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第弐章 大蜘蛛の巣中 五 鷹叢家

秋羅国(しゅらのくに)


 倭蜃国東北の地『應州(おうしゅう)』に位置し、金山や銀山が豊富な上に大規模な港を持ち、そこから海を隔てた隣国の(ラン)帝国、遥か西方にある西界(せいかい)のロマーナや南界(なんかい)のアトランティスとの交易によってもたらされる富で栄えた国だ。


 殊に現太守である鷹叢(たかむら)悠永(はるなが)は財政手腕に優れた辣腕家の名君であり、その財力はかつての大君家の最盛期すら超えるとも言われ、武家の大将としての器量も高く強力な騎馬軍団や水軍を有する精強な武士団を背景に、一代で應州の北半分・秋羅国を含めた計七ヵ国の所領を有する大大名へと鷹叢家を押しあげた。まさに稀代の英傑である。

 

 

 その英傑が築いた本拠地『黄泉(おうせん)』は、金山と銀山の大本であり西界へと繋がる海と接した鷹叢の黄金の都。


 産出される金と銀による財力は言わずもなが、整備された大規模な港を持ち、そこから国外との交易によってもたらされる富で栄えた倭蜃国でも有数の国際貿易都市であり、都市全体を居城に組みこんだ、陸・海共に万全の守りが施された城塞都市でもある。


 中枢から離れた辺境に等しい地に、かの神都『扶桑京(ふそうきょう)』にも劣らぬ文化を誇る都市を築いていた。

 


 だが、その黄金王国の中枢部たる黄泉すべてを堀や塀で囲んだ鷹叢家(たかむらけ)居城、宝瓶城(ほうべいじょう)は今大きな波紋に揺れている……。

 



「つまり貴様の話を要約すると……セフィロト王国は現在二つに分裂しながらも、ミカエラ女王率いる本家は『セフィロト専制帝国』として、造反したルシフェル王子率いる反逆勢力は『アルカディア連合皇国』として、それぞれ独自の発展と拡張を続け、別個の超大国として成長しつつあると?」


 悠永の問いにカルドゥーレは大きくうなずく。


「然りです。その御二方は双子のご兄妹であらせられるのですが、どちらもなかなかにどうしてかなりの辣腕ぶりです」


 あの一件の後、当然ながらカルドゥーレたちは牢に拘束され丸三日ほど厳しい詮議を受けていた。


 しかし、カルドゥーレの持つ深い見識に加え、樰永が手に入れた刻鎧神威(グレイル)の詳細を少しでも知る必要性があると判断した悠永によって、こうして再び大広間に召されたという次第だ。


「国を割りながらも、それほどの繁栄をもたらしておる時点でそうであろうよ。それで彼の二王も刻鎧神威(グレイル)を?」


「無論、それもそれぞれに五つも……」


 その答えで、家臣衆に動揺と戦慄が走る。


 さもありなん。あれ程の脅威を五つも従えている王が二人もいるなどと、想像するだけでも怖気が止まらない。


 悠永自身も重苦しい息を吐きながらも一同に「鎮まれい」と静かに制した。


「貴様の故国の情勢は理解した。が、いまだに解せぬのは貴様自身だ。そのような凄まじい君主を戴きながら、何故アレを我らに――倅に売り付けた?」


 悠永は斬りつけんばかりの眼光をもって真意を問うが、青年商人は涼し気な顔を一切崩すことなく悠然と返答する。


「いえいえ、貴方もご指摘なさった通り。私ごときの一存で彼の悪神を誰かにどうこうするなど、とてもとても……。私ではなく、アフリマンこそがご子息を選ばれたのです。私がしたことなどせいぜいが切っ掛け作りに過ぎませぬ」


「能書きはいい。こちらも単刀直入に問おう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 それに、カルドゥーレは極めて優雅な笑みを浮かべた。


「新天地を求めて――などとお答えしたところで素直に信じる御身ではありませんなぁ」


「愚問だ。それ以前に貴様自身が信じられん」


「っははははははははは! これはつくづく手厳しい!」


 バッサリと斬り捨てられたにも拘わらず、面の皮が何重にもぶ厚い青年商人は哄笑でもって返した。


「されど私を信ずることはできずとも、ご子息が手にされた"権能(チカラ)"はまごうこと無き本物にございます。そして、その力は貴方々にとっても今や必要不可欠な物のはずでは? こののっぴきならぬ状況を打開するためにも……」


 悠永は低く唸って睨む眼光をさらに鋭くするが、何ひとつとして商人の言葉を否定できなかった。


 確かにアフリマンの力は強大だ。既に芦藏(あしくら)が先んじて刻鎧神威(グレイル)を得ている今、それに抗し得るのは、彼女とその使い手に選ばれた樰永(ゆきなが)だけだろう。


 ――もはや、背に腹は代えられぬことはわしとてわかっている。が、結果的にあらゆる期待と負担が樰永ひとりに集中することになる……!


「おや? ご子息にすべての重荷がいくことを(いと)っておいでで? 武門の棟梁とも在ろうお方が」


 まるで思考を読んだかのごとく僅かに嘲笑するカルドゥーレを、悠永は殺気すら放って睨む。


 もっとも商人は一切動じておらず、むしろ面白がっているように目を細めてすらいた。


 しかし、悠永が何かを言う前に、その太々しいまでにぶ厚い面の皮を、一発の平手が思いっきり張り飛ばした。


月華(げっか)……!?」


 悠永は呆けたような声を出して妻を見る。家臣衆も同様だ。


「ほぉ……?」


 当のカルドゥーレはというと、張り飛ばされた頬を撫でながらも眼前で張り飛ばした張本人であるにこやかな笑顔を浮かべる夫人を、興味深そうに見ている。


「突然に失礼しました。けれど、他人(ヒト)の息子を、その渦中に叩き込んだ張本人が何を涼しい顔して勝手なことをのたまってるんですか~~?」


 それはあくまで柔らかで優し気な間延びした声であったが、悠永は言わずもがな、家臣たちも知っている。これは彼女が激怒している証だと……!


 だが、カルドゥーレは相も変わらず涼やかな微笑を浮かべるのみだ。その様に家臣たちの中には「この男、勇士か……!?」と思わず感嘆する者もいた。


「ご夫君同様に手厳しいことで。しかし、先程の発言に他意はありません。どうかお赦しを奥方様(マダム)。さて悠永公(ロード・ハルナガ)、お答えをお聞かせ願いたい」


「……何のだ?」


 そう問い掛けながらも悠永は、この胡散臭い商人が何を提示しようとしているのかを、既にして悟っていた。


 即ち――


「無論。御国が我がカルドゥーレ商会と対等の同盟を結ぶや否か」


 その言葉に家臣衆はざわつき始めた。


 当然だ。七ヵ国の領国を持つ武家と一商会との同盟など見たことも聞いたこともありはしない。


 さらに言えば、これは鷹叢家に対する僭越にして挑発とも受け取れる言だ。


「無礼者! 口を慎め西界人がっ!!」


「商人風情が我ら武家と対等の同盟を結びたいだと!? 付け上がるのも大概にせよ!!」


「西の蛮人が殿に向かってよくも!!」


 当然ながら罵倒の嵐が巻き起こり、カルドゥーレの部下たちも委縮するが、当の本人は涼やかな笑みを浮かべながら、それら一切を無視してなおも商談を続ける。


「私はこれでも刻鎧神威(グレイル)の造詣には一家言あるのみならず、祖国で多くの神座王(アマデウス)を見てきました。新たに登極なされたご子息にさまざまな助言(アドバイス)もできましょう。さらに我が商会の人脈は世界各地にありますし、西界の情勢は言わずもがな、東界(そちら)の情勢も掴んでおりますれば。無論、財源の面でも多少のご助力は能いましょう。そして、ともにこの倭蜃一統という一大事業を成し遂げるのです!!」


 と、大仰な身振り手振りで同盟の利益(メリット)を説いた。


「……それで貴様に何の利がある?」


「今のところは先程申し上げた通り"新天地を求めて"で、ご納得いただけませぬか?」


 おどけたようにのたまう商人に、悠永は苦虫を潰した顔になりながらもやがて――


「………よかろう」


「殿!?」


「正気でございまするか!? かような得体も知れぬ異人の提案に乗るなどと……!」


 当然、家臣たちからいっせいに反対の声が矢継ぎ早に上がる。


 しかし、悠永はそれを峻厳たる声で懇々と諭した。


「皆の言うこともわかる。……だが、現状アフリマン――延いては刻鎧神威(グレイル)の仔細を知る者は、この男ひとりだ。いかに手に入れた力が強大であろうと、その詳細を少しでも把握せねば話しにならぬ。下手をすれば、我が軍にも被害が及ぼう……。それを避けるには、この男の持つ知識は不可欠だと、わしは判断する」


「……私は悠兄様に従います」


 妻の月華がはじめに従ったことで、家臣衆も渋々と口を閉ざし平伏した。


 そんな中でカルドゥーレ一人が意気揚々と話す。


「ご理解いただけて何よりでございます! つきましてはこちらも信頼の証として、さっそく情報を提供いたしましょう」


「情報?」


「ええ、扶桑を治める五大摂権家(ごだいせっけんけ)について……」

 


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