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状況整理・詰問・そして慟哭③

「グエッ!」


 なすがままに引きずられた先、ビルの谷間の路地裏に投げ転がされたクラコアがその衝撃で目覚め、悲

鳴を上げる。


「聞きたいことがある」

「こッ、答えなかったらどうすん」


 言い終わる前にケンバーの拳がクラコアの腹にめり込んだ。続いて膝が、爪先が、またしても拳が。竜巻のような打撃が連続し、クラコアは吹き飛ばされ、倒れ、強引に立たされる。


「答えろ」

「何をだよッ」


 クラコアが口を開くとふたたび旋風の暴力。たちまち皮膚は裂け、血が漏れ出て、筋肉は腫れ上がる。


「話す気になったか?」

「だから何を」

「まだのようだな」

「やめてくれ!」


 右手を振り上げたケンバーをクラコアは必死で制止する。


「…何を聞きたいんだ」

「さっきも言った通り…」

「言ってない!言ってない!!」

「嘘をつけ―ッ」

「リンネル!お前からも言ってくれ!」

「あの、確かになにも聞いてないですよ」

「そ、そうか。」


 その場の過半数からの指摘を受けてしまっては、ケンウッド・ケンバーも拳をいったん降ろさざるを得なかった。


「ありがとよリンネル……」

「いえ、どういたしまして…」

「じゃあ改めて聞くが、俺を拉致してここに連れてきた親玉は…まて、待てお前たち」


 腕を組み、あべこべだった尋問の手順をようやく正したケンバーだが、そこで何かに気づき、リンネルと、クラコアを交互に見つめる。


「なんです?」「何だよ…」

「どうしてお互い名前を、というか…何だ?」

「え、いえ。同じ会社の」

「俺が上で、こいつは下」

「つまり…お前こいつの仲間か!」


 即座に振り返って炎を吐くかの如きケンバーの詰問にリンネルは後退り、年代物の空箱をかかとで蹴飛ばす。そこに住む害虫の一族が狂乱して飛び出し辺りに散ったが、それは些末な事だった。


「いや、仲間ッ…というか、言った通り同じ会社の」

「そういや『物流系』とか言ってたな…荷は俺たちか!」

「土産物のはずですよッ…」

「この野郎ッよくも抜け抜けと」

「知りませんよ、本当に…」


 背中をビルの外壁にぶつけ、いよいよ退路を断たれたリンネルの視界は、敵意に燃え滾るケンウッド・ケンバーの威容に埋め尽くされつつあった。


「嘘をつけ…つまり部屋に始末屋を読んだのもお前だな!」


 単細胞ならではの超速思考が激怒を誘発し、ケンウッド・ケンバーの薄紅色に紅潮した拳が振り上げられる!


「助けてーッ!」

「……そいつは何も知りゃしないよ」


 激怒に燃え立ち、腕を振り上げたケンバーの目に冷静さを注いだのは、背後からの一言。数時間前にシティ地下の貨車内で殴り倒し、つい先ほどにも同じぐ殴り倒した坊主頭のクラコアが、よろよろと起き上がり、二人を見ていた。


「そいつは…言っちゃ悪いが『下の下』だ。俺たちファミリーのカバー企業が雇った単なる下っ端のクズ。度胸も覚悟も無い…兵隊以下の使い捨て。本当に土産物しか、見た事ないさ」


 庇っているのか貶しているのか判然としない言葉を受け、ケンバーはクラコアに向き直る。しかし、完全に相対する前に、ちらとリンネルに目をやり


「疑って悪かった」

「え、ええ」


 手短な謝罪を済ませた。一方でその様子を見るクラコアは、その尋問の矛先がこれから自分に向くとは思えぬほどの余裕の笑み。


「俺にも散々殴ったこと、詫びといた方がいいぜ、デカい兄ちゃんよ」

「なんだそりゃ。」

「はは!バカだね!」


 芝居じみた作り笑いまでするあたり、クラコアのには何らかの賞賛があるようだった。

「俺たち現場組はな、こういう捜索の時にはあらかじめ位置情報を送るようにしてんだよ。これだけの時間、連絡無しで止まってるとなれば…わかるな?すぐに援軍が」

「来ないんだな。これが」


 クラコアの長広舌を遮ってケンウッド・ケンバーが上着から取り出したのは、黒の滑革をメッキ仕上げの鋲で縁取りした携帯ケース。中身は空だった。


「お前ッ、それ俺の…」

「お前を倒した後で拾ってみたら、『使いっぱなし』じゃ説明付かないくらい熱くなってたから、多分そうだと思ってな。中身は清掃ロボットの上に乗せといた。お前はまだ『巡回中』だ」

「クソが!」


 目の前の大男の予想外の機転に狼狽しながらも決死の突撃を敢行したクラコアだが、その抵抗を予測していたケンバーの鉄拳にいとも簡単に捉えられ、再び路地の奥へと転がされる。


「リンネル!走ってタークさんに」

「今度こそ本当にすまん!」


 クラコアが叫ぶのと、ケンバーが動くのは同時だった。萎縮して立ち尽くすばかりのリンネル・トールは、クラコアからたった今出された指示を、長く染み付いた底辺労務者の条件反射が実行する寸前に、ケンウッド・ケンバーの振り抜かれた拳の風圧に煽られ、地面に倒れ伏していた。


「アッ!」


 目の前を真一文字に通過する拳に驚きの声を上げながらバランスを崩して倒れるリンネルは、地面と激突するまでのスローモーションの視界の中で、何が起きたか分からずにいた。

 殴られる前に倒れ始めたなら、一体何が攻撃してきたのか?

 その答えは、地面に倒れた衝撃の瞬間に明らかになった。リンネルとケンバーの間。その大柄な肩幅でクラコアとの死角になる位置に、ロープほどの太さの深紅の残像が走っていた。密かに腕輪から繰り出されたケンウッド・ケンバーのVETS流体が、横殴りのモーションより一足早く足払いをかけたのだ。


「なっ」

「そのまま寝てろ」


 倒した相手への捨て台詞にも聞こえるケンバーの声は、明らかに動くなと言う指示だった。リンネルとしても、拾った命を捨てるような真似はしたくないのだから、従うほかない。適度に力を抜き、冷たい舗装路に横たわる。

 薄目に開いた視界から見えるのは、路地の壁面で四角く切り取られた煙たい夜空。一方で聞こえてくるのは


「これで二人きりだな…民警に駆け込むつもりだったがここで会ったのが百年目だ!」

「待て!は、話を」

「今からするよ!お前のボスどこだ!」鋭い風切りと鈍い衝撃の響き!

「がッ」

「本当に殴りたいのはお前じゃ無いんだぞ!」

「ッ……今のは蹴りじゃ」

「屁理屈言える立場か!?」明らかな憂さ晴らしの一撃!

「グァー!」

「さあ答えろ!」連打の音!

「ォ…」

「その、タークとかいう、おまえの、ボスに、お礼参りが、したい、だけなんだがな…!」


 文節ごとに硬いものと柔らかいものがぶつかる音が鳴る。

 そうしてしばらくは想像もしたく無いような悲惨な音ばかりが聞こえ


「そろそろそっちの番だ。いい加減で血とゲロ以外も吐け。お前の親玉は」

「……………知らん。わからない……」


 大量の液体を吐き出す音の後で絞り出されたのは、ごくシンプルな答えだった


「何だと…?」

「うちの社長の名前はターク、D・タークだが。…居場所は知らねえ。本当に…知らねえ…………」

「どうやらもう少し痛めつける必要が…」

「ちが、おい…待て。待ってくれ!だから待てって最初に言った!!」


 ここまで必死なクラコアの嘆願を、かつてリンネル・トールは聞いたこともなかったし、同時に、あのいつもの客先との電話の声色は、やはり芝居だったという確信をも新たにした。


「…待てなんて、言ってたか?」

「言ったよ!!」

「何故だ?」

「おッお、お前!お前が俺の携帯を捨てたからな!捨てたからだ!!」


 ふたたび詰問の姿勢に入ったらしいケンバーをクラコアは必死で静止!


「だと何だ」

「会社にいるのはリンネルみたいな裏方のカスばっかりで、俺らや幹部はいつでも出ずっぱりだ……携帯なしでッ社のスケジュールも見れないで誰の居場所も分かる訳がないだろうがッ!」

「……一理ある」


 路地裏に響いた渾身の雄叫びには、さすがのケンバーも得心したようだった。


「だからお前がな!殴って聞き出すべきなのは、けッ携帯か…タブレットを持ってるリンネルの方なのにッ早々にブッ倒して…!」

「つまりお前は」

「殴られ損だよーーッ!」


 路地裏に響く体面もなにもない無情な男の慟哭はしかし、


「そりゃ今までの話だ。これからのお前を教えてやろう。『用無し』だ。」


 無情にも一蹴された。言われるままに見逃され、『死んだフリ』を決め込んでいるリンネルも、さすがにこれには憐憫の情を抱かずにはいられなかった。


「用無…ってオイ待ってくれ」

「思い出したか?」

「違ッ、いや、違う…とにかくこれ以上は、頼む…」

「知るかーーッ!!」


 渾身の絶叫と裏腹に、何かが振り抜かれる音は恐ろしく小さく、そして鋭かった。ややあって、どさり。重たい何かが地に落ちる音。


 ビルに挟まれた小汚い路地は、元の静寂に包まれた。

ご覧いただきありがとうございました。

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