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第伍章 終幕の開幕 一 魔性の枝

タイトルは終わりの始まりと読みます。そして、Twitterでも告知した通り今年最後の更新です。また年末と一月いっぱいは連載はお休みさせていただきます。


実を言うとストックが切れまして、また書き溜めしていきます。どうかご了承くださいませ。

 炎上する葉華(ようか)に突如として生い茂った巨木。焔風に揺られながら燃えることなく涼やかな微笑を鳴らすように蠢く七色に光り輝く実。


 その幻想的な景観の中で裏切りの老将――能代(のしろ)蒜山(ひるぜん)が両手を広げ誇らしげに言祝いだ聖名を咲夜(さくや)が擦れた声で反芻(はんすう)する。


「“蓬莱の珠の枝”……?」


「左様。それこそが嵩斎(たかとき)様が我らにお与えくださった恵み」


「“枝”だぁ? “大樹”じゃなくてか?」


 永久が自分たちを見下ろす巨木を見上げて問い質す。何らかの比喩であるとしても枝というにはあまりに大きすぎる枝だ。だが、蒜山は悠然とした面持ちで首肯する。


「然り。()にござる。手にした者に永久(とこしえ)の豊穣と栄華を約束される至宝の玉にござる。このように――」


 右手を差し出すように突き出した途端、枝と呼ぶ巨樹に実った七色の実が数個独りでに千切れ、裏切りの老将の背後に飛んで滞空するや、弓矢のように撃ち出され相対していた大樹の郎党の口へと放り込まれた。


 義正と咲夜は何をと訝しむ間もなく異変はすぐに顕在化した。


 意図せずして得体も知れぬ実を嚥下した郎党たちは何れも「ぐっ!」という呻き声を上げた後、身体を九の字に折り曲げ痙攣したように静止したのだ。


 その様にどうしたと叫ぶ間さえなかった。


 そのたった数瞬で彼らの口から漏れたのは――

 


「グゥル……ガアアアアアアアアァァッ!!」



「っ!? 咲夜!!」


「はい!!」


 発せられた獣性の咆哮と同時、大樹兄妹の判断と行動は迅速だった。


 牛頭の槌鉾が()()()()()()()()()薙ぎ払い、あるいは千枚以上もの護符が鎖のように折り重なって拘束する。


 しかし。


「ガァアアアアアアアアア!!」


 それでも彼らの勢いは止まらず薙ぎ払われ肉が(ひしゃ)げたはずの兵たちは目を血走らせて駆け、拘束された者たちも護符の鎖を引き千切らんばかりに暴れる。


 すかさず永久が上空から複合弓の矢で全身を粉微塵に吹き飛ばして止めを刺す。


 弓弦(ゆんづる)から手を離した永久は顔を不快気に歪め舌打ちする。


 ――こいつらのこの症状……間違いねぇ!!


 ――っ! やはり!!


 そのありさまを見て永久も義正たちも改めて確信する。


 これは先刻城内で狂暴化した兵たちと同じだと!


 そして、蒜山が先程操った七色の実こそがその元凶なのだと!


 そう悟った瞬間、義正は憤怒の形相でかつての護役に吠える。


「蒜山ッ!! 貴様は! 貴様という奴は……! このような邪悪なものを大樹の同胞(はらから)に盛ったばかりか、かような禍々しい樹を鬼灯(ほおずき)の地に植えたかっ!! その罪業……! たとえ閻魔が赦したとて俺は決して赦さぬぞ!!」


 だが、当然のごとく裏切りの老家老は何を今更とばかりに鼻を鳴らすだけだ。


「どうぞ何とでも。そもそもからして拙者こそ貴殿らをひとりたりとて生かしておく気は一切合切無し!!」


 明々白々な死刑宣告こそが合図。蒜山ら能代一党から凄まじい瘴気にも等しい妖気が放出され爆発的に膨れ上がったかと思うと弾かれたように彼らは駆け出した。


 咲夜や残る大樹郎党へはもちろん。上空で天馬(ペガサス)に騎乗する永久たちへもなんと手を枝や蔦に変化させた挙句に伸長することで触手として繰り出し攻撃する。


 蒜山もまた老人とは思えぬ超加速で義正に肉薄するや上段から凄まじい一刀を繰り出す。


「ぐぅぬっ!!」


 その速く鋭い一振りに肝を冷やしながらも槌鉾で受け止める義正であったが、すぐにその顔は驚愕と戦慄で彩られることになる。


 速度は愚か、その膂力は老人は愚か常人が出せるようなものではなかった。それこそ先刻欺かれた蒜山の偽物以上だ。


 ――くそっ! 足が地面にめり込んでやがる……! 木霊の力が封じられたばかりか力が入らん! それに加えてだ。この力明らかに蒜山個人のものではない。大地の――龍脈を取り込む木霊の力だ!!


 そう。妖気の流れを研ぎ澄まして観察してみれば、蒜山をはじめ能代一党の身体に鬼灯の龍脈から莫大な気が流れ込んでいる。


 この力はまさしく木霊の後裔たる自分たち大樹一族のものだ。


 だが、能代家は木霊の血を一切汲んでいない家系だ。それが何故?


 ――やはり、あの樹の力だと言うのか!?


 自分たちを我が物顔で睥睨する魔性の巨木を睨む。


 だが、その刹那の余所見に付け入るように蒜山の刃が得物の槌鉾へと斬り込まれていく。


「ぐっ!」


「ほれ。若君? 拙者は戦の最中に余所見などお教えした覚えなどございませんぞ」


 (なぶ)るような声音に義正は反骨剥き出しで笑んでみせる。


「余所見ではなく観察だ。戦とは必ずしも敵だけを見るものではない。周りや地形の状況、敵味方の位置、戦場そのものを俯瞰(ふかん)して見ろ。それもおまえの教えだろ」


「確かに……」


 蒜山は口角をニンマリと上げる。


「されど、今更それもまた詮無きこと。既にこの戦は詰んでおり申す。既にして貴殿らは嵩斎様の巣にまんまと飛び込んだ蝶に他ならぬのですからな」


「さて。それはどうかな」


 それでも義正もまた笑みを一切消さない。


 だが、いかに強がろうが戦況は圧倒的にこちらの消化試合だと蒜山はほくそ笑んだ。


 蓬莱の珠の実によって大樹兵たちを狂暴化。これによって指揮系統を破壊し士気を挫いた。


 同時に前もって葉華(ようか)各地へと仕掛けた妖火薬(ようかやく)に火を付け大樹一族の逃げ道を塞いだ。


 まあ、これは予期せずして何者かに消火されはしたが、しょせんは些末事だ。


 次に鬼灯の森の根源たる“御神体”を簒奪。そして、蓬莱の珠の枝の根を新たな鬼灯の御神体として植える。  


 これは鬼灯の地と馴染むのに些か時間がかかったが、十二分に許容範囲だ。


 事実“枝”は問題なく実り、ついで降誕のための呼び水たる神焔【樹華焔(じゅかえん)】により再び葉華は火の海へと逆戻り。今度こそ憎き大樹の愚民どもに逃げ場はない!


 さらに何よりだ。“枝”に選ばれた我らは絶大な力を与えられ、逆に大樹一族の力を大きく削いだ!


 今、己がその若殿を圧倒していることこそが何よりの証明!!


「御身こそ現実を直視なされい。見られよ――」


 蒜山に促され、義正は改めて周囲の戦況に目を凝らす。


 咲夜は護符を手に能代一党相手に防護呪文や拘束術などであしらい続けているが、息は既に絶え絶えだった。


 無理もあるまい。然程身体が頑丈とは言い難い妹だ。これまでの連戦での消耗もあろうし、何より相手は得体の知れぬ力で強化された魔性とも言うべき輩だ。


 さらに霊力や妖力も自分同様に木霊としての力を封じられ妙な圧力をかけられているのか、後わずかと言ったところ。わずかに生き残った家臣たちも似たり寄ったりで既に疲労困憊の体だ。


 上空を見れば、天馬(ペガサス)に騎乗した永久と啓益(よします)、カルドゥーレが、放たれた枝や蔓のごとき伸縮自在な触手を相手に複合弓の矢や小太刀に細剣(レイピア)などで打ち払っているが、打ち払われた触手はすぐに鞭のようにしなって元の軌道に戻るばかりか斬ってもすぐに元の大きさへと再生してしまう。


 はっきり言って、どこもかしこも先日手――否。八方塞がりのジリ貧だ!!


 その現実を指摘するように逆賊の老狐はますます醜悪な笑みを濃くする。


「いかに意気軒昂に吠えたてようともこれこそが現実ですぞ、若君。いまだにおわかりになりませぬか? 木霊の加護を失ったあなた方など“枝”の力を得た我らにとって赤子も同然……否! 以下と言うべきでありましょうや!!」


 狂気さえにじんだ歓喜の叫喚を迸るや、その斬撃は遂に槌矛を二つに裂いた!!


「っ!」


「お覚悟!!」


 槌矛を裂いた蒜山の太刀は、その運動法則に逆らうことなく真っ直ぐ過つことなく義正の脳天へと振り下ろされて――


「兄上っ!!」


 咲夜の――何よりも愛する妹の悲鳴に等しい絶叫を耳にしながら、義正は己に迫る裏切りの凶刃を見つめた。

また来年お会いしましょう! ではよいお年を!!

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