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第伍章 凶神咆哮 序詞 毒蜘蛛たちの祝祭

 時は今より少し(さかのぼ)り、扶桑より遠く羽蝉国(うぜんのくに)にて……。

 



「ふっ……ぷっあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははぁっ!!」


 本丸の居室で、嵩斎(たかとき)は腹を抱えて転げ回りながら大爆笑していた。


『笑いすぎやろ……』


 通信用の鏡から呆れといらだちがまじった声が吐き出されるが、嵩斎の笑声は止まることはなく、床に敷いた南界(アトランティス)製の幾何学(アラベスク)模様が編まれた絨毯に寝そべりながら絶え間なく拳を打ちつけている。


「ははははは! いや、だってさ! 鷹叢(たかむら)の若様ときたら! この状況で商談をはじめちゃうとか! どんだけ図太いのさ!? 莫迦だろ! あるいは馬鹿だ! もしくは阿呆だよ! あはははっははははははははは!!」


 そういう自分も支離滅裂かつ身も蓋もない批評をあっぴろげにのたまう嵩斎に対し、鏡のむこうにいる相手はいい加減にウンザリしてきたのか極めて冷たい声で刺す。


『やかましい。馬鹿や阿呆ゆうなら、あんたかて大概やろうが』


「酷いなぁ……。少なくとも僕はあそこまで無鉄砲じゃないよ。ちゃんと自分の力を考えて愉しんでるもの。っていうか僕への当たりがどんどん辛辣になっていないかい? ――忠遠(ただとお)殿」

 



 

 同時刻――大内裏(だいだいり)大極殿(だいごくでん)



 

 かつては、王が政務をはじめ即位などの国家的儀式を執り行った場であり、現在は五大摂権(せっけん)家がその役を代行している。


 今現在は水を打ったように静かで灯りすら点いていない。


 ここに歴代の王の御霊を祀る"治天の玉座"が存在する。


 それは、(むら)ひとつない黒曜とも見まごう黒塗りが光り、三層に設えられた断壇。鳳凰と龍に鏡が装飾された八角形の御輿(みこし)型の屋形。

 表地に紺、裏地に朱の帳で、座を覆う形となり、そこに佇むだけでまさに高貴を形にした玉が座るにふさわしい祭殿という様相を呈したそれは、かつて王と王家が健在の折は"高御座(たかみざ)"と呼ばれていた。

 

 闇に溶け込むがごとく一体化した神聖不可侵とも言える、()()()()()()()()()()()()()に、不遜にも腰かける者があった。


 しかし、その者は当然のことながら()()()()()()()()()()

 



()うたはずや。あんたとはあくまで実利を交えた契約関係やとな。でなきゃ誰が好き好んで、あんたみたいな化生(けしょう)と関わり合いになったりするかいな」


 玉座で胡坐をかいて座しつつ、黒衣の束帯に、顔を梵字が編まれた長い白布でおおい隠した男――五大摂権家当主のひとり、四条院(しじょういん)忠遠(ただとお)――()()()()()殿()()()()()()()()が辛辣に吐き捨てる。



『つれないこと言わないでよ。僕たちはもう一蓮托生の運命共同体ってやつじゃない。そういう君も例の物は?』


「せやから気色悪いことを()うな……! 当然手に入れとるに決まっとるやろうが。でなきゃここには来とらん」


 毒づきながらも腰から異様な刀剣をとり出した。


 それは六本の枝刃を持つ異様な刀身を持った剣であったが、錆びに錆びて黒ずんでおり、少なくとも武器としてはとても使い物にならぬであろうことは、誰の目から見ても明白であった。


『それが、かの神刀『七支刀(しちしとう)』かい? それにしても今更だけど、よく見つけたもんだね』


「……加羅国(からのくに)にある寂れた社にそのまま捨て置かれとった。傍目から見たら、ただの錆びた刀やさかい。誰の目にも留まることはなかったんやろ。それ以前に社が社の面影すら微塵もない荒れようやったからな。よっぽどの物好きでもないかぎり、近づく奴なんぞ皆無やったろうな」


『それはなんとも物悲しいものだね……。けれど、そのお蔭で僕らはこの神剣の恩寵を賜れるわけだ』


 嵩斎の微塵も有難みなどありはしない声に、忠遠は憮然と続けた。


「まず、これでこの都をおおっとるうっとうしい結界を断ち切る。もっとも神樹の寿命がそろそろ終いやさかい。あって無きも同じやけどな」


『けど、現世(こちら)()()()を繋げる壁を壊すには相当な障りになる。まあ、この都を作った初代国王も、最低でも()()()()()()()できるだけ永く生きるように作ったんだろうけどね』


「至極当然やろうな。なんせ、この扶桑京(ふそうきょう)は元より"黄泉比良坂(よもつひらさか)"を封じる(せき)として築かれた都や。そして、この治天の玉座はその栓。せやけど、それも今日で終いや」


 平淡な声におぞましいまでの鬼気と執念を宿す忠遠に、嵩斎も愉し気な声音に底知れぬ嗜虐を注いで言の葉を放つ。


『だねぇ。今日唯今をもって虚飾の天下泰平と戦国乱世が終焉を迎え、代わって僕らの酒池肉林と栄枯衰勢やりたい放題、好き放題な無間地獄(えいきゅうらくど)が幕を開ける! いやはや、めでたいかぎりだねぇ』


「あっぴろげにのたまいすぎにもほどがあるやろ。大体俺は結果的にはどうあれ、そないな馬鹿騒ぎなんぞする気はない。俺の望みは昔も今もこれからも、たったひとつだけや……」


『一途なことだね、相も変わらず。僕に言わせれば、そんなの疲れない?』


「あんたも似たようなもんやろうが……」


『かもね』


 どこか哀切がにじんだ声で吐き出す忠遠に対し、嵩斎は感情(ねつ)がまるで込もらない、どこか冷たいあっさりした声で流す。


『さて、少し雑談が過ぎたね。鷹叢の若様がせっかく七転八倒して作ってくれた好機だ。存分に活用させてもらおうじゃないか」


「言われるまでもあらへん――」



 忠遠は玉座から腰を上げ振り返ってむき直る形となると、七支刀の刀身を素手でつかみ、己の血を沁みこませ、祝詞を唱えはじめる。


 祝祭をはじめるための呪いの詞を……。



「――七つの枝に連なる(くさび)よ、我が血に応え、その真銘(しんめい)(さら)せ」



 祝詞に呼応するように、血に濡れ錆びた刀身は碧の光を放ち、元の流れるように流麗な鋼の姿を取り戻した。


 真の姿へと回帰した神刀を玉座へと振り下ろす形で構える。



「――七楔(しちけつ)の刃をもって、五星の天獄を穿て――急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう



 終わりの詞が紡がれ、七つの刃が伸びて玉座を穿った。


 その瞬間、そこを基点として玉座から屋形と断壇に至るまで亀裂が走り、そこから膨れ上がるような光が満ちる。



 あふれる光を見つめながら忠遠は独り言つ。


「千年や……。冬眠はもう充分やろう。穴蔵からそろそろ起きる時間やで。さっさとこっちに来いや。いでませ――黄泉津大神(ヨモツオオカミ)



 瞬間、その言の葉が引き金であったがごとく治天の玉座は砕け、光の奔流は忠遠ごと大極殿そのものを呑みこんだ。

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