君が消したはずの記憶を俺は持っている
その日教室に入ると、昨日死んだはずの七星千夏がいつも通りの席に座っていた。
周りのみんなもいつも通り、最近流行ってるK-POPアイドルの話や、彼氏とののろけ話、昨日抜いた動画の話で盛り上がってはいるが、死んだはずのクラスメイトが教室にいる話など誰もしていなかった。
「幽霊か?」
この男、天沢優は幽霊などは全く信じてなどいないが、流石にこれは幽霊なのではと疑うほどの出来事だった。
ただもしあの七星が幽霊だとしたらみんなに見えていないのも納得だ。だがクラスメイトが死んだ次の日だっていうのに、こんなに普通なことがあるだろうか?
「確かめてみるか」
こういうときは本人に聞くに限る。窓際の一番後ろに座り、まるで生きているみたいにみんなと同じように授業の準備をしている七星に優は、生きている人に話しかけるように普通に話しかけた。
「なぁ七星」
「おはよう、天沢君。どうしたの」
どうやら会話はできるらしい。
「お前昨日死んだりしてないか?」
優の言葉に一瞬動きが止まった。そしてーー
「ななな、な、なにをいってるんだね君は。そ、そんな冗談はよくないよ天沢君。ははは、ははは」
嘘みたいに慌てふためいていた。
どうやら死んだことは間違いなさそうだった。
ただ今の七星の声にクラス中の人が気付いているような反応をしていた。ということは幽霊ではなさそうだった。
よくわからんな。
ひとしきり考えて分からないという結論に至った優に七星が一枚のメモを渡してきた。
そこには放課後、体育館裏まで来てください。と書かれていた。
放課後、書かれていた通りに体育館裏に行くとそこには、テニス部らしい恰好をした七星が待っていた。
「待たせたな。それで呼び出された理由はーー」
「なんであんた私が死んだこと覚えてるのよ! 確かに昨日私の死に関する記憶は全部消してくれてたはずなのに……」
どういうわけか優の記憶には消えたはずの記憶が残ってしまっているらしい。
「俺は昨日確かに七星が死んだっていうニュースを見たな」
「その記憶があるのがまずいのよ!」
ということは七星は昨日確かに死んで、その後生き返ったとでもいうのだろうか。
「まあいいわ。天沢君には申し訳ないけど私の死に関する記憶は消させてもらうわ」
やっぱりそうなるかという感じだった。おそらくこの記憶がこの世界に残っていることは七星にとって不都合なことなのだろう。
「それじゃあここでの会話も忘れることになるのか」
「ええそうね。あ、いいこと思い付いたわ。この会話を忘れるってことは、今天沢君になにを言ってもいいってことになるわよね。
確かに七星の言う通りだった。
「確かに俺からこの記憶がなくなるならそうかもな」
「それじゃあ記憶を消す前に言いたいこと言わせてもらうわ」
どうやら何か人に話したいけど話せないようなことがありhそうだった。
「あぁ、何でも話していいぞ。なんたってこの記憶はなくなるからな」
そういって胸をどんと叩くと、七星は少し照れながら優のほうを見て言った。
「わ、私実はね、天沢君のことちょっと気になってたんだ」
予想外の言葉に優は驚いて、なんて返したらよいか分からなくなってしまった。
「恥ずかしくなるから黙らないでよ!」
そういった七星の顔は真っ赤になっていた。正直に言うとかわいかった。
「そういうことは記憶のなくならない俺に話してくれ」
今からこの記憶が消えてしまうのかと思うと、さっきまでの何倍も嫌だった。
「そんなの無理よ……」
そういう七星もかわいかった。やはりこの記憶が消えてしまうのは本当におしい。優は今の自分を恨みたくなった。
「も、もう恥ずかしいから記憶を消させてもらうわ」
この時間がもう終わってしまうと思うと名残惜しいが、仕方のないことだった。
そういうと七星はおもちゃの銃のようなものを取り出し、優のほうに向けた。本当はやめてくれと言いたかったが、最後くらいはかっこよく行こうじゃないか。
「じゃあな七星」
最後に優がそう言い残すと、七星はその引き金を引いた。何が出ていたのかは不明だが。七星は打ち終えたことを確認すると、ポケットにしまった。
あれ?
「ボーっとしてたけど大丈夫?」
不自然にならないように七星は話しかけてきた。
「あぁ、大丈夫だ」
あれ?
「それならよかったわ」
そういって七星は優のもとを去った。
あれ?
「七星は昨日死んで、さっき俺のことが気になるって……」
どうやら七星が消したはずの記憶はすべて優の中に残っているみたいだった。
その日から、記憶を消したと思っている七星千夏と消されたはずの記憶を持つ天沢優のちょっと不思議な恋が始まった。