を伸ばして、薄着のイチカをいやらしそうな目で見ていた。
「私は観せもんじゃねぇんだよ! ぶっ殺すぞジジイ!!」
ついカッとなったイチカは汚い言葉を吐き捨て、カーテンをピシャリと閉めた。
それからしばらくして、テキパキ働いてくれている後輩には悪いと思ったが、イチカは重くなった瞼をゆっくりと閉じた。
限界だった。背中に当たっている扇風機の涼しい風と、カーテン越しに刺す、心地のいい暖かさの日差しが睡魔のようになって、イチカを襲っていたのだ。
(もう、ダメだ。)
「……さん! 姐さん! 起きてください!」
イチカがうとうとしているうちに、散らばっていたゴミは綺麗に片付いており、昼食も湯気が出るほどレンジでしっかり温まっていた。
なんでも後輩任せではいけないと思ったイチカは、重い腰を上げ、綺麗になった座敷の上に簡易テーブルを設置し、三人で昼食をとる準備をした。
三人分の昼食がテーブルに置かれた後も、二人はまだバタバタしている。まだ、何かすることがあるのだろうか?
するとミキが壁に掛けてある特攻服を手に取り、イチカの肩にかけてくれた。
特攻服を、レディース(女の暴走族)を引退してからもう一年は着ていないが、イチカは今でも宝物のようにそれを大切にしていた。
ミキは髪を刈り上げていて目つきも鋭いから、見た目は怖そうだけれど、心の優しい奴だから、薄着なイチカに気を使ってくれたのだろう。
そうすると近くにいたカナは、待っていました、と言わんばかりにポケットから携帯を取り出して、今のイチカの姿を写真に写した。
(え!?)
二人はイチカに背を向けて喋っている。
本人たちは、声を潜めているつもりだろうが、幼い子どもが欲しいモノを貰った時のような、キャッキャッという声が聞こえている。
はしゃいでいる二人が、なかなか席につかないので、待ちくたびれたイチカは「早く食おうぜ!」と少し語気を強めて言った。
そうすると、二人は急いで席に着いてくれた。
「姐さん、待たせてしまってすみません!!」
それから、各々の昼食を食べ始めた。
イチカのサンドウィッチは、みるみる喉を通っていき、あっという間に無くなってしまった。
今朝吐いたにも関わらず、サンドウィッチ程度の量では食欲は収まってくれなかったし、それに拍車をかけるように、目の前にいる二人が食べている、カレー弁当のスパイシーな匂いと唐揚げ弁当のニンニクの匂いが、一層イチカの食欲をそそった。
「姐さん。いりますか?」
突然、カナがイチカの心を読み取ったかのようなことを言った。
でも、後輩に気を使ってもらうなんて、なんだか情けないような気がした。
「え!? そんな物欲しそうな目で見てたか?」
「……いや、私たちこんなに食べれないんですよ。」
「そうッス!」
「それじゃあ、仕方なく食べてやるか!」
イチカは、それを聞いて意気揚々と応えた。
(なんだ、そうだったのか。確かにコンビニの弁当は女には少し多いよな。)
イチカは、二人に食べられない分だけ貰い、それをガツガツ食べた。
昼食が終わるなり、イチカは、ぐでーんとその場で大の字になって寝転がった。
食べたあとは自然とのんびりしたくなる。
ミキとカナはゴミを纏めてくれた。
「それじゃあ、私達は帰りますね。夕飯は冷蔵庫に冷凍食品と惣菜が入ってるんで、適当に食べてください。また、明後日きます。」
寝転がったまま、手だけ振った。
イチカは眠くなるまで、目を瞑ることにした。
そうするとすぐに、窓際からカメラのシャッター音が聞こえてきた。
イチカはパッと起き上がり、窓から外を覗くと、見慣れた笑顔が目に入ってきた。
「さっきから、人のことをパシャパシャ撮るんじゃねぇよ。」
そこには、ミキとカナが携帯を片手にいた。
「起こしてしまって申し訳ないッス。姐さん。」
「まぁ、まだ寝てなかったからそれはいいけど……。」
「――それじゃあまた明後日行くッス。」
「お、おい!」
二人は、逃げるように走りながら去っていった。
結局、あの二人が何を企んでいたのかは分からなかった。しかし、悪いことにはならないとイチカには分かっていた。あの二人がイチカを信頼しているように、イチカもあの二人を信頼していた。
(よし。寝るか!)
「うわっ!?」
すると突然、携帯のバイブレーションが鳴った。確認すると二件のメールが送られてきていた。
一件目はカナからだった。
【件名】:元媲乱総長の正午♡
この奇妙な件名と共に、肩から特攻服を羽織っているイチカの写真が添付されていた。恐らく昼食の前に撮られたやつだろう。
もう一件はミキからだった。
【件名】:元 媲乱総長の寝顔☆
この恥ずかしい件名と共に、私が目を瞑って口を開けながら寝転がっている写真が添付されていた。恐らく今さっき撮られたやつだろう。
(アイツら、こんないやがらせするために私の写真を撮ってたのか。 ていうか、私、こんなに焼けてたのか!?)
彼女たちが自分の写真を撮ったことなどさほど気にならなかったが、連日の猛暑の日差しの影響で、こんがり黒くなった自分の肌には驚いたイチカだった。
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