第肆章 神座王集う 五 両雄対談
樰永と朧が御所への侵入を果たした頃……。一条宮邸、客間。
「お初にお目にかかる。西界のご使者殿。淦狗国国主、殯束淦狗守光昶が一子、殯束尊昶と申しまする。この度は、摂権殿下の命で貴殿たちの案内役を務めることと相成りました」
座敷で、青の直垂を着込んだ、黒茶の総髪を後ろでまとめた凛々しい若武者が手をついて頭を下げる。
「アイアコス・フォン・アグリッパです。こちらこそよろしくお願い申し上げる」
「しかし、屋敷でも甲冑は愚か兜も脱がれぬとは……常在戦場と申されるわけですか」
若武者は全身を頭から爪先まで甲冑で固めた異様な騎士に感嘆の声をあげるが、その返答は素っ気ないものだった。
「失礼……。ただあまりに見苦しい顔貌であるが故に。このままでご容赦願いたい」
「いえ。お気を悪くされたのなら申し訳ない。しかし、我が国の言葉が達者であらせられる」
「師からは倭蜃の言葉をはじめ多くの言語を学びました。それに祖母が貴国の出身であったもので……」
「ほう。それは不思議な縁ですね」
尊昶は心底目を丸くした。
そうして当たり障りのない会話を続ける中で、二人は互いの力量を見極めていた。
――これが西界の神座王か。なるほど……強い。こうして対峙するだけで肌が泡立つことを禁じ得ぬ。
尊昶は、武者からにじみ出る鬼気を敏感に察し肚に力をためる。
――この男が東界の神座王。水のように穏やかながら内に火のような苛烈さを感じる。油断がならんな……。
アイアコスも、若武者のゆったりとした佇まいながらまるで隙がない物腰に警戒を強める。
なお、今は互いの従者や配下は外させている。少なくとも表向きは。
その実は、互いに裏側で様子を伺わせており、万一の時はいつでも討って出られる態勢を整えている。
そんな一触即発の交渉の中、機先を制し口火を切ったのはアイアコスだ。
「とは言え、今は一刻も早く我が国から盗み出された宝を回収することが急務。どうかご協力願いたい」
「ええ。殿下から貴殿らの用向きは聞かされましたが、事態はそう悠長に構えてはいられぬようですね。しかし何の因果かその宝は今――」
「――この都にある」
神座王である二人には、先日この都に禍々しくも巨大な力が近づく気配を感じていた。
途中で気配は一旦途絶えたが、予想が正しければこのままこの扶桑京に向かっているはずだというのは互いの共通認識だったし、何より昨日アイアコスは一瞬それらしき巨大な気配を都の中において感知していた。
「もっとも、詳しい位置を割り出す前に再び気配を消されそれ切りであったが、まだそう遠くへ行っているとも思えぬ……。必ず、この都のどこかにいるはず」
そう予測を述べる西界の武者に対し、尊昶は言うべきか一瞬だけ迷っていた。
正にその巨大な気配を発した男に昨日会ったことを。
――あの男から発せられた神気は今まで感じたことのないものだった。神々しさと禍々しさが綯い交ぜとなった混沌……! 一時のことだったが、まるで全身を突き刺されたかのような圧迫感を感じた。是叡公の話から考えても、アレが件の刻鎧神威とその王に相違あるまい。しかし、いいのだろうか? この男に話してしまっても。
尊昶をわずかなりとも躊躇させたのは、無頼から救いだした件の神座王の妹らしい女子のことだった。
西界の武者の目的から考えても、王に選ばれたであろうあの男は唯ですむとは思えない。そうなればその累はあの女子にも――。
そう考えたところで尊昶は内心で頭を振った。
――よせ! 武士としての務めに、一時の感情……それも私情を交えるなど言語道断だ! ましてやああして直に対峙したからこそわかる。アレはこれまで見てきた刻鎧神威とはまるで違う。西界の使者が血眼で海を渡ってでも取り戻しに来るのもうなずける。下手をすれば、倭蜃国そのものが災禍に見舞われることとなる! ならば、その災禍を取り除くことこそが武士である我らの務めにして義に他ならぬではないか!!
そう思い直すと、意を決して口を開いた。
「実は……おそらくではありますが、件の刻鎧神威に選ばれた王に昨日会いました」
「…………なに?」
その言があまりに意外であったのか、西界の武者はしばし間を開けてからようやく言の葉を吐き出した。
「お恥ずかしながら、昨日市中に町人を装い散策していたのですが、騒動に巻き込まれた町人の風体をした娘を助けたところ、その兄であろう人物に、これまで感じたこともない巨大な神気を感じました。断言こそ出来かねますが、十中八九貴殿らが探し求められている杯に選ばれた王であろうかと」
「とすると、その者が庶人の為りをしていたのは貴公と同じく偽装であると?」
「おそらくは……絶対にないとは申しませんが、それほどに強大な魔神に選ばれたのが一介の町人であるとは少し考え難いかと。何より物腰は明らかに武の心得がありました」
その言葉に「ふむ」とアイアコスは考え込むように顎に手を当てた。
一方で尊昶は発言した後、僅かな説明し難い後悔と疑問に懊悩していた。
――武士の務めとしてはこれで正しいはずだ。だが、このやりきれなさはどういうわけだ? ただ一目会っただけという女子だぞ。なんたる女々しさだ! 頭を切り替えろ!
しかし、その煩悶も次に西界の武者が発した言葉で打ち切られた。
「……どうやら当面の我らの標的は決まったようだ。その者の人相がどのようなものだったかを詳しくお聞きしたい。よろしいでしょうか?」
丁寧でありながらも有無を言わさぬ威圧すら宿った言葉に、尊昶は武士としてうなずくより術はなかった……。




