第参章 決壊 七 咲夜爆死
時はわずかに遡り……
「咲夜さん。これを持ってお行きよし」
母・菊乃から突如として白布一枚だけを手渡され、そのようにのたまわれた咲夜は当然ながら大いに首を傾げた。
「は、母上? そう申されましてもどこへ持って行けと……」
それに対し母の返答は、眉間に皺を寄せての嘆息であった。
「あんさんこそ何を言うとるん。そんなん今湯に浸かっとる樰永さんの元へに決まっとりますやろ。これから大戦に臨まれるお背中をお流してきよし。ああ、もちろんあんさんも一緒に温まるんどすえ」
まるで然も当然。何でもないこととばかりに放たれた言葉に、咲夜がポカンと口を開けたのは一瞬のこと。それから時をまるで置かずにその口から大音声の絶叫が瞬く間に響き渡る。
「え? えっえええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっッ!?」
「なんどすか? 武家の姫とも在ろう者がそない大声を出すなど、はしたないにもほどがあります」
両耳の穴に指を突っ込みながら平然とたしなめる母に、咲夜はそれどころではないと噛み付くがごとく抗議の咆哮を上げる。
「ははは、はしたないって!? 母上こそ何をおっしゃっておられるのか、わかっておられるのですかッ!? ゆゆゆ、湯に浸かっている殿方の元へ押しかけるだなんて……! そそそ、そんな破廉恥なこと……!」
両手で両頬を挟みながら想像しただけで湯気を出してしまっている娘に、母は殊更に嘆息をつくや指を突き付け叱声を飛ばす。
「そうやって恥ずかしがっている場合どすか! 大体いつまでウジウジと悶々とする日々を無為に過ごすつもりどす!? 甘ったれるのもいい加減にしよし!!」
怒声を伴なった一喝に咲夜はビクッと身を竦ませると同時、痛いところを突かれて口を閉じてしまう。
確かに、自分は樰永を想うだけでこれまで行動というものに移した例が一度もない。
そんなことでは駄目だと自分でも思いながらも、女性の方から告げるなどはしたないという気後れと羞恥から結局自分からは何ひとつ動こうとはしなかった。
そんな娘の内心などお見通しとばかり菊乃は畳みかけた。
「慎み深いのが女子の美徳など古うおます。私と義圀さんの時は、私の方からグイグイ攻めたものどす。イザという時にヘタレるのは義圀さん譲りどすなぁ……。けれど、あんさんは私の娘でもあります! その恋心が真とゆうなら気張りよし! 心底から惚れとるなら身体と心ごとぶつからんで得られる物など何ひとつありまへんえ!!」
「っ!」
そして現在……咲夜は母から渡された白布一枚を除いて一糸まとわぬ姿で想いびとの前にいるという次第である。
「樰永様……」
紅潮した貌と潤んだ視線を樰永へと真っ直ぐに注ぐ。対する樰永も全身が熱を発したかのように紅くなっていた。
それも然も在ろう。なにせ視界にある咲夜は身体の前面を白い布でおおっただけの素裸なのだから。
そ・の・上だ。
白布でおおった前面にしたところで隠せているようでまるで隠せてはいない。
むしろ薄布であるが故に、豊麗極まる乳輪に艶めかしいくびれが一層に際立っているばかりか桃色の突起まで透けて見えてしまっており、より艶美な色香が匂い立っている。
はっきり言って、年頃の男子にとっては凄まじすぎる破壊力をこれでもかと突き付けている。
しかも、当の咲夜本人にその自覚はまるでないと来たものだ。
「あ、あの、樰永様……?」
先刻からずっと黙したままだったからだろう。咲夜が不安そうに琥珀の瞳を潤ませて話しかける。
「あ、ああ。さ、咲夜はなんでここに……?」
気を取り直してやっと開いた口から出たのは、そんな平凡な問い掛けだった。
何を言ってるんだ、もっと他に聞くことあるだろうと自分でも怒鳴りつけたくなるが、今のところそれ以外に口にするべき言葉が見つからない。
「あ……お背中を、お流ししようと…………」
――なんですって?
思わず内心でそんな意味不明な女言葉を口走った。実際に口に出さなかった自分を褒めてやりたいと思った。
「……っ。では、参ります……!!」
――え? ど、どこへっ!?
しかし、樰永が混乱と困惑の渦から立ち直る間もなく裸身の乙女は攻勢に出る。むんずと蜜柑色の湯へと踏み入らんと一歩を踏み出す――のだが。
「きゃっ!?」
勇み足が過ぎたのか石畳の上をツルっと綺麗に滑ってしまう。
「咲夜っ!」
樰永は反射的に湯から飛び出して彼女を受け止めようと身を乗り出すのだが、自身も濡れた足が石畳で滑る。
「やべっ!」
だが、こちらはどうにか立て直した。しかし、代償に目測を誤ったのか倒れ込んだ咲夜をもろに抱え込む形となり尻餅をつく。
「っ! だ、大丈夫か、咲夜……っ」
「は、はい。ありがとうござ……っ」
無事を確かめる樰永に咲夜も礼を言いかけて気づいた。
身体の前面をおおっていた白布は疾うに滑り落ちており、今自分が正真正銘生まれたままの姿で同じく生まれたままの姿の樰永に抱きかかえられているという現実に。
そして、当然だが樰永も無論すぐに気づいた。なにせ極上級にすべすべした柔らかさを文字通り肌で直に感じているのだから……。
ついで己の胸板で、ずっしりした双輪が失神しそうになるほどの心地よい弾力を伴なって形を変えていることもしっかりと実感している。
さらには、抱きとめた不可抗力により丸みを帯びた臀部にまで右手が触れてしまっている。はっきり言って、気が遠くなりそうなくらい気持ちいい。
理性を絞り出そうにも生理現象はいかんともし難く、下半身に熱と血が集まるのをどう足掻こうとも止めようがなかった。
しかも、それを抱いている彼女自身から狂おしく香ってくる甘い梔子の香気が相乗効果で煽ってくるという極め付けの悪辣さだ。
「~~~~~~~~~ッ!!」
咲夜も咲夜で優美な美貌を瞬く間に真っ赤に染め上げ、目元に雫を溜めていく。しかも必然的に樰永の膝に跨っている形なので、その腰のものが瞬く間に隆起していってることも手に取るようにわかった。
そして、わかった途端に――
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
お約束の絶叫が浴場に響き渡ったことは言うまでもない……。