状況整理・詰問・そして慟哭④
ご覧いただきありがとうございます。
今回で一段落つきまして、次回以降はエピローグまで概ね全編バトルと暴力と戦闘です。
「ほら起きろ」
暴力の昂揚で乱れに乱れた呼吸を整えたケンウッド・ケンバーは、何もかもが終着した後も律儀に横たわっていたリンネル・トールに腕を伸ばして引き起こす。
「どうも…組織の仲間じゃ無いって信じてくれたのは嬉しいですけど、どうして」
「あれだけ背中を向けたのに不意討ち一つしようとしなかったからな。…なんというか、俺やコイツと習性が違う。遺伝子レベルで」
「そうですか…」
疑問に対して返された頼もしいはずの信頼の言葉はしかし、生物的な誇りと尊厳をひどく傷つけるものだった。
「かわいそうだからこれは返してやろう。肩と袖丈も合わんし。携帯ケースも……いや,
これはやっぱり売って小銭にする。もらうぞ。すまんな」
さっきまで着ていた革のジャケットで仰向けに倒れるクラコアの、ボコボコに殴られて変形した顔と上半身を覆うケンバー。慈悲のつもりだろうが、行き倒れとしての切なさは余計に増長されて見えた。
「あの、それでこれからは」
「コイツの言い残した通り、親玉の居場所をお前から聞く」
ジャケットの下で蒸れて汗ばんだシャツの袖をまくり、決意も新たにこちらへと向き直るケンバーを見たリンネルは半ば呆れて嘆息。
「民警に行きましょうよ…」
「そうはいかない。さらわれた借りはな、なんとしてもこの俺の手で」
「無茶言わないでくださいよ」
「無茶ってお前…!」
眼前の人間のあまりの無気力に、今度はケンウッド・ケンバーが呆れ果てる番だった。言葉に詰っかえるあまりに咳き込みながらも、先ほど打ち倒して伸び果てたクラコアに指を突き付けて
「お前、お前だってこんなのにまで舐められて、じゃあつまり…その恨みまで俺が晴らしてやろう!な、こんな機会は」
「いや、そう言うアレも、なんだか…」
「ダーっ!こんな悪党がのさばってる会社にお前は、立ち向かおうとか、お前、そッそういうのは無いのか?!」
義務教育を終えて以来、物言う労働者を気取っては横暴な雇用主との大喧嘩を繰り広げてきたケンウッド・ケンバーが吠える。しかし、それを受けたリンネル・トールは目尻を絞り、唇を噛み締めて
「…あるわけない」
「なに?!」
「あるわけないでしょ!」
ついには叫んだ。ケンバーは唐突に声を荒げ始めたリンネルに驚きながらも、ひとまず話に耳を傾ける。
「そんなのが有ったら…こんな、こんな会社…」
「お、おう」
「気づいてますよ、俺だってとっくに。弊社ッ、ターク興産は土産会社なんかじゃなかったって」
「そ、そりゃ…そうなのか」
「だってのに俺は、それをわかってたのに、怒って辞めるでも、クラコア…さんを、手伝って裏の仕事をするでもなく、後ろ盾がやくざなら安泰だーなんて思って、ひっついて」
「お、おう…」
握りしめたリンネルの拳は震えていた。さしたるビジョンも理想もなく、ぼんやりとした生きるための手段として入社しては毎日こき使われてすり減るばかりのリンネルにすら、自分の職場が地元のマフィアの息のかかった悪徳企業だとは薄々分かっていたし、その上でそこに無責任にぶら下がりなんとか自分の生活は長らえさせようとすら考えていた。
クラコアら上役からは何も知らずにカバー企業の社員として働くグズとバカにされ、あるいは自分の浅ましい生存戦略の全てを見透かされて意気地なしと侮られてでも、決まり切った安定から放り出されることを恐れて、緩やかにすり減っていくことを望んでいたのだ。
「それをあなたがぶっ壊した!滅茶苦茶にしたんだ!」
指を突き付け、リンネル・トールはもはやヤケクソの絶叫。完全に言いがかりだが、しかしリンネルの身からすれば、そうとでも思わねばやっていられぬ向きもあった。
悪でも何でも利用して、何とか自分の生活は長らえさせようと考えていたところに現れたケンウッド・ケンバー。ほんの一日、流体騎士と出会って恩を売り、翌朝分かれてはまたいつもの日常へ。そんな胸躍るような甘い考えは、実際騎士でもなんでもなかった男のまさしく竜巻のような暴力に当てられ粉砕されてしまった。
これまで蓄積もこれからの展望も、何もかもが破壊されてしまったのだ。土産物会社は密輸密売・更には誘拐のの隠れ蓑であった、という勤め先の欺瞞と、それを看過しながらもなお、張り付いて旨い汁だけを吸おうと考えていた自分の欺瞞を看過し続けていたツケを無理矢理にこの一晩で払わされたリンネル・トールの誰に向けていいのかわからない混然一体の激情!
その爆発は、目の前にたたずむ大男にぶつける他になかった。
「どうしてくれるんです…ほんとに……!」
「どうって…お前はどうしたいんだ」
「質問に質問で返さないでください!」
「す、すまない…あー、俺個人としては…その、」
当然お礼参りのために敵の親玉の居所を教えてほしさに満ち満ちているケンウッド・ケンバーだったが、本気の感情をぶつけられたのなら、そこには誠実な感情で応じる律義さは持ち合わせていたし、一人の人間の人生を破壊したと名指しされた直後ともなれば言葉も濁り
「……すみません。本当に」
最終的には全く簡潔だが、真摯な謝罪が口からこぼれた。
「いえ、こちらこそすみません、取り乱して。僕も腹を決めました。」
謝罪への冷静な返答。ケンウッド・ケンバーが目の前の痩身へとまなざす視線は驚きとともに熱を増す。
慟哭のあと、頭に上った血が急降下し悟りの時を迎えたリンネル・トールの目は、目前の暴力を反映して怯えるばかりの先刻と打って変わって、内面の炎が漏れ光る二連の銃口だった。
「やりましょう。いえ、やってください。舐めた奴らをぶっ飛ばす。」
「俺がな」
「あなたが」
決断を下したリンネル・トールの行動は素早かった。
タブレット端末を操作。地図アプリを一旦格納し、新たに立ち上げた管理アプリの画面に時間刻みで記述されたスケジュールを次々とスワイプし
「社長の動向…【8652 ヘッセン会】が終わって……明後日の早朝と入れ替えが入った…?なら【8853 テアトル・モ】!」
「さっぱり分からんが」
ケンバーは困惑。
「現場移動です。言ってたでしょ、幹部は社外に出ずっぱりだって」
言いながらリンネルは、再び地図アプリを呼び出し、何やら操作。
「よし、出た…そこのバーだか何だかの無線を借りたので、通信が重いですけど…ここです!」
矢印の刺さる地図の一角が映る画面をケンバーにかざす。画面の下半分には青空の下で燦然と輝く大型ホールの宣材写真があった。
「つまり敵はパーティか何かの最中か。巻き添えは出したくないな」
「いえ、ここは抗争の後閉鎖になって弊社が…やつらが買い上げたんです。新しく何かするっていうんで」
「無人か」
「ええ。ただこんな夜半に明日の予定を前に倒してまで何しに行ってるんだか…特記事項に【大荷物】がついてる上に…社長の他にも、幹部級が大集合だ」
「大荷物…誘拐された他の人間も居るかもな。誰が何人いようと知るか。束になって集まってるならまとめてへし折ってやる!」
「そうですか。ちなみに経路は…」
リンネル・トールは現在地からテアトル・モまでの経路を示し、意気込むケンバーはそれをしばし凝視。
「よし。道は覚えた。………来るか?」
「いえ。」
ケンウッド・ケンバーの誘いは日頃やられた分の報復を間近で見物できるチャンスだったが、それを断るリンネルの返答は素早く、決断的だった。
「僕は『遺伝子レベルで』戦いに向いてませんし、行っても邪魔でしょ。それに」
「に?」
「クラコアさんを救急に放り込んで、今夜の宿も探さないと。もしあなたが勝ったなら良いですけど…」
「負けたら一緒に死んじまうな。そりゃ損だ。」
感情の整理が付き、自分の姑息さを自覚したリンネル・トールの開き直った宣言は、ケンウッド・ケンバーにもある種の快い感覚を抱かせていた。
「じゃあここでお別れだ。あの歯抜け坊主を病院に送って、まあなんだ。頃合いを見て上役にチクるなり、テアトルに民警呼ぶなりしな。何が来ようが全員返り討ちだ。」
「そうします。どうかお元気で」
「おう、じゃあな!」
別れの挨拶を交わし、暗い路地から通りに駆け出したケンバーは
「曲がる方向逆です!」
餞別代わりのリンネルからの一声に身を捩らせて回転し、一路テアトル・モを目指すのだった。
ご覧いただきありがとうございました。
◆ 次回のスカーレット・リベンジャー ◆
悩める小市民、リンネル・トールをどうにか味方につけたケンウッド・ケンバーは、己を誘拐しこの北の大都市へと連行した主犯、ターク興産の幹部が一堂に会する現場についに突入する。意気軒昂な復讐者と、補給を経て目覚めた流体装甲がフルパワーで回転すれば、巨悪相手に一撃、なるか!?
次回『復讐者 ケンウッド・ケンバーの突入と乱闘』