第肆章 神座王集う 幕章 舞台裏
「いやはや……これは参りました。アフリマンの王が戴冠した今、時間の問題だろうとは覚悟してましたが、こんなに早く追手がかかるとは……。さすがは、ミカエラ陛下といったところですか」
カルドゥーレは、大胆不敵にも内裏からそれほど離れたところにはない宿屋にて、飛ばした不可視の使い魔を介して朧が直面した出来事を見聞きしていた。
「しかも、追手として差し向けたのが、アイアコス卿とはつくづく容赦がないなぁ」
他人事のように肩をすくめる商人だが、次の瞬間には目を細めて神妙な声で独りごちる。
「しかし……樰永殿にとっては些か不味いことになりそうですね。なにせ、このままでは遠からずアイアコス卿と対峙することは必定。にも拘らず今の樰永殿では、まず十中八九勝ち目がないときてる」
アイアコスは、故国セフィロトでも屈指の騎士である上に最上位の神座王だ。
刻鎧神威の扱いにかけては経験も技量も樰永とは比べ物にならない。
とはいえ生身の武人としての技量自体に大きな差はあるまいというのが、カルドゥーレの見解だ。
事実、使い魔を通して見物していた宿での刺客たちに対する大立ち回りは、彼の目から見ても圧倒的な武力だった。それこそセフィロト騎士の最上位階である『熾天使』に相当する力量だ。
しかし、それはアイアコスとて同じこと。位階は今でこそ上級第三位の『座天使』止まりだが、彼もまた純粋な実力と技量は既に文句なく熾天使クラスだ。
それだけに刻鎧神威の造詣と練度の差は、それだけで致命的な瑕瑾となりかねない。
刻鎧神威とは素のパワーバランスを容易く一変させてしまう最凶の鬼札だ。
だからこそ西界の国々はセフィロトも含めて、かの神器を血眼になって確保しようとする。
その上、アフリマンはその中でもセフィロトの初代国王すら扱いに頭を抱えた挙句、封印という選択肢しか存在しなかった問題物。
その王に選ばれたことが明るみともなれば、倭蜃国の群雄は愚か西界の名だたる神座王たちが、樰永の首を殺りに来るだろうことは想像に難くない。アレにはそれだけの力がある。
「つまりは……来るべき時が些か早くに訪れてしまったというだけのこと。これもまた王を目指すに当たっては避けては通れぬ道というわけですね」
カルドゥーレは、いつもの微笑のまま双眸に鋭い光を滾らせ、今現在、かつてない艱難辛苦が迫っているとも知らずに書物と格闘している、当の若君に試すかのような声で囁いた。
「さあ、若君。ここからが正念場ですよ? 貴方と妹君の道が開けるか否かは、まさしくこれからに懸かっている」