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第肆章 狼煙 十三 発覚

 互いの殺気と戦意が一触即発ともいうべき重圧となって宵闇の天を圧し潰さんばかりに包んで爆発する――と思われた時。


「ん……ぅ」


「っ!?」


(おぼろ)っ!!」


 同時に竜の騎士の腕の中で朧が呻くような声を漏らすや身じろぎをし始めたのだ。


 やがて朧が薄っすらと閉じていた瞼を開けた瞬間――



 強烈な回し蹴りがアイアコスの顔面へと繰り出された。


「っ!」


 それをアイアコスは咄嗟に顔をそらして避ける。顎に蹴圧がわずかにかすめる。


 だが、当然ながら回し蹴りを繰り出した拍子に体勢を崩した朧はアイアコスの腕からすり抜け、そのまま真っ逆さまに地上へと落下する――ところを樰永(ゆきなが)がすかさず受け止めた。


「に、兄様っ!?」


 目覚めた途端に見知らぬ男に抱きかかえられていたかと思えば突然兄が現れ、朧は素っ頓狂な声を禁じ得なかった。


 気を失っていた間にいくら何でも状況が二転三転しすぎている。


「ったく――無茶しやがって……」


 一方、兄は疲労と呆れがまじった安堵の吐息をつく。


 暴走の兆しを感じて気が気ではなかったが、ひとまず問題はなさそうだ。


 目立った怪我も特には――外套に隠れている分にはわからないが、目覚め頭に回し蹴りを繰り出している分なら大丈夫だろう。


 そして、改めて妹が前を覆った外套以外は正真正銘の素っ裸であることを抱きかかえた感触で思い知り、顔を朱で染めバツが悪いとばかりに目をそらした。


 それを朧も今更ながらに悟ったのだろう。羞恥に赤らんだ美貌を俯け素肌を唯一覆っている外套をギュっと強く握りしめる。


 しかし、それでは駄目だと思ったのか樰永はワザとらしい咳払いをしてみせた後改めて愛妹の顔を見る。


「ま、まあ、とにかく無事でよかった。あんまり心配かけるな。それと――」


 自分の額を朧のそれへと優しく重ねた。


「すまなかった」


 さり気ない謝罪の言の葉を紡ぐ。


 尊昶との婚約で不安になっている時に忙しさにかまけて孤独(ひとり)にさせてしまったこともそうだし。咲夜(さくや)との触れ合いで深く傷つけたことだってそうだ。


 それらをも含めあらゆることすべてへの謝罪だった。


 それを朧はむず痒そうに顔を歪めるが、その一言に込められた万斛の愛しさを妹も感じたのだろう。喜色に富んだ朱がたちまちその美貌を覆っていく。


「い、いえ。私こそ手間を取らせました……」


 朧もまた愛おしさに潤んだ瞳を兄へと注ぎその首元に顔を埋めた。


 どこか初々しいまでの甘い空気が漂う兄妹に冷たい嘆息が吹きかけられた。


「まったく、おまえたち案外とあからさまなんだな。それでよくぞ今まで気取られずにすんだものだ」


 兄妹がハッとなって前方を見ると竜翼の騎士が顎を擦りながらどこか憮然とした面持ちで佇んでいた。


 先刻までの怒気と戦意は霧散している。眼前で展開された二人切りの世界(くうき)に思わず毒気が抜かれてしまったのだ。


 指摘され一層に朱を深くしながらも朧は改めて警戒を含んだ声音で兄に問う。


「兄様。この男は何者ですか? 不思議とどこかで会ったような気配を感じるのですけれど……」


 それに樰永も緊迫した声で返す。


「会ったようなも何もこいつはアイアコスだ」


「えっ!?」


 兄の言葉に思わずまじまじと眼前の異相の騎士に視線を注ぐ。その不躾に返ってきたのは凄まじいまでの冷笑だった。


「見目麗しい姫君にはそんなにも珍しいか? この無様かつ滑稽極まりない顔貌が」


 怒りまじりの嘲笑に朧は思わず恥じ入るように詫びた。


「ごめんなさい……」


 確かに今や敵同士であることを加味しても不躾な視線だったと猛省する。


「詫びる必要などない。事実だからな」


 しかし謝罪はどこか冷たい拒絶で突き放される。


 その様に少しイラっとした樰永は片手で朧を支えながら改めてアフリマンの大太刀の切っ先を向ける。


「それはそうとだ。てめぇ、こんな敵地で何をしてやがる?」


「何をも何も斥候だが」


 アイアコスはあっけらかんと答える。


「シレッと認めやがって……! てっ一軍の将がすることか?」


 舌打ちまじりに呆れる。だが、竜の騎士はただただ憮然として言う。


「それに関しては確かに返す言葉などないとも。ただ、個人的におまえたちに問うてみたいことがあったからな」


「問いたいこと?」


 朧は訝しみながらオウム返しに聞く。


 一方、樰永は先刻のこともあり敵愾心も露わに凄む。


「今や敵であるおまえが俺たちに今更何を聞きたい? 言っておくが、こちらの情報は一切――」


「おまえたちは、()()()()()()()()()()()()()?」


 何の前置きさえない完全な不意打ちだった。


 ただ一言に乗せられた意味を兄妹は正確に理解していた。


 この男は知っている。自分たち兄妹の仲がいかなるものなのかを!


 そのありえざる事実に息が止まり、心臓が凍り付いたような心地だった。


 総身から一気に血の気が引いたと言っていい。


 それぐらい衝撃的な言葉だった。


 特に朧が受けた衝撃は甚大だったらしく、今や口唇はガチガチと震え黄結晶(シトリン)の瞳も色を失っている。 


 樰永は、そんな妹を安心させるようにより強く抱きしめる。


 そして、すぐさま衝撃を受けた心を立て直し双眸を刃のごとく鋭く研ぎ澄ませて竜の騎士を睨めつける。


「どういう意味だ? 戦前の挑発にしては下世話が過ぎるぞ。貴様はそんな下衆ではないと思っていたのだがな」


 いかにも失望したと言いたげな口調で乗り切ろうとする樰永に、アイアコスもまた一切の容赦をしなかった。


「腹芸は無用だ。先の都の戦いで妹御に貸し与えたスーリヤの鎧を通してすべて知っている」


「っ!?」


 それは紛れもない掣肘(とどめ)の一言だった。刻鎧神威を通して心中を見られたとあってはどんな言い訳も通じまい。


 どうすべきかと頭を巡らせるが、そこで――


「何を迷うことがありますか、ユキナガ」


「っ! アフリマンっ!?」


 立ち止まる自分を叱咤するように、背後で白金の髪がなびき実体化した相棒が静かながら燃えるような戦意と敵意を宿した黒曜石の双眸をアイアコスへと向ける。さながら主の盾とならんとするかのごとく。


「敵にバレたからなんだと言いますですか。ユキナガたちの父母や家臣たちは敵の戯言を信ずるような暗愚なのですか」


「アフリマン……」


「それに、その程度の些事はここでこの仮面野郎を仕留めれば事足りるのですよ……!」


 途端に大太刀を中心に濡れ羽色の神気が焔のごとくゆらめくが、それを阻むように――


「それはできん相談だ」


 アイアコスではない荘厳な声音が響くや、彼を守るように三つの強大な神気がそれぞれ日輪の焔光と黄昏の暁光に月輪の燐光となって具現しその余波が過ぎ去ると、竜翼の騎士の背にもまた三体の男女が佇む。



 アイアコスの真後ろにいるのは、日輪を象った冠を被った長い黒髪に怜悧な紅い双眸を持った美貌の青年だ。


 その身を太陽を背負ったような造詣の黄金の甲冑に包んでいるが、最も際立つ特徴は額に黄金の第三の目があることだろう。ただ不思議と不気味さは感じず、むしろ目にした者を跪かせるかのごとき畏怖を感じさせ

る。


 さらには腕が四本もありそれぞれに得物を持っているなど異相の出で立ちと言えた。

 

 その右隣にいるのは、ウェーブが入ったストロベリーブロンドを流すままにしている赤紫の瞳の美女だ。非常に優美かつ起伏に富んだ豊かな曲線を描く体型の持ち主でそれらを強調するかのような些か露出度の高い白と青を基調にしたドレスに身を包んでいる。


 片目を瞑って老若男女問わず有無を言わさずに魅了するような微笑を浮かべており、全身から艶然とした自信に満ち溢れていた。


 そして残る左隣には、月を模した髪飾りを挿した真っ直ぐで艶やかな藍の長髪に神秘的な美貌を誇る女性が佇む。白皙の面の中央で月の光を映しこんだような銀の双眸が過たずアフリマンとその主である樰永たちへと注がれている。


 何れもひとを遥かに超越した力と存在感を放っている。紛れもなくこの者たちこそが――


「そいつらがおまえに仕える刻鎧神威(グレイル)というわけか……!」


「然りだ」


 畏怖を湛えた鬼神の若武者の言葉に竜翼の騎士は悠然と肯定する。


 扶桑京(ふそうきょう)の争乱より一月。ここに鬼竜の再会は改めて果たされたのだ。それこそがふたりの大戦(おおいくさ)の前触れと言わぬばかりに。

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