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第参章 鬼神相愛 間章 待ち受ける者たち

 すいません。今回は短めな上に樰永と朧はまったく出て来ません。ただ扶桑側の動きと伏線を含んだ回なのでどうかご拝読ください。

 扶桑京(ふそうきょう)大内裏(だいだいり)


 月明りさえない八雲の宵闇にあって、焚いたわずかな篝火(かがりび)だけが、その輪郭をうっすらと照らしていた。

 


 広大な築地塀(ついじべい)で囲われた建築物は、王亡き宮殿にして王都の心臓部。


 その中で。かつての王の私的区域たる内裏(だいり)――通称"禁裏(きんり)"


 殊に、内裏の正殿である紫宸殿(ししんでん)と王の住居であった清涼殿(せいりょうでん)は、現在王家を慰める霊廟(れいびょう)となっており、出入りが赦されるのは摂権をはじめとした五大摂権家の当主のみだ。


 ただ朝廷の蔵書を収める校書殿(きょうしょでん)と内裏を囲むように点在する施設だけは創建の世から変わらず政務の機能を果たしている。

 

 朱雀門(すざくもん)南正門(みなみせいもん)から宮城の正門である応天門(おうてんもん)十二朝堂(じゅうにちょうどう)と呼ばれる殿舎の一郭を抜けて、まさしくその真正面に、翡翠と見まごうばかりに輝く緑釉瓦(りょくゆうがわら)が屋根を整然と彩り、朱色に塗られた柱と(はり)肘木(ひじき)が映える荘厳な正殿がある。


 その名を『大極殿(だいごくでん)』といい、国家的儀式などが行われる宮殿だ。


 今現在は亡き王家の本尊ともいえる治天の玉座もそこに存在する。

 


 その場所で今、現・摂権である一条宮(いちじょうみや)是叡(これあき)が客人と謁見していた。

 

「これはこれは西界(せいかい)の外つ国からの御使者とは……なかなかに面妖でおじゃるな?」


 是叡は眼前に控える黒鉄の騎士――アイアコスを値踏みするような視線で撫でて言う。それにリュカが不機嫌そうに眉をしかめるが、それを主が兜越しの視線で制す。


「兜を取らぬ無礼をお赦しあれ。あまり見せられる顔貌ではありませぬ故……」


「ほお? 戦傷か何かでおじゃるかな」


「まあ、そんなところです。さて。早速本題に入らせていただきたい。当国は国宝に等しい刻鎧神威(グレイル)を盗みし賊を追って御国に参りました。どうか御国での捜索をご許可いただきたい」


「ふむ。まあ、別に構わぬでおじゃるが……。その国宝とやらはこのような極東の地まで追いかけねばならぬほど重要なものかのう? 刻鎧神威の話は麿も聞き及んでおるし。遣い手たる神座王も二人ほど見知っておじゃるが……」


「危険という意味では重要どころか甚大というべきでしょう。アレは(みだ)りにひとが触れて良い代物ではない。下手をすれば、御国にも重大な害がもたらされましょう」


「それほどにか……。良かろう。麿にしてもこの国に禍が及ぶは本意ではない故のう。心置きなく捜索されるが良かろう」


「ありがとうございます」


 アイアコスたちは平伏して謝辞を示すが、リュカは聞こえぬほどの小声(それもセフィロト語)で「はっ! 我が身大事な白蟻の親玉がよく言うぜ」と侮蔑と嫌悪がまじった声音で吐き捨てた。


「聞こえますよリュカ殿……!」


 それを同じく小声かつセフィロト語でたしなめながらもシャリネも本音は彼と同じだった。


 確かに眼前の男は、自分たちをあからさまに見下ろす視線と言い、慇懃な色が見え隠れする口の端々(はしばし)や身振り手振りと言い、リュカが最も嫌う人種だろうことは容易に窺い知れたし、何より道中で聞いた噂も決して好ましいものではなかったからだ。


「つきましては、摂権殿下に情報の提供を平にお願いしたい。先刻も申しあげた通り、事態は貴方が考えておられる以上に深刻なのです」


「と、言われてものう……」


 是叡はもったいぶるような仕草で唸る。


「麿とて、刻鎧神威なる物についてそれほど詳しゅうはない故な。その行方など論外でおじゃる」


「元より期待なんぞしておらん」


「リュカ殿……!」


 嘲笑まじりにセフィロト語で毒づくリュカに、カラコムが冷や汗を流しながら咎める声を低くあげる。


「ただ麿よりは詳しい者がおるぞ?」


「と、申されますと?」


「先程も申したでおじゃろう。神座王を二人ほど見知っておると。今、ちょうどよくと言ってはなんじゃが、その内のひとりがこの都に滞在しておるのじゃ」


「ほう――。それはどこのどなたなのですか?」


 その言葉にアイアコスも興味を惹かれるような声音を出す。


桓東管領(かんとうかんれい)を代々担う殯束(もがりづか)家の総領息子で殯束(もがりづか)尊昶(たかあきら)という者じゃ。父である光昶(みつあきら)殿の名代で上京した次第でおじゃる。その者に貴殿らの協力を要請しようぞ」

 








「あ! お帰りなさいませ、お師匠さま!」


 控えの間で待っていたユリアとレイヴンが、帰ってきたアイアコスたちを見て駆け寄る。


「……その、摂権との謁見はいかがだったでしょうか?」


 レイヴンはいまだに気まずそうに目をうつむかせて問うた。


「……思っていたよりも首尾よくいった。ただ協力者をひとりつけるそうだ」


 アイアコスもそれは同様なようで視線をそらしながら応対する。


 その様にユリアは耳をションボリとさせて落ち込む。そんな彼女を励ますように頭を撫でたシャリネが先の件に触れた。


「兄さん。あの是叡という男の言葉、どこまで信用できるとお思いですか? 紹介された協力者もまた然りですが……」


「まあ、ぶっちゃけた話が監視だな。俺が逆の立場でもそうする。自国に他国の兵を野放しにするなんぞ正気の沙汰ではない」


 リュカの明け透けな物言いに、アイアコスもうなずいて続ける。


「至言であり定跡だな。この程度は予想の範疇だ。ただそれを別にしても、土地勘のある者の案内は必須だろう」


「それはそうですが……」


 シャリネは不服そうに口を尖らせる。カラコムも難しい顔で唸るように懸念を口にする。


「しかし、その案内役という尊昶(たかあきら)という者とて、いったいいかなる人物なのか。もしかすれば、あの奸物の密偵という可能性も……」


 それにアイアコスも重苦しい嘆息をつきながらも決然とした声で告げる。


「確かにありえん話ではないどころかその可能性が濃厚だが、今はあれこれ想像してもどうしようもない。いかなる案内役がつこうとも、我らがやるべきことに変わりなどない。陛下に叛いた罪人を捕縛し、アフリマンを回収し本国に持ち帰る。それだけだ」


『はっ!』


 その言葉に皆が肯定のかけ声をする。


 それからアイアコスは、レイヴンを見て新たに口を開く。


「レイヴン……」


「は、はい……!」


「……先日はすまなかった」


「え?」


 突然の謝罪に、少女は面食らった面持ちで呆けた声を出す。


「おまえに悪意など在ろうはずがないのに、我ながら大人気ないにもほどがありすぎた。子供の頃から今に至るまで無償も同然で尽くしてくれているおまえなのに……」


「い、いえ! そんな! 私が不用意だったんです……! これから言葉に気をつけます。伯爵(カウント)……」


 そう頭を下げると少女従者は「に、荷物の確認をしてきます」とその場を後にした。



「………」


 その後ろ姿を複雑そうに見るアイアコスにシャリネがジト目で睨んできた。


「兄さん……」


「何だシャリネ?」


「何だ。ではないです! なんであそこでこれからは『カイ』でいいと言ってあげないのですか!?」


「……っ。そ、それとこれとは話が別だ」


「いいえ! 断じて別などではありません!」


「しゃ、シャリネ……」


 カラコムがなだめるように声をかけるが、シャリネは止まらなかった。


「兄さん。貴方は、いったいいつまで未練がましい理想に縋るつもりですか?」


「っ! 余計なお世話だ。おまえや叔母上に取ってみれば、あまりに馬鹿馬鹿しく下らなかろうが、僕にとっては、まぎれもなく生涯の夢だ」


「"馬鹿馬鹿しい"、"下らない"、その自覚があるのなら、なおさら是正なさるべきです! もう貴方は貴方だけの剣を鍛えあげている。にも拘らず何故、今更母君や姉君に兄君の模倣をする必要性があるのですか!?」


「~~~~~っ! ……夢だからだ。子供の頃からの! それを叶えようと思って何が悪い?」


「夢? 貴方の夢は騎士になることだったはずだ。そして既に立派に叶えているではありませんか!」


「まだだっ!!」


 しかし、アイアコスはその言葉を断固として拒絶する。


「まだだ。まだ足りない。僕が思い描く理想には全然届いていない……!」


 その声にはある種おぞましいまでの鬼気が渦巻いていた。


「……それでミカエラ陛下が振り向いてくれるとでも思っているのですか……っ?」


 しかし、その冷水のような言葉を浴びせられた途端に、アイアコスは呻くように唸る。


 そこへリュカが水を打つように手を打った。


「そこまでにしろ。今はそんなことを話している場合じゃないだろうが」


 その言葉に、シャリネも流石に不満げな顔ながら不承不承の体でおとなしく引き下がった。


「………」


 一方で、アイアコスはシャリネの言葉が相当にこたえたのか、うつむいたまま、かつて主君に言われた言葉を思い出していた。

 


 ――もしだぞ。そのままのおまえを愛しているという(やつ)がいたらどう思うのだ?

 

 

「……決まっている。そんな目が腐った者など願い下げです」


「え? お師匠さま……」


 自嘲まじりの冷笑とともに吐き捨てられた師の言葉を、耳聡く聞きつけた愛弟子が困惑の声をあげるが、アイアコスはそれを鋭い声で遮った。


「なんでもない」

 

 そして、そのまま歩き出し、内心で暗い火を燻ぶらせる。



 そうだ。僕自身さえ嫌いな自分なんかを愛されることに何の価値がある。


 そんなものとっくの昔に諦めている。


 ましてや、こんな身体になった今はなおさらだ。


 僕は騎士として戦い、騎士として死ぬ。


 僕に残された望みと夢は、ただそれだけだ。


 こんな竜の混じり物(バケモノ)にそれ以外どんな道がある?


 だったらせめて、曲がりなりにも家族の形見(あかし)くらい抱いて死にたいじゃないか。


 こんな出来損ないの命にもそれくらいの夢は赦されていいじゃないか……。



 暗い澱のような感情に沈みこんでいると――


 ガシッ!


 そんな音とともに右手を愛弟子が握りしめていた。


 思わずハッとなって振り向くと、ユリアは懸命な面持ちで叫んだ。


「お師匠さま! ユリアは、ユリアはお師匠さまのお傍にずっといます!」


 途端に仮面の奥で面食らった顔になる。


「……藪から棒になんだ?」


「だって……お師匠さま、今きっと自分で自分を傷つけてる顔してるもん!」


「っ!?」


 思わず呻く師に、弟子は目尻に雫を湛え、耳と尻尾をピコピコさせながら捲し立てる。


「お師匠さまは、お師匠さま自身の価値を全然わかってません! わたしやステラちゃんが今こうしていられるのは、お師匠さまのおかげ……。お師匠さまがわたしたちを助け、生きる術を、戦う術を教えてくれたおかげなんです! だから……だから! そうやって勝手にいなくなろうとなんてしないでください!!」


 最後は涙声になる弟子をアイアコスはどこか呆然とした目で見ていたが、やがてその頭を優しく撫でた。


「そっちこそ勝手にいなくなると決めつけるな。私はどこへも行く気などない」


「ひっくっ! は、はいっ」


 師の言葉に安堵したのか、しゃくり上げながらも腕で瞼を拭うユリア。


 その姿に思わず脱力したような嘆息をついてしまった。


 先ほどまでの呑みこまれるような澱は既に霧散していた。


 ――まったく、こいつがこんな泣き虫なままだと、当分はオチオチ戦死なんぞできそうにないな……。


 この時、竜の騎士は自分でも気づかぬ内に仮面の奥で微苦笑を浮かべていた。

来週こそは、樰永と朧をガッツリ出しますのでお楽しみくださいませ。因みにステラというのはユリアの妹で同じくアイアコスの弟子です。今は諸事情のため別行動中です。そのため出番はまだ先かもです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レイヴンにちゃんと謝れて、よし!(* ゜Д゜)و でもまだ「カイ」呼びには抵抗があるのも、人間味があって私はいいと思います。 またしてもアイアコスの人柄が見えて、好感度が上がってしまった……
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