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第壱章 嵐の前の静寂 二 黄泉 

黄泉(おうせん)


 北應州(おうしゅう)七ヵ国を領有する大名、鷹叢(たかむら)家が本拠たる秋羅国(しゅらのくに)に築いた武家による黄金の都。


 【北の扶桑(ふそう)】とも謳われる應州武士の都だが、その活気と賑わいは今や本家の都を遥かに凌いでいた。


 西界に繋がる海に面して建てられたこの都には、全国は元より隣国の(ラン)帝国に遥か西界からも多種多様な人々と言語、物、絹、宝石、食料、西界の葡萄酒、陶磁器、硝子細工、南界(なんかい)の香辛料、絨毯といった特産品が行き交う。


 実際往来する者たちには黄泉の民もいれば、他国からの旅人や行商人、唐国の装束をまとった人々や肌の色が白い西界人、時には肌の色が黒い南界の人々もいる。


 今や瘦せ細っていた扶桑の市とは対照的に黄泉の市では、商人たちが活力に満ちた声を張り上げて客を呼び込む。往来する人々は豪華絢爛に咲かんばかりの品々に目を輝かせて買い求め、市の片隅では軽業師や楽師が芸や音楽を披露し通行人の足を止める。


 この光景は、座(商業組合)といった一部の者たちによる商売の独占を排し。商人たちに等しく商業の自由を許した画期的な政策を執っている黄泉ならではと言えるだろう。


 それは商業にかぎらず思想面や宗教面も同様だった。


 ここ数十年前から西界から流れた『イェシュア教』の宣教師たちにも寛容な待遇で受け入れている。


 黄泉のみならず、北應州の各地で教会や小神学校(セミナリオ)修練院(ノビシャド)大神学校(コレジオ)を作ることを許し、実際北應州の民にも入信した信者は多い。


 なお彼らイェシュア教徒を倭蜃国では夷餌朱丹(イェシュタン)と呼ぶが、これは彼らが生き血を呑む異国の鬼(葡萄酒を飲んでいるところを誤解された)と嫌厭した倭蜃土着の神官や僧侶たちが付けた蔑称であったが、語呂が良かったからなのか今や倭蜃における公式名称として自然と定着してしまっている。


 また一方で倭蜃古来からの宗教も元より手厚く保護し、多くの寺院や社殿を建立している。


 その中でも應州――否、倭蜃最大の威容と規模を誇る寺院『輝夜天院(きやてんいん)』は別格だ。


 黄泉の海と商業の鎮護を目的に建立されたこの大社殿は、黄泉港の入り口として海上に建てられた倭蜃でも異色の寺院だ。参拝には船が必須であり、半ば必然的に行き交う商人たちはまず礼拝するのが通例となっている。


 碧玉(サファイア)のように青々と輝く碧釉瓦(へきゆうがわら)と白亜に染まった柱と(はり)で組み上げられ、細部には精緻(せいち)な造形と鮮やかな彩色が際立つ大小様々な彫刻と金箔が細工された荘厳な伽藍と大翼を広げたがごとき雄大な左右の翼廊が雄々しくそびえ立つ大寺院は、黄泉の象徴のひとつとして荘厳な存在感を放ち、北應州の民の拠り所であり誇りともなっている。


 また港ひいては黄泉の入り口という性格上、寺院ながら海上要塞としての側面もあり、龍脈と霊脈に沿った立地と設計により霊的な加護や防護が備えられ、倭妖鋼(わようはがね)という特殊合金によって製造された鉄鎖が門前の海底に張られているなど万全の防御力を誇り、水軍も常に駐在しているなど治安面も充実している。


 だが、これらの繁栄を支えているのは言うまでもなく鷹叢家が押さえた秋羅国の黄金の力であることは疑いの余地はあるまい。


 元来、應州は豊富な金山や銀山の産地として名高いが、その中でも秋羅国は別格だ。


 王家創建の御代より、取れども取れども尽きぬ黄金(こがね)の泉と称されるほどの黄金境。秋羅国を制す者こそが應州を制すと言っても過言ではない。


 事実、芦藏(あしくら)の初代といえる芦藏嵩邦(たかくに)は、この黄金の力により朝廷を超える支配力を得て應州に君臨したのだ。


 初代大君・天柳(あまやなぎ)雅剋(まさかつ)に敗れた後は、雅剋が初代筆頭管領である識束(しきづか)圀昶(くにあきら)と並んで信任する家人であり、應州探題に任ぜられた兼城(かなしろ)実縣(さねかた)の領国となり以後、大君府の財源となる。


 そして、俘囚(ふしゅう)のひとりであり鬼との混血であった鷹叢家が実縣の家臣のひとりに召し抱えられたのもこの頃からだ。


 彼らは、財宝の狩猟家(トレジャー・ハンター)――いわゆる山師の一族で、財を狩り運用する才覚に長けていた。その特殊技能を買われたのだ。


 それから三百年余。大君府の屋台骨がグラつきはじめた頃、状況が変わった。


 各地で領国を預かる大名たちが、次々と群雄割拠しはじめる戦国乱世と転換(シフト)したのだ。

 

 それは秋羅国の主である兼城家も例外ではなく家中での内乱が勃発していた。

 

 そんな中、当家の守護代に仕える家老となっていた鷹叢(たかむら)悠永(はるなが)はその才覚と先見性により頭角を(あらわ)していたが、当初の彼に主家を押し退けて台頭するという考えは微塵もなかった。


 武士としても統治者としても才人であった彼は、同時に愚直ながらも主家に仕える侍であろうとしたのだ。


 しかし、主君たる守護代にしても兼城にしてもそうは受け取らなかった。

 

 彼らは従順な悠永が裏で何かを画策していると決めてかかり、とうとう暗殺に踏み切るのだが、実弟の智永(ともなが)と実妹の永久(とわ)をはじめとした家臣たちの機転と尽力で難を逃れた。


 これを機にさすがの悠永も覚悟を決めた。秋羅国のため、延いては應州のために主家を見限り、戦国の表舞台に立つ事を決意したのだった。


 そこから先は堰が切れた濁流のごとしだった。


 三日で守護代を討ちとり、その勢いのまま兼城の居城を七日で陥落させ、国内を完全掌握してしまった。それも領民たちの絶大な支持を得てだ。


 あまりと言えばあまりにあっけない結果ではあるが、元々内紛で疲弊し空中分解寸前であった主家だ。付け入る隙などいくらでもあった。


 対して鷹叢家は、守護代の家老職という陪臣(ばいしん)ながら悠永の代で秋羅国の財政管理と経済を一手に担ってきた実績、それらを通じて築いた商人たちとの人脈(コネクション)により、強大な軍資金と兵力を整えていた上、領民たちの訴訟や徴税をも担い、彼らの生活を手厚く保護していた。


 もはやこの時点で当国の実権は、ほとんど鷹叢の掌中にあったと言えるだろう。言わば、至極当然の簒奪と言えた。


 名実ともに秋羅国の国主となった悠永は、その勢いのままに勢力と版図を拡大。当国を含む北應州七ヵ国の太守へとのし上がり、同じく南應州八ヵ国の太守・芦藏(あしくら)と二十年に渡って対峙し今に至る。


 また、悠永は倭蜃の王都『扶桑京(ふそうきょう)』を手本に「應州の地に都を持ってくる」と称し、秋羅国で最大の金の源泉である宝瓶山(ほうべいざん)(ふもと)の西界に繋がる海に面した地に、居城と城下町となる大規模な都を造営(ぞうえい)した。


 まず宝瓶山を切り拓き、生来の険しい地形を巧みに生かして本丸や居館、並びに城郭を築いた。


 城下町に至っては扶桑でも指折りの職人や大工を雇い入れ、道を整備し居住区を割り振り、市街の家宅、舘や社殿、輝夜天院をはじめとした寺院などを造設し、港を新しく整え、その傍に商人たちの市を開きその商業を保護した。


 また都市全体を城壁で囲み、上記で述べた通り湾岸にも鉄鎖を張るなど防衛面も怠らなかった。


 こうして作られたのが、この『黄泉(おうせん)』である。


 産出される黄金の財力と海からもたらされる富により、数年で倭蜃国の人々は愚か、西界の国々の商人・芸人・職人・傭兵などが行き交う倭蜃国最大の国際貿易都市として発展した。


 その勢いは今や手本とした扶桑の都を凌駕せんばかりであるが、その黄金の都は今まさに大きく揺れようとしていた……。







 宝瓶城(ほうべいじょう)本丸、大広間。

 


 上座には、赤みがかった黒髪の髷を結った美丈夫。一代で北應州七ヵ国に及ぶ黄金王国を築いた傑物にして鷹叢家当主・鷹叢悠永が厳めしい相貌のまま鎮座している。


 その隣に座る青みがかった黒髪に童顔の柔らかな佇まいの夫人。悠永の正室・鷹叢月華(げっか)は、いつになくその美貌に憂いを湛えている。

 

 因みに今は家臣たちはすべて出払っている。下座には場違いともいえる派手な礼服に身を包んだ男がひとり……。


 目鼻立ちが際立った端正な面立ちは、一目でこの国の人間ではないことがわかる。絹糸のようになめらかな金紫の長髪は後ろで三つ編みにまとめ、一見柔らかそうな紺碧の双眸は抜け目ない光を静かに湛えていた。


 男の名をゼファードル・カルドゥーレという。


 一月前、突如として遥か西界(せいかい)に栄える大国・セフィロト専制帝国から来航した商人で、刻鎧神威(グレイル)・アフリマンをもたらした男だ。


 それは結果的に永く膠着状態であった應州……否、天下をも大きく動かす吉兆となった。

 

 とは言えだ。鷹叢家は今それによって致命的な窮地へと追い込まれてしまってもいる。

 

 件の刻鎧神威であるアフリマンは、そもそもセフィロトが国宝という名目で厳重に封印されていたものをカルドゥーレが無断で拝借したものであったのだ。


 当然のことだがセフィロトは激怒し、カルドゥーレと件の刻鎧神威へ追手を差し向けてきた。


 結果、扶桑(ふそう)の御所で樰永がさらに窮地に追い込まれる要因ともなってしまった。


 それも樰永自身の策と機転による是叡らの失脚と邪神騒動により、一旦は有耶無耶となったのだが……。

 

 そして、その最たる元凶はその後、是叡と密約を交わしていた東西(エイジア)大陸中原の覇者・(ラン)帝国を支配する宦官のひとりを買収し、鷹叢家との盟約を取りつけることに成功。樰永たちが都から去った後も彼だけは残ってその調整に当たっていた。

 

 そしてちょうど一月後の今、それらの話をまとめ上げ、こうして戻ってきたという次第だ。

 

 だが、当の本人はというと、図太いという言葉すら飛び越した、いつものアルカイックスマイルを浮かべて上記の件の成果を嬉々として報告している。


 

元趙(ユェンヂャオ)殿は、変わらず我らへの支援をしてくださるとのことです。ご子息が唱えられた商業圏の構想も実現の暁には、一口噛みたいともおっしゃられ……」


「かような能書きは無用だ」


 悠永は冷たく鋭い声で切って捨てた。


 しかし、カルドゥーレも然る者。極めて平然とした面持ちで「おや」と目を丸くするのみだ。それが一層に悠永と月華を警戒させる。


「よくもまあ、こうしてのうのうとその顔を見せにこられたものだな。てっきり、このまま逐電するものとすら思っておった」


「いやいや、私こそてっきりこちらに戻って早々再び牢にぶち込まれるものと、一応覚悟はしていたのですが……。こんなにもあっさり対面してくださるとは、夢にも思っておりませんでしたよ。それも家臣方をすべて出払わせた上でとは」


 対するカルドゥーレもあっけらかんな声で指摘するが、悠永は憮然とした声で返す。


「既に仔細は樰永たちから聞いている。だが、貴様の口からも改めて直接話を聞かねば話にならぬ、と思うただけだ。殊に貴様の故国から来たアイアコスという将の仔細は、貴様しか知らぬこと故。決して信用しているわけではない」


「相も変わらず辛辣ですなあ」


 すると、言葉と裏腹にまるで堪えていない様子の商人へと月華が微笑で凄んだ。


「あらあら、そちらこそ相も変わらずどの口がのたまうのかしら~~? 誰かさんのおかげでまた私と悠兄様のかわいい息子と愛娘が窮地に陥ったのよ。どう落とし前をつけるおつもりかしら~~♪」


 言うまでもなくまるで目が笑っていない。柔らかい声音と裏腹に今にも抜刀しかねない鬼気が端々にまで迸っている。


 しかし、商人も図太い笑みを微塵も崩さない。


 悠永は、愛妻が発する圧力に身を縮めながらも咳払いをすることで話を本題へと戻す。


「とにかく! 貴様の口で、貴様の視点で見た都であったことすべてを包み隠さず話してもうらうぞ。でなければ、こちらは今後の身動きがとれん」


「承知いたしました」


 カルドゥーレもこの時ばかりは真顔でうなずいた

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