流体騎士スカーレットの復活と継承②
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「そうか……頭にもう一発撃ち込んで窒息死させるか…?」
強力硬化弾でケンウッド・ケンバーのまとうVETS流体を硬化させて動きを封じ、勝利を確信したD・タークはその頭を踏みつけてさらなる加虐性を発露させる。絶体絶命!しかし、
「ヤメローーーっ!!」
悲鳴に近い雄叫びとともにテアトル・モ搬入口の洗浄へと乱入したのは、悶着の果てにケンバーとの別れを告げたはずのリンネル・トールだった。
猛然たる突撃から、抱きつくような無様な体当たりでD・タークを押し倒して、肩から下げていた革鞄をその顔面に振り下ろす!
「は???!?お前、何だ?!てか何?」
「お前こそよくもッ」
必死に胴体にまとわりつくリンネルと、振り払わんとするD・ターク。運動不足の勤め人同士の取っ組み合いは互角伯仲の泥仕合となり、夜明けまで続かんばかりの冗長さだったが、
「ふざけるな!死ね!」
格闘の狂奔の中でやや冷静さを取り戻して、自分の手に握られている何かについて思い出したD・タークの銃撃によって、ようやく雌雄を決した。
「アーっ!」
轟音とともに脇腹を貫通した二五口径の激痛に飛び退き、うずくまろうとするリンネルに、さらに拳銃が連射される。右の肩口と腹のど真ん中を穿たれたリンネルは、ついに仰向けに倒れた。
「俺にはコレがあるんだよ…というか、なんだこいつは」
連射で熱くなった拳銃を振って冷ましながら、D・タークは本日仕留めた二人目の男をまざまざと見る。どこにでもいる下層デスクワーカー風の風貌に、見事なまでに磨り減ったボロ靴、苦痛に痙攣しながらもどこか満足げな顔…
「ああ、こいつ…川向こうの支社のトール。呼んでたっけ…?やっちまったけど、まあ良いか。社でもも
うすぐ死んで終わりそうな顔してたし………こんな顔もすんだな」
薄明かりの中、相手の正体を看破したD・タークだが、その所感は部下というより、倉庫の備品を思いもよらぬところで見つけたそれだった。
「ビビらせやがって!」
「グッ…」
こちらは硬化していないから大丈夫、とばかりに倒れ伏したリンネルに蹴りの一撃を見舞い、苦痛に満ちた声を上げさせ悦に入っ笑顔を浮かべたD・タークは、なんの気もなく振り返り、そして驚愕!
深紅の流体装甲を猛火のように滾らせる、ケンウッド・ケンバーの仁王立ちがそこにはあった。
「こ、こッ硬化弾は…」
「お前が、そいつをやってる間にな」
ケンバーの声の震えは、ダメージよりも、怒りによるそれだった。
「何とか肘を曲げて、指先を微振動ハンマーにしてな!」
手刀の形で固定されたケンバーの右手が風を切り凶悪な横一閃!全弾を撃ち尽くしてスライドが開いた
まま、反射的に向けられていた拳銃をD・タークの手から弾き飛ばす!
「固めてくれた箇所を順番に砕いて…伸ばして持ってきた他の部分と混ぜ直した。ジャリジャリするから、やりたくなかったんだが……」
「それでもみ、水が足りないだろ」
「舐めるなよ…あいつがくれた水のリザーブと、俺の血だッ!お前の用心棒がつけてくれた傷の、止血を一旦解除したからな…」
ケンバーの吐息に合わせて、流体が吸い取り残した赤い霧の雫が飛んでいた。テアトル・モの内部において、ケンバーを散々に傷つけ、切り刻んだゴールドラッシュのゴールデンスカージ。その傷はVETS流体の自動機能と無意識下の神経操作で圧迫、あるいは硬化した鈎状のの流体で縫合され、治療されるのが当然の機能ではあったが、非常の危機にあってケンウッド・ケンバーはこれをあえて解除。再び開いた傷口からの血を吸収させ、己の流体の伸縮リソースとして用いたのだ。これは当然、彼一人の知恵から湧いた作戦ではなかった。
「さあ、覚悟しろ…」
怨敵D・タークへと一歩踏み出すケンバーだが、急性貧血の身体が未だ自由の効かない膝の装甲にもつれて、若干よろめく。
「くそがーッ!」
その隙を見逃さなかったD・タークは素早く飛び、転がるような無様な格好ながらも再び拳銃を掴み、前へと突き出す!
「お前それ、弾切れだろ」
呆れた様子のケンバーに対して、D・タークは余裕の様子だ
「そう思うだろ?ところが…」
「無いんだな……それが………」
予想外の方向からの横槍に、左のポケットをまさぐっていたD・タークの表情が固まる。
声の主は、今しがたD・タークに撃ち倒されたリンネル・トール。その右の手が開かれ、何発かの小型弾と、箱型の弾倉が転がってこぼれた。
「お前…ッ」
「や、やるじゃんか、リンネル…」
「どうも……」
戦う力を何一つ持たない人間が、防御も攻撃も捨てて行った命がけの妨害工作に感嘆した二人の男だが、その後の行動は正反対だった。D・タークは硬直し、ケンウッド・ケンバーは迫る!
「ま、待てッ!」
怒気を吹き上げ近づくケンバーをD・タークは必死に制止!
「まてよ、な?スカーレット!俺はさっき言った通り…お前とは特に何か有ったでも無いし…こッここで
見逃してくれればお前の事はオヤジさんに黙っ」
ケンバーの返答は、容赦一切無しの前蹴りの一撃だった。
吹っ飛んだD・タークは先ほどまで乗り込んでいた自動車のボンネットをかすめて回転しながらテアトル・モの外壁に衝突して崩れ落ち、冗談のような量の血を鼻と口から吹き出すだけの人型と化し果てた。
「スカーレットって誰…じゃなくてリンネル!」
目前の障害を排除したケンバーは、恩人であるリンネルに駆け寄り、抱き起こす。貫通した初弾はともかく、肩と腹に撃ち込まれた残りの二発は、その体内で炸裂、化学反応を起こして煙を上げ、リンネルの身体を蝕んでいた。
「ぜ、絶対に動くな、これ以上傷が悪くなったら…」
「それは大丈夫、実際動けません…」
「よし、放すぞ…一旦寝かせるからな……」
圧迫などの応急手当が不可能な化学負傷では、その場で安静にさせるしか無い。過酷な現場労働で得たケンウッド・ケンバーの知識は、実際最適解でもあった。
「すみません…結構前から見てはいたんですけど…なかなか助けに出られなくて…しかも撃たれて、だめですね、最後までどうにも…」
「ダメなわけあるか!恩人だぞ、俺の…」
今後一生恩に着せても恨まれないであろう活躍をしながら、未だネガティブなリンネル・トールを、ケンバーは一喝。
「もっと誇れ!お前は…それに死ぬみたいに言うなよ、そうだ、携帯貸してくれ。救急にかける。助けを呼ばなきゃ、お前…」
あからさまに動揺するケンバーを前に、重傷者特有の達観を見せるリンネルはまるで別世界のことのように眺めては微笑んで
「大丈夫、僕が民警…呼んでおきました、呼んでから来ました、か…」
「そ、そうなのか」
「あなたに病院に運ばれても、面倒が増えますから…身元証明、できます?」
「一理ある。が、何かさせてくれ…」
リンネル・トールの現実的な指摘を前にしても、暑い直情を抑えきれないケンウッド・ケンバーは、必死の様子で尋ねる。
「ならすぐに行って。」
「行くって…どこへ。何のためにだ…!」
「安全などこか、バーテックスの外側とか…復讐の…戦うためにですよ」
息も絶え絶えのリンネル・トールの蒼白の口からは、その状況と全く反した物騒な言葉の数々がこぼれ始める。
「やっとわかった。あなたの流体…『スカーレット』、あのスカーレットですよ……気づかなくて、すみません」
「いや、それはいい。全くいい。だが…スカーレット?そりゃタークは、そう言ってたが」
こんなときでも謙遜を欠かさないリンネルを必死で労いながらも、その内容には興味をそそられるケンバーは、リンネルの頭を彼のかばんの上に載せ、少しでも楽な姿勢をとらせて、続きに耳を傾ける。
「そうです。キノカワを仕切るマフィアが…クレインズファミリーが五年前、大抗争の時に始末したと吹聴して…このバーテックスを手に入れるのに、利用した…有名な…」
「お、おう。だが、そんな有名な話なら、どうして最初にそうだと…」
自分が発見した朽ちた亡骸と、その異物と思しきVETS流体の秘密をいきなり聞かされたケンウッド・ケンバーは、当然といえば当然の疑問。
「『有名なガセ』だと、思われてた…思ってたんです。タカリとボッタクリのばかりの連中に、そんな事できないって…箔付けのために吹かしてるんだって…影ではみんな…」
「ところがそいつが本当にいて、その流体を俺が見つけて、蘇らせた」
ケンバーは自分の左腕に目をやる。装甲の内側に格納されたメタル製の腕輪、その以前の持ち主に思いを馳せてのことだった。
「そうです…ターク…さんのあの慌てぶり、間違いない」
「そうか、それであのファーブとかいうオヤジも、それでこの紅い姿にやたら驚いたり、警戒したり…」
「ああ、ファーブさんも、倒して…彼も、怖い人だったなァ…。」
かつての上役を思い出すリンネルの目は、何年も昔の思い出を懐かしむような儚さだった。
「ああ倒した。やってやったぞ。もうお前を舐めたやつは皆んなボコボコだ。さあお前は頑張れ!」
安らかに脱力しつつあるその顔を前に、最悪の展開を予見したケンバーは何とか意識を保たせようと躍起になって話を振る。
「僕もボロボロですけどね…ケンバーさん、もう行って。組織の解体屋か、民警が着ちゃいますよ…」
「だが、何かできることが」
負傷した恩人を見捨てることに、どうしても引け目を感じるケンバーを、リンネルは弱々しくも叱咤する。
「出来ること、というかしてほしいのは、あなたが言ってた『落とし前』をつけること…そうしてくれると、一番うれしいですね…噂だとばかり思っていた流体騎士の復活の、きっかけになれたなら、もう思い残すことは……」
「やめろ、思い残せ!わかった。了解だ。俺…スカーレットがファミリーを叩き潰してやる。だから最後まで見届けろ!一番新しい流体騎士の物語だ!俺のだけじゃない。お前の分まで落とし前をきっちりやってやる。」
リンネルが弱気を見せるたびに慌てて発奮させるケンバーの様を見て、リンネルは弱々しくも、愉快そうな顔を作る。
「わかりました、わかりましたよ…」
「ならいい。必ず生きろよ」
力強く頷き、リンネルの無事な方の手を握るケンバー。握り返す力は、恐ろしく弱かった。
「ニージョ・セキュリティだ!誰か居るか!」
突然響き渡る若い男の声。復旧しつつある神経アシストが、バッテリー車特有のほのかな排気の芳香
と、ドアが閉まる音を聴音していた。リンネルの通報した民警が到着したのだ。
「もう大丈夫。さ、行ってください」
「……わかった。じゃあ、またな」
「ええ、また。」
無言の愁嘆に浸るあまり、別れの挨拶は手短に済まさざるを得なかった。深紅のVETS流体、スカーレットの膂力で飛んだケンウッド・ケンバーはいとも容易く決戦の地だったテアトル・モの屋根へと駆け上り、街灯の光の届かない闇夜の奥へと消えていった。
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