プロローグ 労働者 ケンウッド・ケンバーの受難と誘拐①
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サブタイトルが変わるタイミングで、前書きのコーナーを使ってあらすじのおさらいなどをしようと思います。
見渡す限り廃材、塵芥、ゴミの山。
集積サイトBkには、数百年にわたる大災害と騒乱の結果産み出された莫大な量の廃棄物が大小問わず寄り集まり、混沌の極みといった有様だった。在りし日の小国一つに匹敵する広さに数十メートルの高さで積み重なった有象無象。復興著しい昨今にあってはこのゴミの連峰すら宝の山として切り崩すのが主流であり、採掘権を買い付けた公営私設種々雑多の採掘組織が仮建築の拠点を構え、それら相手の商売人がその周囲を包囲する。資源採掘は今や天下を回す一大産業だ。
そんな集積サイトの北東の一角、緩やかな角度で地面から突き出した巨大な円筒の前には、十数人かの人だかりができていた。
その内訳は『カロニア開発』のロゴ入りジャンパーの上に正規職員の名札と監督の腕章を付け、防塵マスクと安全ヘルメットで頭を覆ったやや若作りの男と、リフト付きの大型台車にもたれかかって待機する何人かの男たち。監督に比べるとその周りの労働者たちの防護はずいぶん軽装で、個人個人でその質にもバラつきが有ったが、皆一様にくたびれ果てていた。
やがて、横倒しになった円筒の、大人一人が何とか通れる程度の穴の中から、何人かの作業員が列になって這い出してきた。
「最奥まで到達したんで帰ってきましたーッ」
広所に出た解放の勢いで這い出した作業員が叫ぶ。彼らの防護は地上で待っていた者たちのマスクやヘルメットとは異なり、全身を覆うオレンジ色のゲル状物体だった。これはVETS流体の名で知られるナノテク応用の不定形デバイスで、装着者に膂力補助、汚染防護、暗視などの強化を与える神経インターフェースツールだ。全身をカバーし、防護服にもなれば、指先や手では形を変えて工具や治具の役割を果たすVETS流体は、坑道や地下溝のような環境での運用に適任と言えるだろう。
「オイ!何だった!戦中のモンだろ?熱戦砲、艦砲…?量子砲か?!」
監督らしき男は、這いずり出てきた作業員たちを労うよりも先に成果を問い詰めるが、その答えは
「エントツ!」
「は?」
「煙突だ!滑空砲身じゃねえ!」
VETS流体を着装した突入作業員の内で、最も大柄な一人が叫んだ。声の勢いで、薄く濁った水滴がVETS流体性の防護服の上から飛び散る。流体の上に装着している反射ベストの名札には『ケンバー』の記載があった。
「何ぃーッ…じゃあこの先には」
「高密度砲弾も粒子反応炉も、収束レンズも無ェ!雨水とドブが溜まってて…その底は何かの焼けカスだけだ!」
「ふざけんじゃ…」
「こっちのセリフだ!……今日は他には?!」
無益な潜行を終えたばかりのケンバー達流体チームからだけでなく、それを待っていた労働者からも監督の男には鋭い視線が突き刺さる。
彼らが殺気立つのも無理はない。つい先週には潜行調査中に発生した落盤で別の流体作業チームが一つ壊滅し、その前の週には不発弾の暴発で回収チームから二人の死者が出ているのだ。書類申請に手間取り、このサイトでの採掘競争に出遅れたカロニア開発の焦りがそのまま現場末端の作業員にしわ寄せとして返っている形だが、いよいよその不満も賃金で抑え込める領域を越えつつあった。
「他ッ…無い、有るか!リサーチのし直しだ!『砲身』がポシャっちまったら」
「『煙突』だよ!」
「うるせッ!全員、今日は解散!!」
このまま今まで通りの指示を出せば次の負傷者は自分だと確信した監督はもはや観念し、監督は半ばヤケになり叫ぶ。実際、時間もよい頃合いを迎えており、これ以上作業させては上乗せ手当の無駄だった。
「お疲れさんした―」
終礼の挨拶を手早く済ませて、監督の男は職員向けキャンプサイトへ、労働者たちは、拠点である巨大なプレハブの建築へと向かう。
「しかし、ケンバーよ、」
光線と水流の二つの消毒シャワーを終え、ロッカールームで作業服から着替える中で、運搬台車のそばにいたヒゲ面の労働者の一人が、体を覆うVETS流体を硬質態から流動隊に変換して格納容器へと吸い戻している装着員の一人、先ほど監督とひと悶着繰り広げた『ケンバー』の名札の大男へと声をかけた。
「ちと待て」
声を掛けられたケンバーは剥離作業中の事もあり短い返事。VETS流体は主に神経パルスで操作を行うのだから、そのタイミングでは外へと余計な反応を向けられないのは仕方ないことだった。
操作が完了し、のっぺりとした流体の仮面がタンクに吸い戻される。その下から現れたケンバーの素顔は、大柄なシルエットからの予想を裏切らない大変な偉様であった。
太い首の上に乗った頑丈な顎と、ハンマーで鍛えられた鉄柱のような鼻柱、猛禽を思わせる瞳を取り巻く長い睫毛も華麗というより荊棘のような鋭さで、緩やかにカールし肩にかかる長髪も優美さとは程遠く、肉食獣のたてがみに見えた。
「で、何だって?」
「あの『エントツ』の先、本当に何もなかったのか?」
「何もって、何だ」
「いやよ、ひょっとしてお前ら、終業が近いからって組んで適当コいたんじゃ」
待つばかりで暇だったと見える運搬役の男はからかうように尋ねる。
「ンなわけあるか!なあモード。」
ケンバーは一喝して、隣で再液体化させVETS流体を吸い戻した容器を振って、中身を馴染ませていた同僚に話を振る
「ああ。アレはこのケンバーの言う通り間違いなく煙突だ。監督の野郎が言うような砲身じゃあ無え。保証する」
薄くなった前髪と鷲鼻が目立つモードもケンバーに同調する。
「まあ大砲じゃないのはあのタコ以外全員分かってたけどよ…」
「しょうが無いさ、ぽっと出のド素人だ。だがまあ、『何もない』か…良い質問だ」
ケンバーはモードと顔を見合わせて何やら笑い、ポケットの中から指でつまめる大きさの塊を一つ取り出し、放って渡す。
「オッ、これァ…!これ、何だ?」
両手で受け取った労働者の男は、大きさからの予想を裏切る重さに意表を突かれながら尋ねる。
「『焼きカス』だ。煙突の底のな。おそらくは多層化ベオクタイト。見つかったのはポケット一つ分だから回収して計上してもビタ銭にもならん。が、俺たち個人が外の屑屋に持ってくと…?」
「『特別手当』だ!ごちそうさんだぜ!ケンウッド・ケンバー!」
フルネームの斉唱で称賛されたケンバーは拳を突き上げ、ロッカールームに開催が沸き起こる。流体着装者の長い着替えが終わるまで留まっていた幸運な者たちに、希少金属の分け前が行きわたる。
「さあ、思わぬ儲けも出たし、メシだ。メシ!」
「そうだな、メシだ。」
ロッカーの扉を閉めたケンバーは、食堂へ向かう一団と反対方向へと歩き出す。
「何だよケンバー、今日も外メシか?」
「そりゃそうだろ、あんなプチプチ…」
「コメだよ。トラピドのコメ。美味いじゃねェか」
「正気じゃない。行こうぜ」
ケンバーは一緒に煙突内に潜行していた何人かに声をかけ、外へと繰り出す。
業務終了の喜びそのままに騒ぎながら集積サイトのゲートをくぐり、簡易舗装が施された通りを行くケンバーたち流体作業チームが向かう先には、簡易建築が連なる集積サイトの労働者向けの歓楽街。
「で、どこに行く?」
「そりゃもちろん…」
「ランニング・フラッター!」
その中で唯一の三階建てて最大の施設が『ランニング・フラッター』だった。入り口の上では六本足の首の長い動物型のネオンサイン—おそらくはこの動物が『フラッター』なのだろう—が忙しなく足を点滅させ、走る姿を模していた。
酒、食事、音楽、望めばさらなるサービスも。娯楽と慰労に関して、この集積サイトBkで、ランニング・フラッターに優る所は皆無に違いなかった。集積サイトから手に入れた多層化ベオクタイトという資金源もあれば、店内で換金し最上階のカジノもたっぷり利用できるのだからなおさらのことだ。
店に近づくにつれ、賑やかな喧騒に料理や酒、煙草が渾然一体となった芳香が強く感じられ、高揚感も引き立てられる。
夜はこれから、そう思われた。
ご覧いただきありがとうございました。