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密輸用地下ホームの逃走と闘争③

地下トンネルは一方通行の袋小路ではあったが、それはすなわち、先程流体スーツの力で叩き伏せた悪党どもによって巻き上げられ、踏みしめられた埃の痕跡を逆に辿れば出口に到着するということで、実際たやすく見つかった。

 唯一残念なのは、そのたった一つの道すじが先ほど脱出したパーシモン・シティ地下の非合法の発着駅、ゼロ番ホームとしか通じていなかったことだが、VETS流体をまとったケンバーの胸中には、先刻ほどの不安はなかった。


「面倒増やしやがって!素人か!?他のやつも逃したら承知しねえぞ!」


 中年男の怒号に合わせて薄暗いホームを影が走る。その数およそ二十余り。


「おーおー、集まる集まる…」


 こっそりとつぶやきながら、忍び足でもって地下トンネルの入り口からゼロ番ホームの闇の中へと忍び入ろうとしたケンバーだが


「わッ!何だお前!」


 最悪のタイミングで死角から現れたチンピラの一人と鉢合わせすることとなってしまった。


「お、お前こそ」


 反射的に返事をしながらも動揺を鎮めて戦闘態勢に入らんとするケンウッドケンバー。対して、その紅いVETS流体で覆われた肢体がゼロ番ホームの非常照明の中で蠢くさまを凝視するチンピラはといえば、その奇怪な紅い巨体を凝視して完全に硬直


「く、来るか…来い!」


 右手に警棒、左手にライト、目くらまししながら殴りかかってくるか…研ぎ澄ました喧嘩の本能で行動を予測しながら反撃の手を読むケンバーをよそに、肝心のチンピラはジリリと後ずさり、体を開き、ついには完全に背を向け


「変なバケモンが居るッ!」


 走って逃げ出した


「真面目に、やれーッ!」

「わーっ!」


 踵を返したチンピラに飛びついては掴みかかったケンウッド・ケンバーは、紅色のVETS流体スーツ

の膂力補助の勢いに任せてその身体を抱えあげ、力任せのバックドロップ!

 高度な投げ技に見えるバックドロップも、「後ろから相手を持ち上げる」「相手と後ろに倒れる」が躊躇なく行えるならば比較的容易く繰り出せる闘技であり、全身を覆うVETS流体の装甲が衝撃緩和の効果をもたらすことが明白なこの状態では、ケンウッド・ケンバーにとって逃げる相手を無力化するために最善・最速の方法だった。


「グ…エ」


 乱暴な投げで背中の肩から上の急所をいっぺんに強打したチンピラは完全に昏倒し、不明瞭な嗚咽を漏らすのみ。共倒れのあと素早く起き上がり追撃の構えをとっていたケンバーも、その情けない面相をみては拳を下ろすほかなかった。しかし


「何だッ、おい!どうかしたか?!」


 流石にその仲間たちは一連の騒動の音を聞き逃すほどの間抜け揃いではなかったようだった。


「さてどうする…」


 流石にホーム全員との乱戦を勝ち抜くことは難しいと本能で察知したケンバーは、先程投げ落とした男の両手から警棒と懐中電灯をむしり取り


「アッ!グスロフ、大丈夫か」

「静かにしろ!」


 一番に駆けつけて仲間の身を案じたチンピラの顔面に懐中電灯を投擲して即座に無力化させる。その投擲はケンバーの思った以上に狙い通りの一直線で、軽いスナップにもかかわらず全力のストレートパンチのごとき力強さで敵を打倒していた。


(視神経補助照準…そうか!)


 何やら思いついたらしいケンバーは、次なるチンピラが辿り着く前にホームを疾走し、停車している貨車の屋根へと軽快によじ登る。ホームの地面に置かれた非常灯スタンドよりも高い位置にあり、薄闇で覆われたその場所に陣取ったケンバーは、先ほど倒した男の手から奪ったもう一つのアイテムである警棒を熟れた野菜か何かのように引きちぎり、数片の金クズへと変え


「ダーッ!」


 その残骸を次々と投擲!流体により増幅された怪力と、視神経と筋肉の接続アシストの力が加わってそれら金属片はチンピラたちの手によって設置されたと思しき照明スタンドを次々に破壊、地下のホームを完全な闇へと変えた!


「何だ!」

「停電?!」

「なわけあるか!スタンドはバッテリーだぞ」

「ライト!ライトだ!」


 怒号が飛び交い、しばらくして懐中ライトの光線がホームのあちこちで乱舞するが、その光量は索敵には全く不十分だった。


(後は一人づつ煮るなり焼くなりだが……)


 顔を覆った流体で感覚を強化増幅させ、簡易的な暗視の力を行使できるケンウッド・ケンバーは、闇の中で慌てふためく二十余名の悪党を見下ろし、ひとりごちた。ここまでは彼の目論見通りだ。


(まずはカシラから!)


 ケンバーは視界に入った中から、特に無防備に姿を晒している壮年の男へと狙いを定めた。一目でわかるあの貫禄、先ほど叫び散らしていたこの場を仕切るボスと見て間違いない。

 屋根を蹴り、一直線に壮年の男へと飛ぶ。その飛び蹴りには一切の小細工なし。体重とスタート地点の高さ、そして運動エネルギーをふんだんに用いた、闇夜の奇襲ならではの豪快な一撃だ。しかし、


「かかった!」


 壮年の男はまるで昼間に子供を相手にするかのようにその攻撃を簡単に回避。予想外の展開に不意を突かれたケンバーは無様に尻餅をついて、そのまま滑る。一瞬見えた壮年の男の両目は、闇の中で青白い光を放っていた。


(こいつ…見えてやがった!)


 ケンウッド・ケンバーは己の慢心を呪った。この犯罪都市パーシモン・シティの暗部で歳を重ねつつ悪事を働くことは、過酷な抗争を生き抜いた海千山千の猛者の証明であり、軍事規格の暗視デバイスを両目に移植している筋金入りもいるかもしれないと、肝に銘じておくべきだったのだ。


「舐めやがって!」


 起き上がる隙も与えず距離を詰めていた壮年の男。その手に握られた電撃棒がケンバーの心臓近くに命中し、火花をあげる!大型動物の鎮圧用と思しき大電流が長期間の放置で絶縁機能が低下したVETS流体の装甲を焦がし、その内に収まるケンバーの強壮な筋肉すら痙攣させる!


「がーーーーーッ!」

「応えたな。おいこっちだ!火花のところに集まれ!」


 野太い悲鳴に手応えを感じたか、電撃棒はケンバーから離され目印代わりに掲げられる。


「この野郎ッ」


 仰向けから身を起こそうとしたケンバーの喉を中年男の剛健な靴底が踏みつけ、流体の仮面の下で見開かれたケンバーの瞳と、暗視インプラントで輝く双眸が交差する


「…お前、紅い流体…まさか!」


 その時、自分が踏みつけているものを改めてまじまじと見つめた中年に明らかな動揺!今度はその隙を、ケンバーが利用する番だった。


「おりゃッ!」


 仰向けから地を転がる勢いで足の拘束からねじり抜けるや、倒れ込んだ低姿勢を活かし、無防備な股間に蹴り上げを一撃!突然の猛痛に声も挙げられぬ男の頭を薄毛もろともに掴んで、そのまま手近の鉄骨柱へと叩き付ける。


「手前ェこそ流体を舐めやがって」


 卒倒して崩れ落ちた男へ向かって捨て台詞こそ吐けたものの、こちらの受けたダメージも予想以上に深刻だった。補給も整備もない状態で長時間放置され、むりたり再起動したばかりのVETS流体で戦闘をした上に先ほどの電撃。流体は水分を失い、使い古したゴムのように硬くなり始めていた。


「そして何より、俺がダメか…」


 垂直に飛び上がり、鉄骨製の天井梁にしがみつき、梁から梁へと地上から伸びるライトを避けるコースを飛び移りながら、ケンバーは呟いた。手痛いダメージを食らった今、頭に昇っていた血が全身に回り、誘拐されて以来溜め込まれてきた疲労がと飢餓感が全身を駆け巡っていた。勢いに任せた奇襲が失敗した今、このコンディションでの戦闘続行は愚策中の愚策だった。


「見てろよ、本番はこれからだ」


 悪党どもの怒号を背にアスレチックのような鉄骨移動を終え、息も絶え絶えに捨て台詞を吐いたケンウッド・ケンバーは、身に纏った真紅の流体もろとも、パーシモンシティの地下に広がる暗がりの奥へと駆けていった。

ご覧いただきありがとうございました。



◆ 次回のスカーレット・リベンジャー ◆


パーシモン・シティに巣食った悪徳の魔の手は、町の住民すらも終わりのない搾取で苦しめる。使い捨ての駒として命をすり減らすがままの力なき会社員、リンネル・トールの人生もその地獄のレールに載せられ、もはや終焉を待つばかりだ。しかしその哀れな運命に、怒れる復讐者と化したケンウッド・ケンバーの闖入があったとしたら?一発逆転の好機か、あるいはさらなる地獄の一丁目か―


次回『ブラック企業社員 リンネル・トールの疲弊と邂逅』

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