第参章 決壊 五 秘策
大樹城本丸・大広間
樰永、朧、永久、啓益、義正、咲夜、そして大樹家筆頭家老の能代蒜山が円を囲うように座り、対セフィロト戦略の細部を詰めていた。
蒜山は好々爺然とした華奢な初老の武士だが、当主・義圀の右腕として内政外交に戦に至るまで支えてきた重臣中の重臣であり此度の戦でも黄泉に置ける大樹軍の指揮官に任じられたことからも家中からの信頼は厚い。此度の軍議でも目付け役を任されているという次第だった。
「では、俺たち鷹叢は騎兵七万で磐斯に出陣する。指揮は俺が執る。残る騎兵十万は秋羅国の――黄泉の守りに残す」
樰永の言葉に咲夜は思わずその美貌を暗い影でおおう。
「宝瓶での軍議でも思いましたが、セフィロトは九百台の戦車に四十五万もの航空騎兵で攻めてくると聞きます。それを本当に十万にも満たぬ数で?」
その声音には隠し切れない不安がある。だが、それを樰永は不敵な笑みで顔を輝かせる。その獰猛な光輝には自棄など微塵もなく、ただ真っすぐに勝利を目指さんとする覇気を帯びている。
「だからこそだ。兵力差ではどう足掻いたって勝てん。ならば俺は身軽さを取る。ただそれだけだ」
元より騎兵の強みのひとつは少数精鋭による高速移動だ。身動きが取り辛い大軍を身軽な機動力で奇襲攪乱することこそ騎兵の真骨頂なのだ。
「けれど、敵も騎兵を主体とする軍と聞きます。その上制空力を持つ飛竜による航空騎兵ともなれば、飛行能力を持たぬこちらが不利では……」
その懸念に答えたのは、朧だ。
「だからこそ、父様も切り札を投入することに決めました。啓益」
「はっ」
朧の声に応じて啓益が一張りの鋼弓を一同の前に置いた。
「ほお? これは大陸の騎馬民族が使うという複合弓か?」
義正が感心と物珍しさに声を弾ませた。樰永も誇らしげにうなずく。
「ああ。以前から父上が智永の叔父上に作らせていたものだ。倭妖鋼と鬼の角、妖馬の骨などを材料にしてみた。距離・威力ともに飛竜一頭を仕留めるには十分だろう」
叔父である楠撫智永が治める憮津国は、大地を流れる龍脈に当てられ続ける事で変容した鉄『倭妖鋼』を産出する地だ。この鉄で鍛えれた刀と槍は倭蜃一とも称される刃毀れひとつしない硬度と強度を誇り、名馬を産出する吾駕国と並んで鷹叢の武力を支えている。
そして、先の『廚ヶ原の戦い』により多くの将兵や騎馬を失ったことを教訓により強力かつ効果的な武具の作成に踏み切った末に考案したのが、この複合弓というわけである。
通常のように竹をベースに倭妖鋼の金属板、鬼の角や妖馬の骨と腱を張り合わせて製造され魔弓と言って差し支えない代物へと昇華されたそれは絶大な飛距離と威力を獲得し、一矢で鎧武者を百人射抜くばかりか城壁をも打ち崩した。
しかも上記の性能は試作段階のものであり、それを一年前より様々な考案研究を続けた結果、さらなる性能向上を遂げ折よく今回の戦に間に合うがごとく完成した次第だ。
「この弓なら上空へも弛まずに飛ぶ。これならホドの飛竜にも通じると俺は確信している。そこに我が精鋭の弓騎馬隊が加わればなおのことな。ましてや、こちらをおおい尽くさんばかりの軍勢なら小回りが利かん分対応には遅れが生じるはず。嵐神竜の戦車ならなおのことだろう」
樰永の言葉に義正も顎を撫でて不敵に口角を上げた。
「勝算がまるで無しというわけではないということか。それに――」
「神籬衆も準備は整っております」
若殿の言葉を家老の蒜山が継ぐ。『神籬衆』とは大樹軍の精兵にして当主の直参・親衛隊たる徒士の武士団のことだ。
何れも白兵戦に長ける以上に、大樹の先祖たる妖・木霊の眷属の末裔に当たる。それ故に主が吸い上げた大地の龍脈の力を付与することで数百倍もの強化と意思疎通が可能で迅速かつ高度な連携を遂行する強兵となる。
特に結界を全身に薄くまとうことで防御力を格段に上げており、数人で連携すれば矢衾は愚か大岩の投石すら跳ね返すほどだ。
この戦では鷹叢の騎馬隊の露払いのため先陣を切ってくれることになっている。
「改めてかたじけない、義正。それに蒜山殿」
頭を下げる樰永に蒜山は鷹揚に笑いながらたしなめる。
「なんの。同盟国の総領息子が容易く頭を下げられてはなりませぬぞ。我らの力は守りこそある。ならば、それを有用に使わずしてどうするのです? 何より敵将のアイアコスに抗し得る者は、同じく刻鎧神威に選ばれた貴殿のみにござれば」
「ああ。奴は俺が必ず討ち取る……!」
老将の覚悟に樰永も同じく決死の覚悟を瞳に宿して応える。すると、その隣で朧が声を上げる。
「私たちでです。私も兄様の隣で戦いますから」
その憤然とした立ち振る舞いに啓益を除く一同は苦笑する。彼女の兄馬鹿は今にはじまったことではない。
「ま、ひとまずはこんなもんだろう。セフィロトがいつ攻めて来るかは正直判然としねぇが、いつでも迎え撃てる準備を常にしとくべきだ」
永久が手を小気味よく叩いてそう締め括り、軍議はそれでお開きとなった――と思いきや、その口角を真一文字から歯が見えるほどに大きく広げる。
それを見た樰永と朧に啓益は嫌な予感が脳裏を掠めた。そして的中した。
「てなわけでだ。お堅い話はここまで。こっからは宴の――酒の時間だな」
ニンマリと顔をほころばせて宣言した。
それから一刻後、軍議の場だった大広間は酒乱の蟒蛇が主催する祭りと化した。それも大樹家の家中の家臣たちも巻き込んでの宴だ。
刺身や塩焼の魚や鹿肉といった色とりどりのの料理、何より次から次へと樽いっぱいの酒が大広間へと流れるように運ばれていく。そして、それらを小半時足らずで平らげてしまう者があった。
当然のごとく永久だ。
「さあ! 今夜は戦勝の前祝だ! たらふく呑め、ガキども!!」
その渦中で気が早いにもほどがある祝い文句をのたまいつつ、十八寸ほどの朱塗りされた大盃を手に音頭をとる永久を、樰永たちは呆れと諦観が入りまじった体で見ていた。
「まあ、こうなる気はしてたよ。なんとなくな……」
樰永は半ば自棄気味に盃の酒を呷った。
「申し訳ござらん……。事前に釘を刺すべきでござった」
啓益が瞑目して詫びるが、首を横に振って気にするなと労わる。
「どの道あの呑兵衛を止められる奴なんて父上を含めたっていねぇさ。おまえこそ、いつもいつもあの叔母に苦労をかけさせてすまん……」
「お世話をかけます……」
続いて朧も労いの言葉をかけるが、途端に啓益はあからさまに顔を背けて「貴女に気遣われる筋合いはござらん」と慇懃に吐き捨てた。
あまりに無礼すぎる振る舞いと言動に樰永は何かを言おうとするも朧が裾を引いて制止した。これでカッとなった頭が一気に冷める。この家臣の愛妹に対する態度は今更だと気を取り直した。
「相変わらず永久殿は派手好きだな~~。良くも悪くも暗い空気を明るく変えてしまわれる力を持っている」
「ええ。楽しい叔母様ですね」
一方、大樹兄妹が呑気にのたまうと鷹叢兄妹は揃って真顔になって首を横に振って断ずる。
「いや、あれは単に己の欲望に忠実なだけだからな」
「そうです。振り回される甥と姪の身にもなってください」
「切実ね……」
二人の剣幕に咲夜は思わず苦笑する。
「だが、樰永よ。おまえの相棒は結構楽しんでるみたいだぞ」
義正の声に二人が宴の渦中を見ると……。
「なはははははっ! ガキの分際で結構やるじゃねぇか! だが、酒でこの俺に勝とうなんざ十年早ぇぜ!」
片手で大盃いっぱいの酒を軽々と呑み干して豪笑する永久。その叔母と対峙する形で、白黒が入り乱れた露出が高いながらも高貴さをも同居した衣をまとい、腰ほどの白金に輝く髪、額や頬から鎖骨に胸元にかけて濡れ羽色の刺青が際立つ美貌の少女――アフリマンが同じく華奢な手に余る大盃から溢れんばかりの清酒をこくこくと無表情で呷っている姿が視界に入った。
「ぷはっ! いったい誰に口を聞いてやがりますか人間。わたしは"悪大災業"を司る魔神アフリマンなのですよ。人間風情の酒精でどうにかなるわたしだとでも思っているのですか? だとしたらとんだ侮辱なのですよ」
飲み干した口元を拭いながら挑戦的にのたまう魔神に酒乱も獰猛に笑んでみせる。
「言ってくれるじゃねぇか。なら今夜はとことん付き合ってくださるんだろうな神様よぉ……!」
「いいでしょう。それに思えば、淦狗国での決着がまだだったのです。神の後光に盾突く愚行を今こそ骨身にきざんでやるのですよ。ありがたく思いむせび泣きなさい人間」
アフリマンも黒曜石の双眸に不敵な光を灯す。
それが合図だとばかり二人は大盃を突き出し「もう一杯!」と吼え、女中たちも乗り気で酒を注いでいく。
魔神と叔母の大人げないありさまに、樰永と朧は頭を深く下げて項垂れる他なかった。
そんな親友たちの様子に義正はかえって気遣わし気な面持ちで肩を叩いた。
「まあ、皆も盛り上がってることだし。そんなに気に病むな」
「義正。ありがたいだが、それ追い打ちだからな……」
「お心遣いだけはありがたくいただきます……」
樰永と朧はかえって申し訳なさと羞恥が倍増したのだった……。
次週の更新はお休みです。再来週にまたお会いしましょう。




